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二十.試しと不可解と
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程なくしてやって来たのは若い女性で、今は声だけが聞こえる。鈴を転がしたようなと表現するには、ちょっぴり低音だが愛らしい声だ。
「こちらへ来て、顔を見せてあげなさい」
「分かりました」
ほぼ真上に、女性らしきシルエットがにゅっと現れる。
「彼女の名前は何という?」
「すみません、逆光でよく見えません」
メイズが言うと、当の女性が何にも言われない内から場所を移動し、姿形がよく見えるようになった。
「見えました、が……」
メイズは両目を凝らしたが、女性の名前は頭に出てこない。いや、顔に見覚えがなかった。食堂の厨房にいた女性の一人か? でも自己紹介なんてされていない。農場に着く前に起きたあれやこれやの出来事にも、この女性は関与していたとは思えない。
メイズは頭に痛みを覚え、考え過ぎるのはやめた。現時点での率直な答を返す。
「分かりません。初めてお会いする方だと思いますが、もし見落としがあったら失礼をお詫びします」
仰向けのまま、顎を動かしてお辞儀の動作をやった。
するとアランも女性も一瞬驚きを表情に乗せ、次いで笑った。
「素晴らしい記憶力と判断力だな、メイズさん。その通り、彼女はあなたとは初対面だ」
「お人が悪いですよ、アランおじさん」
一応、形ばかり抗議してから、改めて彼女の紹介を求めた。
「彼女はシェリンフォード。エミリー・シェリンフォードだ」
「改めて、はじめまして。エミリーです。社長から見て姪に当たります。実は今日のお昼に着いたばかりですから、メイズさん……でしたっけ、あなたとは正真正銘、今が初対面です」
「え、お昼?」
そんな時間なのかと焦るメイズ。お昼時まで少なくとも一時間半はあったと思うのだが……長々とのびていたことになる。
「え、じゃ、じゃあバートンさんは?」
柵の代わりになる物を取りに行ってくれたバートンはどうしたというのだろう。長くても十五分もあれば、戻って来られるんじゃないだろうか。そして戻って来たのなら、意識を失っているメイズを見て、何らかの救助活動に移るのが普通である。
「バートン?」
アランがその名をおうむ返しにしたあと、「知らないか?」と他の者達の顔を見やっていく。しかし誰もが首を横に振るだけであり、確かにバートンの姿は人の輪の中には見当たらなかった。
「ちょっと物を取ってきてもらうために、建物の方に向かったのは覚えているのですが……おかしいな。どなたかバートンさんに急な用事でも言い付けられましたか?」
メイズのこの問い掛けに、農場の従業員らはお互いに顔を見合わせ、囁き合ってからやがて声を揃えるようにして答えた。「何も頼んでいない、言い付けていない」と。
「そもそも、バートンを見掛けていない気がする」
「花の手入れとか……」
「冬だぜ。この辺りでは値が付くような花は育たない」
「ちょっと待て。みんな静かにしてくれ」
わいわいがやがや言い出した従業員の男達を、アランが黙らせる。ざわつきが収まったタイミングで、牛の鳴き声が聞こえて来た。緊迫しつつあった場の空気が、若干和む。
さらに折よく、先程頼みごとをされて一時的に離脱していた女性が、せかせかとした足取りで戻って来た。雰囲気変化に多少の戸惑いを覗かせながらも、
「ココアをお持ちしました」
と、アランとメイズに等分に呼び掛けた。アランが促し、メイズは女性からココアドリンクの入ったカップを受け取り、礼を述べた。
「ちょうどいい小休止になったな」
アランは苦笑交じりに言った。
「バートンのことも気になるが、まずはメイズさん、あなただ。飲みながらいいから、答えてもらうよ」
アランは上体を起こしたメイズの傍らに跪くと、改めて聞いてきた。
「存外、大丈夫そうだからつい後回しになっていたが、あなたはどうして倒れていたんだ。意識を失うとは尋常じゃない」
問われたメイズも、今さらながら状況を思い起こした。途端に額がまた痛んだ気がした。傷に、カップを持っていない右の手のひらをあてがい、答える。
「先に確認ですが、バートンさんとはお会いになっていないんですよね、アランさん?」
「ああ。何度聞かれても答は変わらんよ」
「実はそこの柵のほんの少し外側を掘り返してみたところ、化石が出て来たんです」
メイズは適当な方向を指差した。アランはそちらを一瞥することなく応じた。
「そ、そうだったのか。いや化石が見付かるのは確かに凄いことだが、今は優先順位が下がる。化石を発見して、それから?」
「発見場所を分かり易く示すために、木の棒か何かで囲おうと考えました。そのための材料と道具を取って来ると言ってバートンさんは、ここを離れたんです」
「一人になった訳だな」
「はい。辺りには怪しい人物どころか、人っ子一人いなかったと思います。そのまま私は近くをさらに掘り起こそうとしていました。そうしたら」
と、先ほどとは異なる方角を指差す。
「あの辺りで、ちょっと妙な手応えがありました。私は円匙を置いて、手で土を払いのけようとしたのですが、うまく行かず、もう少しだけ掘ろうと円匙に再び手を伸ばそうとしたところ、いきなり頭に衝撃があって」
「襲われて、額に怪我を負ったのかね? 相手は?」
