くぐり者

崎田毅駿

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十七.汚れ仕事も厭わない

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「と、いうことは彼はアランさんの客人ですか」
 改めてバートンに確認するサイガ。バートンは相手がいるところまで歩を進めてから答えた。
「そうなります。お気に入りの産婆さんがいるでしょう。彼女を助けたんですよ」
「ほう」
 感心した目を向けられたが、メイズはいえそんなたいそうなことはしていませんと首を横に振った。
「農場へ向かう途中、ちょうど道を外れて降りていくところが見えたから、てっきり、よそ者が何か悪さをするために茂みに分け入ったのかと思い、様子を窺っていたんですが、とんだ徒労に終わったようだ」
 言葉の通り、疲れた様子で自身の肩を拳でとんとんと叩くメイズ。近付いてみて分かったが、鼻下にくっきりと黒い髭を生やしていて、丁寧に手入れしてあった。なかなかおしゃれだ。
「初めましてメイズさん。エドモンド・サイガです」
 差し出された手を握り返し、握手した。その瞬間、メイズは感じ取った。
(この人――こっちの技倆を測っている?)
 またしても格闘技をたしなんでいる人物なのだろうか。そういえば何の仕事をしているのか、まだ聞いていない。
「よろしく。あなたは研究者のようだが、私も同類です。化け学をやっていて、冬の休みの間、マイキー君達の勉強を見てくれと頼まれて来ました」
「サイガさん、えらく緊張した感じでしたけど」
 バートンが尋ねると、サイガはちょっとだけ苦笑を浮かべた。
「まさかまた不審人物を見掛けるとは予想外だったので、緊張していた。そう見えたんでしょう」
「また?」
 聞き咎めたメイズはそのまま聞き返した。
「ああ、秋口に立ち寄った際にも、今いるこの辺に降りていった人影を見たんですよ。それも男と女が相次いで」
「え? 私の他にもそんな人がいたんですか」
 メイズは驚いてみせた。心中では、想定していた事柄の一つなのだから動揺はない。ただしまったく動揺していない訳でもなかった。
(宝石を探し求める者が分け入ってもおかしくはない。でも、そこまで有望な川とは思えなかったな。もっと下流に、砂利が集まるたまり場みたいなところがあるだろう。それともそういった場所で採り尽くしたから、上流に調査に来たんだろうか)
 結論が出ないまま、会話は進む。バートンがサイガに聞いた。
「もしや、男女の密会とか、そっちの方じゃなかったんですか。秋ならこの辺は気温は低くても景色はいいから」
「いや、ないと思いますね。この下はピクニックという雰囲気のところではない。それに、男の方はだいぶ年かさの仏頂面をした頑固そうな横顔だった。とても景色を楽しもうという風情ではなかったですね」
 顔だけで決め付けるのは問題ありだが、川辺がピクニック向きではないことはよく分かる。
「ちなみに女性の方の年齢はどれくらいでした?」
「男よりは若かったが、それでも四十に手が届いていただろうね。最初は服装が男の格好だったから、見間違えそうになった」
「この斜面を上り下りするには、男性の格好をする方が適しているということでしょうか……」
「そういえばメイズさん。手足をよく洗っておくことをおすすめします」
 サイガからの唐突な忠告にメイズはきょとんとなった。
「何ゆえでしょうか」
「川の上流の方に立つ家々の中には、農家を営んでいないところもあるからです」
「はい?」
 まだ分からず、目を丸くして聞き返すメイズ。その手前でバートンが「ああ」と左拳で右手の平を打った。
「農家をやっていない家は、トイレをそのまま垂れ流すんです。肥料に回せばいいのに」
「あ」
 そのことが頭になかった訳じゃないのに、きれいな清水に見えたため、いつの間にか忘れてしまっていた。
「流量が豊富な地点ならまだしも、この下は場所によっては淀んでいるところがあったでしょう? 農場に戻ったら井戸水で入念に洗っておくのがいいでしょう」
「……あの、すみません、握手なんかしてしまって」
 自らの手を一瞥してから、サイガに頭を下げる。
「かまわないです」
 メイズの気まずそうな顔がおかしかったのか、サイガは始めて笑みを明確に浮かべた。
 調査続行にせよ手足を洗うにせよ、農場に行くのは変わらない。三人は足並みを揃えてショーラック農場を目指した。
 天候は徐々に下り坂に向かっている気配が感じられた。

 続く
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