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五.取り引き
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メイズは馭者と横目でアイコンタクトした。そしてメイズが下を指差しながら口を開く。
「この丸っこいおにいさんは気絶しているふりかもしれない。衣服を破って起き上がってこられる可能性、ゼロではないので、馭者さん、頼みます。」
「承知した」
馭者は背高男の手首の縛り具合を今一度確かめ、さらに単独では起き上がれないようにと、男の右足と左足とを重ね、絡ませてから、リーダー格の背後に回った。手にはいつの間にか、別の鞭がある。
「警察の厄介になるのは何度目だ? この手際の悪さだと一度や二度じゃないだろう?」
「余計なお世話だ」
「素直じゃないな。とりあえず、顔を見せてもらう」
布を下にずらすと、言葉遣いから想像したよりは幼い顔立ちが現れた。二十代前半といったところか、目つきこそたくましさを感じさせる物の、肌は日焼けをまったくしていない青白さで、病弱なんじゃないかとすら思える。
リーダー格と馭者とがそんなやり取りを繰り広げる間に、メイズは手ぬぐいを持っていたことを思い出し、片手でそれを起用に捻って細い縄状にするとともに、もう片方の手で太った賊を釘付けにしていたくないを回収。それから賊の両腕を背中側に回し、左右の親指をきつく縛った。
これでよしと手をはたいたメイズ。
ふと気付くと、騒ぎを聞きつけたか、ようやく周辺の人々が集まり始めているのが分かった。
「ちょうどいい。警察を呼んでもらうとするか。それともこの辺では私刑の習わしが残っているのかな」
「脅かさないでおくれ。
私刑なんてことはあり得ない、などと否定しないのは賊達もこの地方の出身ないしは住民ではないようだ。メイズは気になったので思わず尋ねた。
「おまえ達三人は、どこから来たんだ? この辺一帯を縄張りにしてるんじゃない様子だが」
「詮索好きか、学者風情だけあって」
横たわらされたままの背高男が声を張り上げた。首の向きを換えてようやくはっきりと発音できたようだ。
「――ああ、好きだよ。どこぞの誰かがおっちょこちょいだったおかげで、もう一つ気になることができた」
メイズは背高男のそばまで行くと、見下ろした。
「どうして私を学者風情だと表現したんだ?」
「それは」
答えようとして、はっとなり、口をつぐむ背高男。今いる場所がこのような人目に付くところでなければ、痛みのつぼを続けざまに押してやって吐かせるぐらい訳ないのだが、メイズは自重した。代わりにリーダー格の女に声を掛ける。
「潔く話してくれないか」
「――ふん」
正面に来て、女がなかなか整った顔立ちをしていると気付いた。口の悪さはポーズなのか、地なのかまだ分からないが。
「早くしないと警察が来るぞ」
「……それがどうしたって言うんだい?」
「事と次第によっては、罪を軽減してみてくれるよう口添えしてもかまわない。だが、とにかくしゃべってくれないとお話にならない」
メイズが言い切った頃には、村の人達がいよいよ寄ってきて、遠巻きに輪を作っていた。
「さあ、どうするね」
「お、おまえさんが口添えを約束してくれたとしても、こっちの馭者がどうするか分からないじゃないか。最低でも馭者からも言質をもらわないとね」
「――どうです?」
メイズは馭者の表情を窺った。
「まあ、自分は服が泥跳ねで汚れた程度で、被害らしい被害には遭ってないからとやかく言いやしませんよ。旦那さんのお好きなように」
「どうも」
小さくお辞儀をしたメイズは、改めて女リーダーに問うた。
「さあ、どうするね」
促しに近い問い掛け。対するリーダーの反応は早かった。
「分かった。条件を飲む。何を話したらいいんだい?」
「私を学者風情呼ばわりできるのは、恐らく前もって知っていたからじゃないか? これは想像になるが、ある程度の確証はある。他の誰でもなく、私の乗る馬車を襲うのがこの襲撃の肝なんだろう?」
「……当たってるよ」
案外、簡単に認めた。次はどうだろうか。
集まってきた野次馬の対処や警察への通報は馭者に任せて、メイズは質問を重ねる。
「それはおまえ達が自分で決めたことなのか。それとも誰かに命じられた、あるいは持ち掛けられたのか」
「……私に言わせりゃ、唆されたんだよ」
リーダー格の賊は吐き捨てた。
「結果がうまく行かなかったからといって、他の人に罪を被せるのかな」
「そんなことはいしないよ。これでも盗人の誇りはある。人様の家に入る込むときは、できる限り物を壊さないようにしているんだ」
三人組は普段、空き巣狙いが本来の専門らしい。
「誰かから言われて、路上強盗をやったと?」
「ああ、そうだね。先月、港町で盗品をさばいたあと食堂で飲み食いしていたら、人品骨柄いやしからぬ紳士がそばに寄ってきて、教えてくれたのさ。年末にヨークシャーの農場を一人の学者が訪問するが、そいつは金目の物をいっぱい身につけて長距離を移動する世間知らずだ、ちょろいもんだと吹き込んできた」
世間知らずだのちょろいだの言われた当人として、メイズは一瞬だけ苦笑を浮かべた。すぐに引っ込めると、これは情報が漏れていたんだなと判定を下す。
「その紳士は、おまえさん達に口止めはしなかったのかな?」
「何にも言わなかった。情報料も要求してこなかった。ま、尤も、情報が真実だったかあどうかはなはだ怪しいと睨んでいるけれどね」
確かに。所持品の中には、欲しがる人によっては高値を呼ぶ物もいくつかあると思うが、いかせんその欲しがる人の数が少ない。
「情報屋の紳士について、知っていることを全部話してもらいたい。それが条件だ」
リーダー格の女は少しだけ考えるそぶりを見せたあと、首肯した。
続く
「この丸っこいおにいさんは気絶しているふりかもしれない。衣服を破って起き上がってこられる可能性、ゼロではないので、馭者さん、頼みます。」
「承知した」
馭者は背高男の手首の縛り具合を今一度確かめ、さらに単独では起き上がれないようにと、男の右足と左足とを重ね、絡ませてから、リーダー格の背後に回った。手にはいつの間にか、別の鞭がある。
「警察の厄介になるのは何度目だ? この手際の悪さだと一度や二度じゃないだろう?」
「余計なお世話だ」
「素直じゃないな。とりあえず、顔を見せてもらう」
布を下にずらすと、言葉遣いから想像したよりは幼い顔立ちが現れた。二十代前半といったところか、目つきこそたくましさを感じさせる物の、肌は日焼けをまったくしていない青白さで、病弱なんじゃないかとすら思える。
リーダー格と馭者とがそんなやり取りを繰り広げる間に、メイズは手ぬぐいを持っていたことを思い出し、片手でそれを起用に捻って細い縄状にするとともに、もう片方の手で太った賊を釘付けにしていたくないを回収。それから賊の両腕を背中側に回し、左右の親指をきつく縛った。
これでよしと手をはたいたメイズ。
ふと気付くと、騒ぎを聞きつけたか、ようやく周辺の人々が集まり始めているのが分かった。
「ちょうどいい。警察を呼んでもらうとするか。それともこの辺では私刑の習わしが残っているのかな」
「脅かさないでおくれ。
私刑なんてことはあり得ない、などと否定しないのは賊達もこの地方の出身ないしは住民ではないようだ。メイズは気になったので思わず尋ねた。
「おまえ達三人は、どこから来たんだ? この辺一帯を縄張りにしてるんじゃない様子だが」
「詮索好きか、学者風情だけあって」
横たわらされたままの背高男が声を張り上げた。首の向きを換えてようやくはっきりと発音できたようだ。
「――ああ、好きだよ。どこぞの誰かがおっちょこちょいだったおかげで、もう一つ気になることができた」
メイズは背高男のそばまで行くと、見下ろした。
「どうして私を学者風情だと表現したんだ?」
「それは」
答えようとして、はっとなり、口をつぐむ背高男。今いる場所がこのような人目に付くところでなければ、痛みのつぼを続けざまに押してやって吐かせるぐらい訳ないのだが、メイズは自重した。代わりにリーダー格の女に声を掛ける。
「潔く話してくれないか」
「――ふん」
正面に来て、女がなかなか整った顔立ちをしていると気付いた。口の悪さはポーズなのか、地なのかまだ分からないが。
「早くしないと警察が来るぞ」
「……それがどうしたって言うんだい?」
「事と次第によっては、罪を軽減してみてくれるよう口添えしてもかまわない。だが、とにかくしゃべってくれないとお話にならない」
メイズが言い切った頃には、村の人達がいよいよ寄ってきて、遠巻きに輪を作っていた。
「さあ、どうするね」
「お、おまえさんが口添えを約束してくれたとしても、こっちの馭者がどうするか分からないじゃないか。最低でも馭者からも言質をもらわないとね」
「――どうです?」
メイズは馭者の表情を窺った。
「まあ、自分は服が泥跳ねで汚れた程度で、被害らしい被害には遭ってないからとやかく言いやしませんよ。旦那さんのお好きなように」
「どうも」
小さくお辞儀をしたメイズは、改めて女リーダーに問うた。
「さあ、どうするね」
促しに近い問い掛け。対するリーダーの反応は早かった。
「分かった。条件を飲む。何を話したらいいんだい?」
「私を学者風情呼ばわりできるのは、恐らく前もって知っていたからじゃないか? これは想像になるが、ある程度の確証はある。他の誰でもなく、私の乗る馬車を襲うのがこの襲撃の肝なんだろう?」
「……当たってるよ」
案外、簡単に認めた。次はどうだろうか。
集まってきた野次馬の対処や警察への通報は馭者に任せて、メイズは質問を重ねる。
「それはおまえ達が自分で決めたことなのか。それとも誰かに命じられた、あるいは持ち掛けられたのか」
「……私に言わせりゃ、唆されたんだよ」
リーダー格の賊は吐き捨てた。
「結果がうまく行かなかったからといって、他の人に罪を被せるのかな」
「そんなことはいしないよ。これでも盗人の誇りはある。人様の家に入る込むときは、できる限り物を壊さないようにしているんだ」
三人組は普段、空き巣狙いが本来の専門らしい。
「誰かから言われて、路上強盗をやったと?」
「ああ、そうだね。先月、港町で盗品をさばいたあと食堂で飲み食いしていたら、人品骨柄いやしからぬ紳士がそばに寄ってきて、教えてくれたのさ。年末にヨークシャーの農場を一人の学者が訪問するが、そいつは金目の物をいっぱい身につけて長距離を移動する世間知らずだ、ちょろいもんだと吹き込んできた」
世間知らずだのちょろいだの言われた当人として、メイズは一瞬だけ苦笑を浮かべた。すぐに引っ込めると、これは情報が漏れていたんだなと判定を下す。
「その紳士は、おまえさん達に口止めはしなかったのかな?」
「何にも言わなかった。情報料も要求してこなかった。ま、尤も、情報が真実だったかあどうかはなはだ怪しいと睨んでいるけれどね」
確かに。所持品の中には、欲しがる人によっては高値を呼ぶ物もいくつかあると思うが、いかせんその欲しがる人の数が少ない。
「情報屋の紳士について、知っていることを全部話してもらいたい。それが条件だ」
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続く
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