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十二.身分を仮装し敵を仮想する
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夕食はアラン達とは別の部屋でいただくことになった。
長机がいくつも並んだ広い部屋で、厨房が隣接している。ビュッフェ形式の食堂のようだ。通常は、この農場で働く者達がここで一斉に食事を摂るみたいだが、今は時季外れのせいか人の数は少ない。
「悪いね、メイズさん」
隣に腰を下ろしたデイモンが本当にすまなそうに言った。
「旦那様達は大事な商談があるそうだから、関係のない人を同席させるのはだめなんだとよ。クリスマス休暇と言いながら金儲けの話に忙しいくらいじゃないと、貯まらないものなのかな。間接的な恩人をほっぽり出して」
「いえ。全然気にしていません。アランさんには明日からの私の仕事で便宜を図ってもらいましたし」
「それはよかった。俺も暇ができたら手伝おうか」
産婆を助けただけだというのに、随分と感謝される。よっぽどここの奥さんは従業員から慕われているのかなとメイズは推測した。
「あ、手伝いというか案内の人なら、誰か一人付けてくださるそうです。アランさんが言ってました」
「そうか、残念。合法的にサボれると思ったのによ」
ジョークを言って、デイモンはマッシュポテトをスプーンに山盛り一杯分、頬張った。あっという間に飲み込み、話を続ける。
「その案内役の名前は言ってなかったのかな」
「ええ。ここで食べている間に来るだろうとのことでしたが」
それからしばらく都会では何が流行しているかとか、この辺りではどんな文化風習があるかといったおしゃべりをして過ごすことおよそ十五分。プレートに取った料理があらかた片付いた頃、食堂に男が二人入って来た。一人はあの巨漢のルエガー。そのすぐ後ろに引けを取らない体格の赤毛の男が、ルエガーと談笑しながら続く。
赤毛の男は食堂内を見渡したかと思うと、メイズと目が合った。目礼の仕種を挟んで、ルエガーを置いてずんずんと近付いてくる。
「食事の最中に失礼をします。あなたがメイズさんでしょうか」
「はい」
アランの言っていた案内役の男だと察し、腰を浮かそうとするメイズ。
「あ、いや、そのままで。ビル・バートンと言います。旦那様からあなたの案内役を仰せつかりました。どうぞよろしく」
座ったままのメイズは、相手を見上げた。身長百九十センチ以上はある。身体のシルエットはバランスがよくすらっとしているが、鍛えているのが一目で分かる大胸筋の持ち主だった。
「マイケル・メイズです。よろしく頼みます」
結局立ち上がり、握手を交わした。
「なんだ、バートンが案内役か」
デイモンが納得した風に何度か首を縦に振った。
「体力があって、あちこち動き回るのにも不都合がない。適役だな」
「それは僕には無理だという皮肉かな」
ふと気が付くと、デイモンの椅子の背後にルエガーが立っていた。両手に一つずつプレートを持っており、その両方ともが山盛りの料理で彩られている。
デイモンは片手で頭を抱えながら返事した。
「そんな意味ではないですよ。だってほら、ルエガーさんは狭い洞窟に入ったり、うっそうと茂った木々の間を抜けたりなんかはきついでしょ」
「確かに。それは認める」
「加えて、大会に備えて鍛えるのに時間を割かなきゃいけないだろうし」
聞き咎めたメイズは、思わずおうむ返しした。
「大会?」
「ああ、メイズさんは知らなくて無理もないか」
デイモンはルエガーの圧から解放されたかったのか、素早く応答した。
「冬になるとこの辺は活気がなくなるんでね。力自慢の男が闘う大会が催されるんだ」
「ちょっとつながりが見えませんが。活気がないから、力自慢の男が闘う?」
「一種のお祭りでもある、と言えばいいかな」
デイモンの隣の席に着いたルエガーが説明を代わる。一方、バートンは自身の夕食を取りに行った。
「ロンドン子ならご存じなんでは? レスリング。何でも、フランスで大会を見てきたという男が、これは行けると踏んで、自前で興行を手掛けるようになったんだとか。選手として出ていながら、自分は競技の歴史をあまり詳しくは知らないが、人気は結構あると思う」
「そうそう、お祭りだから選手じゃない村人なんかも大勢集まって、賑やかになる」
デイモンが補足し、盛り上がる様を表現したかったのか、両手を掲げる。
メイズはちょっとだけ間を取り、考えをまとめた。
「自分はロンドン生まれではないのですが、レスリングについては聞いたことがあります。職業としてのプロフェッショナルレスリングだったと思いますが」
「それそれ、ルールは一緒のはずだよ。実際、ルエガーさんは賞金を獲得しているんだ。ていうかルエガーさん、さっきは謙遜したの? 一介の選手みたいな口ぶりだったけど、あんたチャンピオンじゃないか」
「余計な話を。チャンピオンが競技の歴史を知らないのは恥ずかしいことだと思ったんだ」
渋い表情になるルエガーだが、メイズは興味を持った。