右斜め前からメイズの両肩を掴み、今にも激しく揺さぶりそうな勢いのアラン。ココアが減っていなかったら、こぼれていたに違いない。
続く
「こちらへ来て、顔を見せてあげなさい」
「分かりました」
ほぼ真上に、女性らしきシルエットがにゅっと現れる。
「彼女の名前は何という?」
「すみません、逆光でよく見えません」
メイズが言うと、当の女性が何にも言われない内から場所を移動し、姿形がよく見えるようになった。
「見えました、が……」
メイズは両目を凝らしたが、女性の名前は頭に出てこない。いや、顔に見覚えがなかった。食堂の厨房にいた女性の一人か? でも自己紹介なんてされていない。農場に着く前に起きたあれやこれやの出来事にも、この女性は関与していたとは思えない。
メイズは頭に痛みを覚え、考え過ぎるのはやめた。現時点での率直な答を返す。
「分かりません。初めてお会いする方だと思いますが、もし見落としがあったら失礼をお詫びします」
仰向けのまま、顎を動かしてお辞儀の動作をやった。
するとアランも女性も一瞬驚きを表情に乗せ、次いで笑った。
「素晴らしい記憶力と判断力だな、メイズさん。その通り、彼女はあなたとは初対面だ」
「お人が悪いですよ、アランおじさん」
一応、形ばかり抗議してから、改めて彼女の紹介を求めた。
「彼女はシェリンフォード。エミリー・シェリンフォードだ」
「改めて、はじめまして。エミリーです。社長から見て姪に当たります。実は今日のお昼に着いたばかりですから、メイズさん……でしたっけ、あなたとは正真正銘、今が初対面です」
「え、お昼?」
そんな時間なのかと焦るメイズ。お昼時まで少なくとも一時間半はあったと思うのだが……長々とのびていたことになる。
「え、じゃ、じゃあバートンさんは?」
柵の代わりになる物を取りに行ってくれたバートンはどうしたというのだろう。長くても十五分もあれば、戻って来られるんじゃないだろうか。そして戻って来たのなら、意識を失っているメイズを見て、何らかの救助活動に移るのが普通である。
「バートン?」
アランがその名をおうむ返しにしたあと、「知らないか?」と他の者達の顔を見やっていく。しかし誰もが首を横に振るだけであり、確かにバートンの姿は人の輪の中には見当たらなかった。
「ちょっと物を取ってきてもらうために、建物の方に向かったのは覚えているのですが……おかしいな。どなたかバートンさんに急な用事でも言い付けられましたか?」
メイズのこの問い掛けに、農場の従業員らはお互いに顔を見合わせ、囁き合ってからやがて声を揃えるようにして答えた。「何も頼んでいない、言い付けていない」と。
「そもそも、バートンを見掛けていない気がする」
「花の手入れとか……」
「冬だぜ。この辺りでは値が付くような花は育たない」
「ちょっと待て。みんな静かにしてくれ」
わいわいがやがや言い出した従業員の男達を、アランが黙らせる。ざわつきが収まったタイミングで、牛の鳴き声が聞こえて来た。緊迫しつつあった場の空気が、若干和む。
さらに折よく、先程頼みごとをされて一時的に離脱していた女性が、せかせかとした足取りで戻って来た。雰囲気変化に多少の戸惑いを覗かせながらも、
「ココアをお持ちしました」
と、アランとメイズに等分に呼び掛けた。アランが促し、メイズは女性からココアドリンクの入ったカップを受け取り、礼を述べた。
「ちょうどいい小休止になったな」
アランは苦笑交じりに言った。
「バートンのことも気になるが、まずはメイズさん、あなただ。飲みながらいいから、答えてもらうよ」
アランは上体を起こしたメイズの傍らに跪くと、改めて聞いてきた。
「存外、大丈夫そうだからつい後回しになっていたが、あなたはどうして倒れていたんだ。意識を失うとは尋常じゃない」
問われたメイズも、今さらながら状況を思い起こした。途端に額がまた痛んだ気がした。傷に、カップを持っていない右の手のひらをあてがい、答える。
「先に確認ですが、バートンさんとはお会いになっていないんですよね、アランさん?」
「ああ。何度聞かれても答は変わらんよ」
「実はそこの柵のほんの少し外側を掘り返してみたところ、化石が出て来たんです」
メイズは適当な方向を指差した。アランはそちらを一瞥することなく応じた。
「そ、そうだったのか。いや化石が見付かるのは確かに凄いことだが、今は優先順位が下がる。化石を発見して、それから?」
「発見場所を分かり易く示すために、木の棒か何かで囲おうと考えました。そのための材料と道具を取って来ると言ってバートンさんは、ここを離れたんです」
「一人になった訳だな」
「はい。辺りには怪しい人物どころか、人っ子一人いなかったと思います。そのまま私は近くをさらに掘り起こそうとしていました。そうしたら」
と、先ほどとは異なる方角を指差す。
「あの辺りで、ちょっと妙な手応えがありました。私は円匙を置いて、手で土を払いのけようとしたのですが、うまく行かず、もう少しだけ掘ろうと円匙に再び手を伸ばそうとしたところ、いきなり頭に衝撃があって」
「襲われて、額に怪我を負ったのかね? 相手は?」
右斜め前からメイズの両肩を掴み、今にも激しく揺さぶりそうな勢いのアラン。ココアが減っていなかったら、こぼれていたに違いない。
続く
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