くぐり者

崎田毅駿

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十三.強者どもが集う前に

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「チャンピオンというからにはプロなのですか」
 好奇心のみの質問だと思われるよう、ルエガーのいる方へぐぐっと身を乗り出してみせるメイズ。が、当のチャンピオンはさほど嬉しそうではなく、謙遜気味に答えた。
「いやまあ、セミプロということになるのかな。チャンピオンと言ったって、この一帯で開かれる大会で何度か優勝したというだけ。言うなれば、地方王者ってところだろうなあ」
 ルエガーの話に、デイモンが肩をすくめた。
「やれやれ。何で自信を持たないんですかね。冬場になってもここに残ったのは、大会のためでしょうが」
 少し前までとは立場が逆転したかのようだ。デイモンはルエガーをやや批判的に言ってから、メイズへ目を向けた。
「メイズさん、我らがオットー・ルエガーさんはこのところずっと負けなしできてるんだ。初めて飛び入り参加したときと、その次の大会の決勝でしか負けていない。あとは連戦連勝。本気でプロ転向を考えるべきだと前々から思ってるね、俺は」
「職業にするとなると、街に出て行かなきゃならない。性分なのか、ああいう騒がしい雰囲気はどうも苦手だ」
 ルエガーは飽き飽きしたとばかり、食事に専念する様子を見せた。
「その大会と言いますかお祭りと言いますか、いつ開催されるのですか」
 メイズは誰ともなしに聞いてみた。返事は後ろから聞こえた。
「一月最後の金曜日から三日間ですよ」
 料理を取って戻って来たバートンはにこやかに答えると、どこに座るか少し迷うそぶりを見せてから、結局メイズの右隣に収まった。
「尤も、レスリングは二日目と三日目の出し物で、一日目はボクシングの試合があるんですよね」
「ボクシングまで」
「聞いたところでは、昔はボクシングだけだったとか。もちろん今でも人気のスポーツだが、お祭りで行うには怪我が大変なことになってちょっと殺伐とするし、参加者はその後の祭りを楽しもうにも、ベッド上の人になるのがお決まりだった。なので、ボクシングの方は縮小傾向だと聞きます」
「なるほど。レスリングだとくたくたになったとしても、ひどい骨折や流血は少なそうだ」
「いやまあ、実力差があるとレスリングでもひどいアクシデントは起きるけれどもね」
 デイモンはルエガーの方をちらと見やった。意味ありげな視線だったが、メイズは余計なさざ波を立てることもあるまいと目を瞑った。
「それにしても惜しいですねえ。滞在予定が二週間なんですよ、私」
「何とまあ。祭りの時期にはいないっていうことか」
「ええ。そうなりますね。今回の調査結果次第で、再び戻って来る可能性はあるのですが、いくら何でも一月下旬というのは難しそうです」
「個人的な旅行でも無理かい?」
 ルエガーの言葉にメイズは「旅行なんてとてもとても」と首を振る。
「こうして皆さんとお会いできたのは、仕事のおかげ、偶然の産物なんですよ」

 夜の間、メイズは農場内にいる人間の把握及び、彼らの行動習慣をなるべく知っておこうと努力した。要は皆が寝静まるであろう夜分に、聞き耳を立てて、建物の中で誰がどう動くのかを探るのだ。もしも家捜しをする必要が生じた場合、夜間の人の動きが後々役立つ。
 無論、与えられた部屋から聞こえる範囲なんて高が知れている。なのでメイズ自身、二度ほど用足しのふりをして部屋を出たり、眠りに就く寸前に農場の要所要所に蜘蛛の糸を利して作った“見えない糸”を張り渡したりして、できる限りの情報を集めた。
(特にこれと言った収穫はなしか。昨晩起き出したのは五名。全員が用足しだったようだ。捜し物をするのときは、不定期で動かれる方がよほど対処が面倒だが、総数はたいして多くはないのが朗報だ)
 反面、朝が早いのは難点と言えるかもしれない。ショーラック農場の人々だけでなく、地域に住むほとんどの者が朝が早いようだ。これは、日が昇ればすぐに人目に付く危険性が高いことを意味する。
(やはり日中、全員が農作業に取り掛かっているいるときの方が狙い目かな。ただ、発覚した場合、何かが紛失していたら、自分が真っ先に疑われるかもしれない。農作業をしていなかったのは私だけだという理屈が成り立ちそうだな)
 事前準備のための深夜調査はひとまずおいて、日が昇ったら昇ったで有効活用せねばなるまい。メイズは今日からの調査に本腰を入れようと固く誓った。

 続く
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