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十八.布石のための化石
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とりあえず手足を洗わせてもらったメイズは、サイガとはそこで別れ、再びバートンと二人だけになった。
「気にしすぎたら何もできないとは言いますが、念のために教えておくと、そこいらの柵には家畜の小便しぶきが掛かっていると思って、覚悟を決めてくださいな」
「それくらいなら大丈夫です。牛馬の落とし物を踏んづけたって我慢できますから」
元来、くぐり者として修練を積んできたメイズにとって、汚れや悪臭なんて気にする対象ではない。必要となれば肥だめに身を沈めたり、腐った獣の贓物を被ったりして敵をやり過ごすことだって厭わない。これまでは都会育ちらしく見えるよう、大げさに反応しておいたまで。
実のところ、大都会のロンドンならトイレがきれいかというとそんなことはなく、どこも大差はない。日本の方がましと言えるかもしれなかった。
そういった“しも”の話は脇に置くとして。
メイズはそろそろ秘策を使おうかと考えていた。予め用意した化石を密かに仕込み、あたかもそこから掘り出されたように演技するのだ。この辺の土地は化石発掘に有望だとする大義名分が立てば、いざというときに強く出られるし、調べられてはまずい区画には、発掘許可を出すのに難色を示すかもしれない。網を張り巡らせるための布石だ。
「そうそう、川ではわずかばかり貴重な石が見付かりましたけど」
メイズは土質検査の準備をしつつ、バートンに何気ない調子で話し掛ける。
「はい」
「他にはいないんですか。この辺で、川まで行って宝石になりそうな石を採ってくる人」
「いないでしょうね。商売はもちろん、趣味で採りに行く人も聞いたことがない。いるんだったら、さっきサイガさんが目撃したときだって、あそこまで緊張はしなかったでしょう」
「それもそうか」
準備ができた。円匙《えんし》(スコップ・ショベル・シャベル)に特殊な仕掛けを設けてある。これを使って土を掘り返えばその動作に紛れて、逆に化石を土に埋め込むことができる。
(可能であればバートンに掘り当ててもらいたいところだが)
化石を埋めたところで手を止めて、掘るのをバートンに交代してもらえれば見付けてくれる可能性は高いが、代わりに化石を破壊される可能性も出て来る。ここはメイズ自身の優秀さを演出するために、己で見付けることにした。
「先ほどのサイガさんは東洋的な顔立ちをされていましたけど、どこの生まれかご存じですか」
雑談を振りつつ、柵の外側を掘り進める。土は雨が多いせいか軟らかく、普通ならこんなところにある化石はじきに露出して発見されていることだろう。
「アジアとしか聞いてないですねえ。あの、お手伝いできることはありませんか」
「ではざっと掘り返しますので、跡がよく見えるように土をどけてもらえますか」
「分かりました。――サイガさんが言うには、我々西洋人に受ける香辛料が他にないか、調査のために色々な国を回ったらしいです。過去のことだと言ってましたが、そのせいでどこの国だか分かりづらい、まぜこぜの雰囲気をまとうようになったのかも」
メイズはちょっと興味を惹かれた。諸外国を巡っていたのが過去の話だとしても、サイガはその各国の人とネットワークを構築しているかもしれない。情報のやり取りが行われているのなら、今の世で大いに役立つはず。
(おっと、いけない)
自分本来の職務に使えそうな話が出てくると、探偵としての仕事よりも優先して考えてしまいそうになる。そろそろ化石を発見することにしよう。
「――おや」
「どうかしましたか」
「バートンさん、先ほど私が掘り返したばかりの穴、土を払ってよく見てみてください。くれぐれも慎重にね」
バートンに頼む形でそう命じ、メイズ自身は円匙を地面に力一杯刺して立てると、より細かな作業をするための道具を布鞄から取り出す。
「おお。何かありますね。黒くて丸い、いや三角か? 変な石だなあ。表面に付着している泥を取りのけてもよいのですか?」
「あっと、そのままで。すみません、言い忘れていました。骨は脆くなっている恐れがあるので、そーっと。掘った土だけどかしてください」
適当な文言を並べてそれらしく繕い、メイズはバードンと向き合う位置にしゃがみ込むと、一尺足らずの直径の穴を囲む。
「メイズさんが言ったのは、この石のことですよね」
泥に汚れた指先で示すバートン。ほぼ正方形の石のある一面に三角の形が露出している。長さは二寸といったところ。正方形の石を取り除けば、もう少しある。
「そうですこれです。大型生物の歯か、もしかするとそれより小さな生物の爪か……断定は避けますが、探し求めていた化石に間違いありません」
メイズはいけしゃあしゃあと語った。実際のところ、仕込んだ化石の正体をメイズは知っている。肉食動物の牙だ。恐竜に比べるとずっと時代は新しく、金銭的にも入手しやすい代物である。
「ということは、この辺一帯は」
「ええ。有望な化石の山地である可能性が高い。生物学上の大きな発見につながるかもしれません」
「ははん。ドラゴンの牙だとしたら、確かに合いそうです」
