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十.パーティーはあきない
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「おっと」
がっしりとした、いかにも肉体労働向きの身体を持つ男だった。小さな眼で、不審げにこちらを見つめてくる。シャツの袖から覗く腕は、まるでパンでも詰め込んだかのように筋肉をまとっていた。うっすらと無精髭があるが、肌の色艶のよさもあって若く見えた。
「これは失礼を」
メイズが道を譲ろうとすると、相手の男は何かを思い出したみたいに「ああ」と呟き、仏頂面を緩めた。
「あなたが産婆のアウルを助けてくれた?」
「ええ、まあ。メイズと言います」
「ありがとうよ。自分はオットー・ルエガーっていう者だ。家畜の出産は平気なんだが、人のは苦手でね」
うまいことを言ったつもりがあるのだろう、にかっと笑みをなすルエガー。遅れて、肩を揺らせて本当に笑い声を立てた。
メイズは相手の言い方を真似て応じた。
「私は動物全般があまり得意でないのに、こんなご厄介になることになって申し訳ない気分です」
「学者先生でしたっけか」
「あ、いえ、その助手みたいな立場です」
「道理でお若い。暇なときに、研究内容ってのを聞かせてくださいな」
では、と言って立ち去るルエガー。みしみしと床板が鳴っている気がした。
メイズも元々向かっていた方へと再び歩き出す。
(オットーとは英国ではあまり馴染みのない姓。確か、ドイツだったかオーストリアだったか)
自分以外にも異国の者がいることをどう解釈すべきなんだろう。よそから季節労働者を雇うことは大いにありそうだが、冬場というのが気になる。メイズと同業者である可能性は低いのかもしれないが、一応注意すべきか。
吹っ切って歩いて行くと、じきに広間らしき部屋に行き着いた。扉は開け放たれており、中にはアランの他数名がいる気配が感じられた。
「失礼をします。入ってもよろしいでしょうか」
「おお、メイズさん。もちろん、大歓迎ですよ」
古めかしくも厳めしい椅子に深々と腰を下ろしていたアランは、フットワーク軽く、すぐさま立ち上がってメイズを広間の中へと招じ入れた。
中にはアランの他に三人――男二人に女一人がいた。いずれも農業従事者っぽくは見えない。高価そうで真新しい服を身につけているところからして、少なくとも人に使われる側ではなく、使う側の人間のようだった。
「まずは自己紹介と行こう。先ほど聞いたアウルばあさんを助けた件はざっと話しておいたから、メイズさんの自己紹介を」
メイズは名前から始めて、アウルばあさんを助けた経緯にもちょっと触れ、最後にここへ来た目的がロンドンで知り合った人物の持っていた化石にあることをかいつまんで伝えた。
「化石ねえ。あんまり聞かないがな」
少々訝しげに顎を撫で、天井を見つめるようなポーズを取ったのは、アランから一番離れた対角線上に座る恰幅のよい男。顎髭が豊かで年齢はアランより明らかに上、もしかすると今この部屋にいる五人の中で最も年かさかもしれない。
「ああ、門外漢がこんなことを言うもんじゃありませんな。では我々の方からも自己紹介を。私はジミー・グラハム。肉の仲買をやっていて、いわばこの農場の得意客かな」
「上得意ですよ」
グラハムからの視線を受けて、アランがそう言い足した。
「実際、だからこそ新年のパーティにお招きしたのですから」
「そうだった。クリスマス休暇を丸々こちらで厄介になるとは思っていなかったが、なかなか快適で結構結構」
「そんなに前から」
メイズは驚いて見せながら、ジミー・グラハムの指を飾る指環に意識が向いていた。大きな赤い宝石が輝いている。
「いやもちろん二十四、二十五は七面鳥やらガチョウやらの売り時だからね。ここへ来たのは今朝のことでしてね」
「到着が今朝というのは、私も同じだ」
メイズから見て一番近い席に座る痩せぎすの男が言った。頬がこけているが、血色はいい。
「では二人目は自分が。マイク・ホルツと言います。乳製品一般を取り扱っているメーカーです。中堅ですが、今のシーズンは稼ぎ時ですよ」
「そうそう、メイズさん。あなたの部屋にお茶と菓子が行ったと思うんだが、あの菓子はホルツさんのところの商品なんだよ」
「ああ、あれをお作りに。美味しかったです。ごちそうさまでした」
「いやいや。ショーラック農場のよいミルクがあってこそですよ」
「あんまり美味しいのも考え物ね。つい食べ過ぎてしまうわ」
残る一人、女性が口を開いた。若干かすれ気味だったが、地声ではなく長く黙っていたせいらしい。じきに普通の声になった。
「お話の途中で失礼。よろしいかしら」
「ええ、どうぞ」
「私は装飾品のメーカーでデザイン等をやっております。社長がご多忙のためこちらに来られないということで、代理で参りました。アンナ・グレイフルです。よろしく」
ぱっと見二十代と思えるはつらつとした若々しさがある。だが、最初のしわがれ声の印象のせいか、実際には三十代であることを想像するのは難くなかった。薄いバイオレット色の大人しいワンピース姿でソファに収まり、白くて小さなバッグを膝上で抱いている。
「皆さん、お仕事上の大事な付き合いのある方々なんですね。それで分かりました」
メイズが言うのへ、アランが首を傾げた。
「分かったとは何がです?」
「アランさんの奥様のことです。もうじきお子さんが生まれてくる予定だというのに、ご家族でない人達を招いてパーティだなんてどうなっているんだろうと」