(もしもこの先、私の調査で農場の人達にとって不利なことが明らかになったら、彼らと敵対することになるかもしれない。レスリングの王者となると手強いに違いない)
続く
長机がいくつも並んだ広い部屋で、厨房が隣接している。ビュッフェ形式の食堂のようだ。通常は、この農場で働く者達がここで一斉に食事を摂るみたいだが、今は時季外れのせいか人の数は少ない。
「悪いね、メイズさん」
隣に腰を下ろしたデイモンが本当にすまなそうに言った。
「旦那様達は大事な商談があるそうだから、関係のない人を同席させるのはだめなんだとよ。クリスマス休暇と言いながら金儲けの話に忙しいくらいじゃないと、貯まらないものなのかな。間接的な恩人をほっぽり出して」
「いえ。全然気にしていません。アランさんには明日からの私の仕事で便宜を図ってもらいましたし」
「それはよかった。俺も暇ができたら手伝おうか」
産婆を助けただけだというのに、随分と感謝される。よっぽどここの奥さんは従業員から慕われているのかなとメイズは推測した。
「あ、手伝いというか案内の人なら、誰か一人付けてくださるそうです。アランさんが言ってました」
「そうか、残念。合法的にサボれると思ったのによ」
ジョークを言って、デイモンはマッシュポテトをスプーンに山盛り一杯分、頬張った。あっという間に飲み込み、話を続ける。
「その案内役の名前は言ってなかったのかな」
「ええ。ここで食べている間に来るだろうとのことでしたが」
それからしばらく都会では何が流行しているかとか、この辺りではどんな文化風習があるかといったおしゃべりをして過ごすことおよそ十五分。プレートに取った料理があらかた片付いた頃、食堂に男が二人入って来た。一人はあの巨漢のルエガー。そのすぐ後ろに引けを取らない体格の赤毛の男が、ルエガーと談笑しながら続く。
赤毛の男は食堂内を見渡したかと思うと、メイズと目が合った。目礼の仕種を挟んで、ルエガーを置いてずんずんと近付いてくる。
「食事の最中に失礼をします。あなたがメイズさんでしょうか」
「はい」
アランの言っていた案内役の男だと察し、腰を浮かそうとするメイズ。
「あ、いや、そのままで。ビル・バートンと言います。旦那様からあなたの案内役を仰せつかりました。どうぞよろしく」
座ったままのメイズは、相手を見上げた。身長百九十センチ以上はある。身体のシルエットはバランスがよくすらっとしているが、鍛えているのが一目で分かる大胸筋の持ち主だった。
「マイケル・メイズです。よろしく頼みます」
結局立ち上がり、握手を交わした。
「なんだ、バートンが案内役か」
デイモンが納得した風に何度か首を縦に振った。
「体力があって、あちこち動き回るのにも不都合がない。適役だな」
「それは僕には無理だという皮肉かな」
ふと気が付くと、デイモンの椅子の背後にルエガーが立っていた。両手に一つずつプレートを持っており、その両方ともが山盛りの料理で彩られている。
デイモンは片手で頭を抱えながら返事した。
「そんな意味ではないですよ。だってほら、ルエガーさんは狭い洞窟に入ったり、うっそうと茂った木々の間を抜けたりなんかはきついでしょ」
「確かに。それは認める」
「加えて、大会に備えて鍛えるのに時間を割かなきゃいけないだろうし」
聞き咎めたメイズは、思わずおうむ返しした。
「大会?」
「ああ、メイズさんは知らなくて無理もないか」
デイモンはルエガーの圧から解放されたかったのか、素早く応答した。
「冬になるとこの辺は活気がなくなるんでね。力自慢の男が闘う大会が催されるんだ」
「ちょっとつながりが見えませんが。活気がないから、力自慢の男が闘う?」
「一種のお祭りでもある、と言えばいいかな」
デイモンの隣の席に着いたルエガーが説明を代わる。一方、バートンは自身の夕食を取りに行った。
「ロンドン子ならご存じなんでは? レスリング。何でも、フランスで大会を見てきたという男が、これは行けると踏んで、自前で興行を手掛けるようになったんだとか。選手として出ていながら、自分は競技の歴史をあまり詳しくは知らないが、人気は結構あると思う」
「そうそう、お祭りだから選手じゃない村人なんかも大勢集まって、賑やかになる」
デイモンが補足し、盛り上がる様を表現したかったのか、両手を掲げる。
メイズはちょっとだけ間を取り、考えをまとめた。
「自分はロンドン生まれではないのですが、レスリングについては聞いたことがあります。職業としてのプロフェッショナルレスリングだったと思いますが」
「それそれ、ルールは一緒のはずだよ。実際、ルエガーさんは賞金を獲得しているんだ。ていうかルエガーさん、さっきは謙遜したの? 一介の選手みたいな口ぶりだったけど、あんたチャンピオンじゃないか」
「余計な話を。チャンピオンが競技の歴史を知らないのは恥ずかしいことだと思ったんだ」
渋い表情になるルエガーだが、メイズは興味を持った。
(もしもこの先、私の調査で農場の人達にとって不利なことが明らかになったら、彼らと敵対することになるかもしれない。レスリングの王者となると手強いに違いない)
続く
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