化石だの恐竜だのについての研究はまだまだ学問として成熟していなかった時代のこと。これが恐竜の化石だと言われても、何だかよく分からないが珍しい、ぐらいが多くの人々の感想だったと思われる。
続く
「気にしすぎたら何もできないとは言いますが、念のために教えておくと、そこいらの柵には家畜の小便しぶきが掛かっていると思って、覚悟を決めてくださいな」
「それくらいなら大丈夫です。牛馬の落とし物を踏んづけたって我慢できますから」
元来、くぐり者として修練を積んできたメイズにとって、汚れや悪臭なんて気にする対象ではない。必要となれば肥だめに身を沈めたり、腐った獣の贓物を被ったりして敵をやり過ごすことだって厭わない。これまでは都会育ちらしく見えるよう、大げさに反応しておいたまで。
実のところ、大都会のロンドンならトイレがきれいかというとそんなことはなく、どこも大差はない。日本の方がましと言えるかもしれなかった。
そういった“しも”の話は脇に置くとして。
メイズはそろそろ秘策を使おうかと考えていた。予め用意した化石を密かに仕込み、あたかもそこから掘り出されたように演技するのだ。この辺の土地は化石発掘に有望だとする大義名分が立てば、いざというときに強く出られるし、調べられてはまずい区画には、発掘許可を出すのに難色を示すかもしれない。網を張り巡らせるための布石だ。
「そうそう、川ではわずかばかり貴重な石が見付かりましたけど」
メイズは土質検査の準備をしつつ、バートンに何気ない調子で話し掛ける。
「はい」
「他にはいないんですか。この辺で、川まで行って宝石になりそうな石を採ってくる人」
「いないでしょうね。商売はもちろん、趣味で採りに行く人も聞いたことがない。いるんだったら、さっきサイガさんが目撃したときだって、あそこまで緊張はしなかったでしょう」
「それもそうか」
準備ができた。円匙《えんし》(スコップ・ショベル・シャベル)に特殊な仕掛けを設けてある。これを使って土を掘り返えばその動作に紛れて、逆に化石を土に埋め込むことができる。
(可能であればバートンに掘り当ててもらいたいところだが)
化石を埋めたところで手を止めて、掘るのをバートンに交代してもらえれば見付けてくれる可能性は高いが、代わりに化石を破壊される可能性も出て来る。ここはメイズ自身の優秀さを演出するために、己で見付けることにした。
「先ほどのサイガさんは東洋的な顔立ちをされていましたけど、どこの生まれかご存じですか」
雑談を振りつつ、柵の外側を掘り進める。土は雨が多いせいか軟らかく、普通ならこんなところにある化石はじきに露出して発見されていることだろう。
「アジアとしか聞いてないですねえ。あの、お手伝いできることはありませんか」
「ではざっと掘り返しますので、跡がよく見えるように土をどけてもらえますか」
「分かりました。――サイガさんが言うには、我々西洋人に受ける香辛料が他にないか、調査のために色々な国を回ったらしいです。過去のことだと言ってましたが、そのせいでどこの国だか分かりづらい、まぜこぜの雰囲気をまとうようになったのかも」
メイズはちょっと興味を惹かれた。諸外国を巡っていたのが過去の話だとしても、サイガはその各国の人とネットワークを構築しているかもしれない。情報のやり取りが行われているのなら、今の世で大いに役立つはず。
(おっと、いけない)
自分本来の職務に使えそうな話が出てくると、探偵としての仕事よりも優先して考えてしまいそうになる。そろそろ化石を発見することにしよう。
「――おや」
「どうかしましたか」
「バートンさん、先ほど私が掘り返したばかりの穴、土を払ってよく見てみてください。くれぐれも慎重にね」
バートンに頼む形でそう命じ、メイズ自身は円匙を地面に力一杯刺して立てると、より細かな作業をするための道具を布鞄から取り出す。
「おお。何かありますね。黒くて丸い、いや三角か? 変な石だなあ。表面に付着している泥を取りのけてもよいのですか?」
「あっと、そのままで。すみません、言い忘れていました。骨は脆くなっている恐れがあるので、そーっと。掘った土だけどかしてください」
適当な文言を並べてそれらしく繕い、メイズはバードンと向き合う位置にしゃがみ込むと、一尺足らずの直径の穴を囲む。
「メイズさんが言ったのは、この石のことですよね」
泥に汚れた指先で示すバートン。ほぼ正方形の石のある一面に三角の形が露出している。長さは二寸といったところ。正方形の石を取り除けば、もう少しある。
「そうですこれです。大型生物の歯か、もしかするとそれより小さな生物の爪か……断定は避けますが、探し求めていた化石に間違いありません」
メイズはいけしゃあしゃあと語った。実際のところ、仕込んだ化石の正体をメイズは知っている。肉食動物の牙だ。恐竜に比べるとずっと時代は新しく、金銭的にも入手しやすい代物である。
「ということは、この辺一帯は」
「ええ。有望な化石の山地である可能性が高い。生物学上の大きな発見につながるかもしれません」
「ははん。ドラゴンの牙だとしたら、確かに合いそうです」
化石だの恐竜だのについての研究はまだまだ学問として成熟していなかった時代のこと。これが恐竜の化石だと言われても、何だかよく分からないが珍しい、ぐらいが多くの人々の感想だったと思われる。
続く
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