続く
がっしりとした、いかにも肉体労働向きの身体を持つ男だった。小さな眼で、不審げにこちらを見つめてくる。シャツの袖から覗く腕は、まるでパンでも詰め込んだかのように筋肉をまとっていた。うっすらと無精髭があるが、肌の色艶のよさもあって若く見えた。
「これは失礼を」
メイズが道を譲ろうとすると、相手の男は何かを思い出したみたいに「ああ」と呟き、仏頂面を緩めた。
「あなたが産婆のアウルを助けてくれた?」
「ええ、まあ。メイズと言います」
「ありがとうよ。自分はオットー・ルエガーっていう者だ。家畜の出産は平気なんだが、人のは苦手でね」
うまいことを言ったつもりがあるのだろう、にかっと笑みをなすルエガー。遅れて、肩を揺らせて本当に笑い声を立てた。
メイズは相手の言い方を真似て応じた。
「私は動物全般があまり得意でないのに、こんなご厄介になることになって申し訳ない気分です」
「学者先生でしたっけか」
「あ、いえ、その助手みたいな立場です」
「道理でお若い。暇なときに、研究内容ってのを聞かせてくださいな」
では、と言って立ち去るルエガー。みしみしと床板が鳴っている気がした。
メイズも元々向かっていた方へと再び歩き出す。
(オットーとは英国ではあまり馴染みのない姓。確か、ドイツだったかオーストリアだったか)
自分以外にも異国の者がいることをどう解釈すべきなんだろう。よそから季節労働者を雇うことは大いにありそうだが、冬場というのが気になる。メイズと同業者である可能性は低いのかもしれないが、一応注意すべきか。
吹っ切って歩いて行くと、じきに広間らしき部屋に行き着いた。扉は開け放たれており、中にはアランの他数名がいる気配が感じられた。
「失礼をします。入ってもよろしいでしょうか」
「おお、メイズさん。もちろん、大歓迎ですよ」
古めかしくも厳めしい椅子に深々と腰を下ろしていたアランは、フットワーク軽く、すぐさま立ち上がってメイズを広間の中へと招じ入れた。
中にはアランの他に三人――男二人に女一人がいた。いずれも農業従事者っぽくは見えない。高価そうで真新しい服を身につけているところからして、少なくとも人に使われる側ではなく、使う側の人間のようだった。
「まずは自己紹介と行こう。先ほど聞いたアウルばあさんを助けた件はざっと話しておいたから、メイズさんの自己紹介を」
メイズは名前から始めて、アウルばあさんを助けた経緯にもちょっと触れ、最後にここへ来た目的がロンドンで知り合った人物の持っていた化石にあることをかいつまんで伝えた。
「化石ねえ。あんまり聞かないがな」
少々訝しげに顎を撫で、天井を見つめるようなポーズを取ったのは、アランから一番離れた対角線上に座る恰幅のよい男。顎髭が豊かで年齢はアランより明らかに上、もしかすると今この部屋にいる五人の中で最も年かさかもしれない。
「ああ、門外漢がこんなことを言うもんじゃありませんな。では我々の方からも自己紹介を。私はジミー・グラハム。肉の仲買をやっていて、いわばこの農場の得意客かな」
「上得意ですよ」
グラハムからの視線を受けて、アランがそう言い足した。
「実際、だからこそ新年のパーティにお招きしたのですから」
「そうだった。クリスマス休暇を丸々こちらで厄介になるとは思っていなかったが、なかなか快適で結構結構」
「そんなに前から」
メイズは驚いて見せながら、ジミー・グラハムの指を飾る指環に意識が向いていた。大きな赤い宝石が輝いている。
「いやもちろん二十四、二十五は七面鳥やらガチョウやらの売り時だからね。ここへ来たのは今朝のことでしてね」
「到着が今朝というのは、私も同じだ」
メイズから見て一番近い席に座る痩せぎすの男が言った。頬がこけているが、血色はいい。
「では二人目は自分が。マイク・ホルツと言います。乳製品一般を取り扱っているメーカーです。中堅ですが、今のシーズンは稼ぎ時ですよ」
「そうそう、メイズさん。あなたの部屋にお茶と菓子が行ったと思うんだが、あの菓子はホルツさんのところの商品なんだよ」
「ああ、あれをお作りに。美味しかったです。ごちそうさまでした」
「いやいや。ショーラック農場のよいミルクがあってこそですよ」
「あんまり美味しいのも考え物ね。つい食べ過ぎてしまうわ」
残る一人、女性が口を開いた。若干かすれ気味だったが、地声ではなく長く黙っていたせいらしい。じきに普通の声になった。
「お話の途中で失礼。よろしいかしら」
「ええ、どうぞ」
「私は装飾品のメーカーでデザイン等をやっております。社長がご多忙のためこちらに来られないということで、代理で参りました。アンナ・グレイフルです。よろしく」
ぱっと見二十代と思えるはつらつとした若々しさがある。だが、最初のしわがれ声の印象のせいか、実際には三十代であることを想像するのは難くなかった。薄いバイオレット色の大人しいワンピース姿でソファに収まり、白くて小さなバッグを膝上で抱いている。
「皆さん、お仕事上の大事な付き合いのある方々なんですね。それで分かりました」
メイズが言うのへ、アランが首を傾げた。
「分かったとは何がです?」
「アランさんの奥様のことです。もうじきお子さんが生まれてくる予定だというのに、ご家族でない人達を招いてパーティだなんてどうなっているんだろうと」
続く
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