くぐり者

崎田毅駿

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七.また足止め

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 夕日色に染まる坂を正面やや右に捉えつつ、馬車を走らせ始めた。確かに地面は固くなっており、森の方から染み出してきていた水もぴたりと止まっていた。
「あの、レオンさん」
「ん? 何だね」
「今さらですが軍人さんだったんですね。道理でお強い訳だ」
「なんのなんの。客の旦那も凄かった。生っ白いでくの坊かと思いきや、お見それしました。お許しを」
「いえいえ。偏見かもしれませんけど軍人てもっと威張っているイメージがあったので、旦那なんて言われるとかえって居心地が悪いです」
「わしはよその国の血がちいとばかし混じってるから、軍隊の中で下に見られたんだな。でもって、あいつらの威張りっぷりにはほとほと愛想が尽きた。特に歳を食った軍人は始末に負えん。だからせめて自分はああはならんでおこうと思ってね」
「その腕っ節があれば、力尽くで黙らせることもできたのでは」
「無理だね。多勢に無勢、下手を打つと命を落としちまうよ。訓練中の事故に見せ掛けられたらはいそれきり、しまいだ」
 手綱を持つレオンは肩越しに一瞬だけ振り返った。
「わしが強いのは納得してもらったようだが、逆に聞きたい。あんたは何者なんだね? 学者の手伝いにしては戦い慣れしている。武術の心得でも?」
「少しかじった程度ですよ。教授は僻地への調査にも赴きますから、最低限の護衛をこなせるようにと」
 あらかじめ決めておいた設定を答える。レオンは納得したようにうなずいたが、直後に「でもあれはなんだったんだろう」と独り言みたいに疑問を口にした。
「あれ、とは」
「あの巨漢を昆虫採集の餌食になったみたいに地面に固定した道具。ああいうのは初めて見たと思ってな。発掘に用いる道具にしては、その目的に特化ししてないように感じた」
 なかなか鋭い観察眼を持っている。これは下手に隠し立てするよりかは、ある程度の情報を与えた方がよさそうだとメイズは判断した。
「後学のために教えてくれんかね。また見せてくれとは言わんから」
「自分も詳しくはありません。東洋生まれの道具で武器にもなるという謳い文句だったと記憶しています」
「ははあ、東洋か。想像が付かんねえ。わしらが知っているのとは系統の異なる術が存在している地域ってイメージだな。武術や医術――よっと」
 馬車が坂を登り切った。一旦スピードを落とし、馭者のレオンは「あれがショーラック農場でさあ」と指差した。
「おお。あれが」
 大きい。想像していたよりも遙かに広かった。
 メイズは大概の物事を故国・日本でのそれと比較するのが習いであるが、その尺度に従うならばショーラック農場は単独の農家が持つ田畑としては規格外で、むしろ野原とでも呼びたくなる。
 だが確かに板塀のような物で土地が囲われている。今は季節柄、緑豊かとは言い難いが、収穫の季節になれば豊穣な恵みの大地になるであろうことは想像に易かった。
「あれが母屋で、離れて建っているのは家畜用の小屋かな。小屋と言うには随分大きいけれども」
「どの辺に停めればいいので? ぱっと見たところ入り口と呼べそうな箇所がいくつもあって、迷ってしまう」
「それもそうですね……じゃあ、母屋の近くまで行ってください」
「ほい来た、承知した」
 手綱を繰るレオン。ここからは緩やかな下り坂なので、無理に速度を上げなくてもいい。むしろ、安全のためにスピードを抑制することが必要なようだ。
 しかしそれにしても……メイズは首を傾げた。
「ちょっと遅くないですか?」
 明らかに速度が落ちていた。馬が何かを怖がっているのかと思えるほどのスローペースになり、最早停止しそうだ。
「おっかしいな。足を傷めた気配はないし、道に危険な障害物も見当たらない。なのに何でこんなのんびりした散歩になっちまうんだ?」
「異性の馬が近くにいるとかじゃないですかね」
 メイズは閃いたことを口にした。
「なるほどと言って差し上げたいが、実際には馬の姿は他に見当たらない……」
 額に片手で庇を作って、遠くまで見通そうとするレオン馭者。先ほど目に留まった家畜小屋の中に馬がいる可能性はあるが、その気配を感じ取るには距離が開きすぎな気もする。そもそも魅力的な異性に興奮したのなら、ちょっとでも早く出会おうとして速度を上げそうなものだ。
「お?」
 やがてレオンが何か発見したのか、短い声を上げた。
 実を言うとメイズも恐らく同じ物を見付けていた。それもレオンよりもだいぶ早い段階で。
「少し先の左手の林に、誰かうずくまっていますね」
 見付けてすぐに言わなかったのは、うずくまっている人物が先ほどの強盗三人組のように、自分にとって敵である可能性を考えたため。距離が少々縮まったことで、はっきり見えるようになり、九分九厘間違いなく、敵ではないと確信を持てた段階で声にしたのだ。
「あれはかなり歳を食った女性だな。厚着している割に震えている……」
 ただ事ではないぞと察し、男二人のおしゃべりが止む。
(あれのおばあさんが実は敵の偽装だったら、もうどうにでもなれだな)

 続く
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