くぐり者

崎田毅駿

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十四.出発前に小さな子と

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 朝食をすませたあと、準備万端整えて自室で待っていると、七時半ちょうどにドアをノックされた。
「はい」
「バートンです。メイズさん、もうそろそろお出かけの時間かと思いまして」
「ああ、今行きます」
 メイズは扉を開け、バートンの姿を見ると「協力に感謝します」と礼をした。
「本当によろしいので? 他の方のお仕事に悪い影響が及ぶんじゃないかと心配で」
「いや、問題ありません。全体の作業そのものが減っているので、私が受け持つべき野良仕事もさほど多くないんです」
 言葉を交わしながら勝手口まで来た。用意しておいたブーツ――おしゃれ用ではもちろんなく、頑丈第一の探検靴――に履き替えると、空模様を眺めつつ外に出た。
「曇ってますね。でも大丈夫でしょう」
 バートンが請け合ったが、何を根拠にしたのかは分からない。メイズとしても少々の悪天候ぐらいで己の任務を先送りするつもりは毛頭ないので、深く突っ込んで聞くことはなかった。
「そういえば」
 先を歩くバートンに声を掛ける。今は畑の横を二人は進んでいる。畜産だけでなく、作物作りにも力を入れているのが分かる広さだった。
「何です、メイズさん」
「昨晩は聞きそびれてしまったのですが、バートンさんはこちらの農場の従業員か何かですか」
「話せば長くなりますがいいですか」
 丁寧だが気さくな物腰で返すバートン。メイズの腹づもりとしては、ドーソン・クラークについて知っていることがあれば聞き出そう、そのきっかけになればという程度の思惑から発した質問だったのだが……「長くなるのなら結構です」と言える状況でもなく。
「それなら移動しながら話してもらえますか」
「いいですよ。いの一番に見ておきたい場所なんてのがあれば、そこへご案内がてら」
「じゃあ……水が流れて岩肌が露出しているところを」
 メイズは化石と宝石(の原石)の双方を採掘しうる場所を指定した。
 万が一、この辺りで貴重な石が採れて、それらが都市部に出回ってきたために値崩れが起きているのだとしたら、そこいらを流れる小川の底で貴石が簡単に見付かるのかもしれない。いかにして秘密を守らせているのかとか加工技術者の確保をどうするか等、あまりに空想的だが一応、頭の片隅で意識しておく。
「それでしたらいくつかありますね。近くからでかまわない?」
「お任せするよ」
 バートンを先に行かせて、柵の開閉部から出て行こうとしたそのとき、駆けてくる足音が右後方から聞こえた。
 振り向くと子供がいた。男の子で歳は五つ、いや六つか七つといった頃だろうとメイズは当て推量をした。
「バートンのおじさん、朝っぱらからどこ行くの? そっちのおじさんは誰?」
 一メートルくらいのところで立ち止まった少年は、なかなか賢そうなはきはきとした物言いをした。メイズは自ら返事するのは控え、バートンに成り行きを預けた。
「やあ、おはよう。君のお父さんから聞いていないかい? 昨日、うちに来られたお客さんだよ」
「へえ、聞いてない。おじさん、はじめまして。僕はマイキーだよ。ホルツの伯父さんが来ているときは、マイクが被るから普段からマイキーって呼ばれるんだ」
「はじめまして。うーん、それだとおじさんの名前も紛らわしてく、悪いことしたかな。マイケル・メイズというんだ」
「ええー? マイキーにマイクにマイケル? まあいいや。仕方がないな」
「ややこしければメイズと呼んでくれていいよ」
「分かったよ、メイズのおじさん」
「よかった。これから二週間ばかりご厄介になるけれども、よろしくお願いするよ」
「二週間? ていうことは妹か二人目の弟が生まれる頃にちょうど重なるね」
 マイキーはアランの長男なんだなと頭の中を整理するメイズ。
「メイズのおじさんは何のお仕事の関係でやって来たの?」
「簡単に言えば地質調査だよ。これから行くんだ」
「あんまり父の農場とは関係なさそうだけど」
 マイキーが表情を若干曇らせながら、バートンを見た。
「ああ、彼は商談とはまた別のつながりがあるんだ。だからほら、着いていくのもお父さんではなく、僕なんだ」
「ふうん。よかったらいつか連れて行ってよ。今は先約があるから駄目だけどさ」
「先約?」
「うん。サイガさんに模型の飛行機作りを教えてもらう約束になってるんだ、弟と一緒にね」
 目を輝かせるマイキーだが、対照的にバートンは首を傾げた。
「サイガさんならまだ到着していないようだけど」
「知ってるよ。遅れるんだって。それまでは家の手伝いをしながら待たなきゃいけない」
「今日中に着かなかったらどうするんだね?」
「待つしかないじゃん。お手伝いの方は適当なところで切り上げる。おっといけないや。見慣れない人がいたから気になって飛んできたけど、もう分かったから。じゃあね」
 マイキーはまくし立てるようにしてしゃべると、そのしゃべりの勢いが移ったかのように、くるっと向きを換えて一気に走り出した。たいした俊足で、あっという間にマイクロサイズの小さなシルエットになっていく。

 続く
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