17 / 26
十七.汚れ仕事も厭わない
しおりを挟む
「と、いうことは彼はアランさんの客人ですか」
改めてバートンに確認するサイガ。バートンは相手がいるところまで歩を進めてから答えた。
「そうなります。お気に入りの産婆さんがいるでしょう。彼女を助けたんですよ」
「ほう」
感心した目を向けられたが、メイズはいえそんなたいそうなことはしていませんと首を横に振った。
「農場へ向かう途中、ちょうど道を外れて降りていくところが見えたから、てっきり、よそ者が何か悪さをするために茂みに分け入ったのかと思い、様子を窺っていたんですが、とんだ徒労に終わったようだ」
言葉の通り、疲れた様子で自身の肩を拳でとんとんと叩くメイズ。近付いてみて分かったが、鼻下にくっきりと黒い髭を生やしていて、丁寧に手入れしてあった。なかなかおしゃれだ。
「初めましてメイズさん。エドモンド・サイガです」
差し出された手を握り返し、握手した。その瞬間、メイズは感じ取った。
(この人――こっちの技倆を測っている?)
またしても格闘技をたしなんでいる人物なのだろうか。そういえば何の仕事をしているのか、まだ聞いていない。
「よろしく。あなたは研究者のようだが、私も同類です。化け学をやっていて、冬の休みの間、マイキー君達の勉強を見てくれと頼まれて来ました」
「サイガさん、えらく緊張した感じでしたけど」
バートンが尋ねると、サイガはちょっとだけ苦笑を浮かべた。
「まさかまた不審人物を見掛けるとは予想外だったので、緊張していた。そう見えたんでしょう」
「また?」
聞き咎めたメイズはそのまま聞き返した。
「ああ、秋口に立ち寄った際にも、今いるこの辺に降りていった人影を見たんですよ。それも男と女が相次いで」
「え? 私の他にもそんな人がいたんですか」
メイズは驚いてみせた。心中では、想定していた事柄の一つなのだから動揺はない。ただしまったく動揺していない訳でもなかった。
(宝石を探し求める者が分け入ってもおかしくはない。でも、そこまで有望な川とは思えなかったな。もっと下流に、砂利が集まるたまり場みたいなところがあるだろう。それともそういった場所で採り尽くしたから、上流に調査に来たんだろうか)
結論が出ないまま、会話は進む。バートンがサイガに聞いた。
「もしや、男女の密会とか、そっちの方じゃなかったんですか。秋ならこの辺は気温は低くても景色はいいから」
「いや、ないと思いますね。この下はピクニックという雰囲気のところではない。それに、男の方はだいぶ年かさの仏頂面をした頑固そうな横顔だった。とても景色を楽しもうという風情ではなかったですね」
顔だけで決め付けるのは問題ありだが、川辺がピクニック向きではないことはよく分かる。
「ちなみに女性の方の年齢はどれくらいでした?」
「男よりは若かったが、それでも四十に手が届いていただろうね。最初は服装が男の格好だったから、見間違えそうになった」
「この斜面を上り下りするには、男性の格好をする方が適しているということでしょうか……」
「そういえばメイズさん。手足をよく洗っておくことをおすすめします」
サイガからの唐突な忠告にメイズはきょとんとなった。
「何ゆえでしょうか」
「川の上流の方に立つ家々の中には、農家を営んでいないところもあるからです」
「はい?」
まだ分からず、目を丸くして聞き返すメイズ。その手前でバートンが「ああ」と左拳で右手の平を打った。
「農家をやっていない家は、トイレをそのまま垂れ流すんです。肥料に回せばいいのに」
「あ」
そのことが頭になかった訳じゃないのに、きれいな清水に見えたため、いつの間にか忘れてしまっていた。
「流量が豊富な地点ならまだしも、この下は場所によっては淀んでいるところがあったでしょう? 農場に戻ったら井戸水で入念に洗っておくのがいいでしょう」
「……あの、すみません、握手なんかしてしまって」
自らの手を一瞥してから、サイガに頭を下げる。
「かまわないです」
メイズの気まずそうな顔がおかしかったのか、サイガは始めて笑みを明確に浮かべた。
調査続行にせよ手足を洗うにせよ、農場に行くのは変わらない。三人は足並みを揃えてショーラック農場を目指した。
天候は徐々に下り坂に向かっている気配が感じられた。
続く
改めてバートンに確認するサイガ。バートンは相手がいるところまで歩を進めてから答えた。
「そうなります。お気に入りの産婆さんがいるでしょう。彼女を助けたんですよ」
「ほう」
感心した目を向けられたが、メイズはいえそんなたいそうなことはしていませんと首を横に振った。
「農場へ向かう途中、ちょうど道を外れて降りていくところが見えたから、てっきり、よそ者が何か悪さをするために茂みに分け入ったのかと思い、様子を窺っていたんですが、とんだ徒労に終わったようだ」
言葉の通り、疲れた様子で自身の肩を拳でとんとんと叩くメイズ。近付いてみて分かったが、鼻下にくっきりと黒い髭を生やしていて、丁寧に手入れしてあった。なかなかおしゃれだ。
「初めましてメイズさん。エドモンド・サイガです」
差し出された手を握り返し、握手した。その瞬間、メイズは感じ取った。
(この人――こっちの技倆を測っている?)
