くぐり者

崎田毅駿

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三.足元がお悪い中

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 巾着型の財布を開けて、硬貨数枚で運賃を払う。そのまま地面までのステップを出してくれるのを待った。
「これはもらい過ぎですよ。目的地まで辿り着けなかったというのに」
 日焼けした人差し指で硬貨をずらして数えた馭者が、一枚返そうとしてきた。メイズは顔の前で右手を振って辞退する。
「自然が相手ですから、仕方がない。目と鼻の先まで連れてきてくれただけで充分。チップだと思って納めてくれればいいんです」
 元々、交通費は現地での移動に使える枠とは別に、現地までの往復分はきっちり決められている。変に余らせて小遣い稼ぎする度胸?が自分にはないことくらい、メイズには分かっていた。これがキャリアを積んで――探偵としてもくぐり者としても――修羅場を切り抜けてきた自負があれば、多少は行き掛けの駄賃とばかり懐に入れるぐらい平気でできるようになるのかもしれない。
「それならばせめて、あの丘を越える辺りまでは荷物を運ぶのを手伝いましょう。そうでないと気が済まない」
 五十代半ばと思しき馭者は予想以上に頑固で、物事の白黒をきっちりさせたい性格らしい。荷下ろしを手伝うだけのはずが、そのまま先に持ち運びしそうな勢いだ。
「わ、分かりました。ではあの半ば辺りまでお願いするとしましょう。あまり馬たちから離れるのは支障があるでしょうから」
 足下を確かめながら慎重に降り立ったメイズ。
 馭者は馬車を道の脇に寄せると、太い木の幹に手綱を手際よく括り付けた。
「ささ、行くとしましょう」
 張り切っているようなので手持ち鞄二つの内、比較的大ぶりな方を持ってもらった。自身はリュックを背負い、残るもう一つの手持ち鞄を小脇に抱えた。
「見た目ほど重たくないね。中身は何か聞いてもいいですかい?」
「ちょっとした実験道具と薬品、あと作業着だったかな」
「へえ? 何の先生なんです?」
「古生物学と地質学が専門だね。平たく言えば大昔の生き物の化石を研究するんですよ」
 上り坂に差し掛かったところで、持ち手を右から左にした馭者。メイズもつられて同じようにする。
「化石? こんなところで出る? 聞いた覚えがないなあ。いやまあ、自分はここら辺の者じゃないから確かなことは言えんけれども」
「皆無ってことはないが、そう多くは産出していないのは事実です。私の師に当たる教授がこの地方は有望と見込んで、私を事前調査によこしたんです」
「ショーラック農場に狙いを絞り込んだ訳は、何かあるんで?」
 この馭者、意外と化石の話に食い付いてきたなと思ったメイズ。この調査のために短時間で詰め込んだ、付け焼き刃の知識だ。馭者がどのくらい専門知識を身につけているか知らないが、あまりしゃべってぼろを出したくない。とはいえ、このあと別れたら恐らくもう二度と会わないであろう相手に、そこまで気を遣うのもおかしな話だ。
「実は、こちらの出身者がロンドンに来ていたときに偶然、うちの先生とパブで隣になりましてね。その人がお守りとして持っていた石が、立派な爪形で翼竜の物らしかった。詳しく聞くと、ショーラック農場近くで見付けたという話でしたので」
「翼竜っていうと空を飛ぶ恐竜の仲間でしたっけ」
「そうです」
「ははあ。そういうのがごろごろ転がっているのなら、わしもついでに拾っていきたいもんだ」
 最後までついてくるつもりか? これには焦りを覚えたメイズだが、表面上は平静を装う。
「土地の所有者の許可がいると思いますので……学術的な研究者じゃないと難しいかと」
「何だ。なるほど、そりゃそうですな。――おっと」
 勾配がきつめになり、ぬかるんだ地面を歩こうとしても泥でかなり戻される。第一印象が大事だろうと身なりを整えてきたメイズにとって、一級品の靴が汚れるのは気分が萎えた。
「ああ、すまんこってす。お荷物の角に泥が跳ねちまった」
「かまいません。いつでもお好きなときに引き返してください」
「いや、行ったからには最低でも半分までは行く。それにしても結構日差しが強いのに、ここまで乾いていないとは」
「この辺りの天気はやはり雨が多いんですか」
「どうだろう。さっきも言ったように地元じゃないんで」
 わずかに息を切らせ、馭者が言ったそのとき。
 左手にある木々の間から、三つの人影が出て来て、道を塞いだ。中肉中背が一人と背の高いのが一人、丸く太った奴が一人と体格には個性があるが、いずれも顔には布で覆面をしており、目だけが覗いている。
「金目の物を置いていけ。それに馬車もだ」

 続く
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