くぐり者

崎田毅駿

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十九.不意打ち

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「ここから歯か爪が出たということは、近くに他の身体のパーツが埋もれているのかもしれません。場合によっては、いや、かなりの高い確率で柵の内側にも発掘範囲を広げたいと願い出ることになるでしょう」
 メイズはバートンの後ろにアランを見るかのように、やや敬意を込めて目礼した。
「えっと、もう、すぐにでも掘るのですか?」
 バートンは困惑を含んだ口調で聞いてきた。
「いえいえ。自分がやっているのはあくまでも予備調査です。本格的に始めるのは、ドイル教授がお越しになってからの話。今の段階では、この地点からこの化石が出たという記録を取るとともに、目印になるよう、そして人が近寄らないよう周囲に木の棒でも打ち込んでおきます」
「木の棒、見たところをお持ちでないようで。薪にするには細い木の切れっ端があるから。そんなのでよければ持って来ましょう」
「それはちょうどいい。持って来てください」
 化石の存在を見せたことでもあり、バートンには行ってもらうことにした。何人かの従業員に話すかもしれない。
 メイズは立ち上がると、少し離れた別の箇所を掘っておこうと思う。柵から六メートルほど離れて、草が密集している場所を選んでみた。
 湿りがちとはいえ冬場であるから雑草も勢いがなく、たいして苦労しないで掘れると考えたが、大間違い。ひと振り目から音が違う。草の硬さに気付かされた。
「これはきつい。最前あそこを掘ったばかりで、腕がなまっているのを忘れていた」
 思わず、愚痴が口をついて出る。だがやり始めたばかりでやめる訳にも行かず、円匙の縁を突き立てた。
 何度かやるうちに土が盛り上がる。次で掘り返そうと決め、力を込めて円匙をふるう。
 がしっ。
 妙な手応えがあった。
 メイズはすぐに異変を察知し、円匙を放り出すと地面にできた亀裂に手を入れてみた。「これは何だ」
 硬質で冷たい感触が伝わってくる。土くれを持ち上げようとするが、雑草の根っこが広く張っており、簡単にはいかない。それでも白っぽい物がかすかに視界に捉えられた。
 壊してはまずい物かもしれないと円匙を手放したが、この硬さならもう少し強引に掘り返しても何ら問題なさそうだ。メイズはその判断の下、地面に置いたその道具を後ろ手の状態で探した。
 が、いつまで経っても指先に触れない。
(――? 何か、おかしい)
 かんかんかん……と警報のような音が鳴り出した。そう感じて振り返った刹那、顎先を何かがかすめ、次いで額の右辺りに痛烈な一撃を食らった。
 何者かに殴打されたようだ。あまりにも早くてよく見えなかった。襲われたこと自体は認識できたものの、相手が誰なのかはさっぱりだ。それどころか目がかすみ、意識はどんどん薄れていく。中腰の姿勢から身体の左側を下にしてばたりと倒れてしまった。
(何という……不覚)
 せめて強襲してきた人物の顔を見ておこうとしたが、瞼が重い。闇が降りてきた。
 警報めいた音が鳴り続けている。

 ~ ~ ~

(どこだろうか。異国の言葉が聞こえる。それを理解できる自分がいる)
 メイズは意識が覚醒するのを自ら感じた。
 はっとして目を開ける。目の前には見覚えのある外国人の顔、顔、顔。
「……ここは?」
 額に痛みを感じ、手をあてがいながら身体を起こそうと試みる。そう、横たえられていたのだ。額にやった手のひらの感触から、傷口がそこにあって何かで覆われているようだ。
「急に動いてはいけない」
 見たことのある、比較的若い男が言った。彼がこの場を仕切っているようだ。メイズが動くのを押しとどめようとしている。素直に従い、再び横たわることにした。いつどうやって敷いたのだろう、彼の身体の下には古びたブランケットのような物があった。
 仕切る男は、周りに指示を出していた。女中みたいな人に「ココアを入れて、持って来るんだ」と命じている。
「他に欲しい物は? 寒くはないかい?」
「いえ特に」
 他に欲しい物はと問われて、メイズは遅まきながらも気が付いた。
(さっきは日本語で口走ってしまったか)
 他にと言われるからには、これよりも前に自分は何かを所望している。だが覚えがない。つい最前、ココアを持って来るように命じている。ココアこそが一つ目に欲しがった物ということになるが、メイズはそんなこと言っていない。
 目覚めた拍子に「ここは?」と聞き返していたが、この国での標準語となる言語ではなく、メイズにとって生まれた国の言葉である日本語が思わず出てしまう、なんてことは充分にあり得る。「ここは」を「ココア」と取り違えられたのだ、恐らく。
「言われてみますと、寒い気がしてきました。でも大丈夫です。だいぶ戻って来ました」
「それでは聞くが、君自身の名前を答えよ」
「メイズ。マイケル・メイズです」
「ではこの顔に見覚えは? あるのなら答えてくれるか」
 自身の顔を指差し、聞いてくるのは……アランだ。わずかながらタイムラグはあるが、思い出せるのだから大丈夫だろう。メイズは相手の名前を口にした。
「正解だ。うーん、でももう一人だけ、念のために。――おおい!」
 アランはメイズを中心にしてできている人垣の外へ向けて、誰かを呼び止めたようだ。
「社長、何のご用でしょうか」

 続く
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