またしても格闘技をたしなんでいる人物なのだろうか。そういえば何の仕事をしているのか、まだ聞いていない。
「よろしく。あなたは研究者のようだが、私も同類です。化け学をやっていて、冬の休みの間、マイキー君達の勉強を見てくれと頼まれて来ました」
「サイガさん、えらく緊張した感じでしたけど」
バートンが尋ねると、サイガはちょっとだけ苦笑を浮かべた。
「まさかまた不審人物を見掛けるとは予想外だったので、緊張していた。そう見えたんでしょう」
「また?」
聞き咎めたメイズはそのまま聞き返した。
「ああ、秋口に立ち寄った際にも、今いるこの辺に降りていった人影を見たんですよ。それも男と女が相次いで」
「え? 私の他にもそんな人がいたんですか」
メイズは驚いてみせた。心中では、想定していた事柄の一つなのだから動揺はない。ただしまったく動揺していない訳でもなかった。
(宝石を探し求める者が分け入ってもおかしくはない。でも、そこまで有望な川とは思えなかったな。もっと下流に、砂利が集まるたまり場みたいなところがあるだろう。それともそういった場所で採り尽くしたから、上流に調査に来たんだろうか)
結論が出ないまま、会話は進む。バートンがサイガに聞いた。
「もしや、男女の密会とか、そっちの方じゃなかったんですか。秋ならこの辺は気温は低くても景色はいいから」
「いや、ないと思いますね。この下はピクニックという雰囲気のところではない。それに、男の方はだいぶ年かさの仏頂面をした頑固そうな横顔だった。とても景色を楽しもうという風情ではなかったですね」
顔だけで決め付けるのは問題ありだが、川辺がピクニック向きではないことはよく分かる。
「ちなみに女性の方の年齢はどれくらいでした?」
「男よりは若かったが、それでも四十に手が届いていただろうね。最初は服装が男の格好だったから、見間違えそうになった」
「この斜面を上り下りするには、男性の格好をする方が適しているということでしょうか……」
「そういえばメイズさん。手足をよく洗っておくことをおすすめします」
サイガからの唐突な忠告にメイズはきょとんとなった。
「何ゆえでしょうか」
「川の上流の方に立つ家々の中には、農家を営んでいないところもあるからです」
「はい?」
まだ分からず、目を丸くして聞き返すメイズ。その手前でバートンが「ああ」と左拳で右手の平を打った。
「農家をやっていない家は、トイレをそのまま垂れ流すんです。肥料に回せばいいのに」
「あ」
そのことが頭になかった訳じゃないのに、きれいな清水に見えたため、いつの間にか忘れてしまっていた。
「流量が豊富な地点ならまだしも、この下は場所によっては淀んでいるところがあったでしょう? 農場に戻ったら井戸水で入念に洗っておくのがいいでしょう」
「……あの、すみません、握手なんかしてしまって」
自らの手を一瞥してから、サイガに頭を下げる。
「かまわないです」
メイズの気まずそうな顔がおかしかったのか、サイガは始めて笑みを明確に浮かべた。
調査続行にせよ手足を洗うにせよ、農場に行くのは変わらない。三人は足並みを揃えてショーラック農場を目指した。
天候は徐々に下り坂に向かっている気配が感じられた。
続く
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
江戸の検屍ばか
崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
忍び零右衛門の誉れ
崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
劇場型彼女
崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。
杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。
つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる