3 / 26
三.足元がお悪い中
しおりを挟む
巾着型の財布を開けて、硬貨数枚で運賃を払う。そのまま地面までのステップを出してくれるのを待った。
「これはもらい過ぎですよ。目的地まで辿り着けなかったというのに」
日焼けした人差し指で硬貨をずらして数えた馭者が、一枚返そうとしてきた。メイズは顔の前で右手を振って辞退する。
「自然が相手ですから、仕方がない。目と鼻の先まで連れてきてくれただけで充分。チップだと思って納めてくれればいいんです」
元々、交通費は現地での移動に使える枠とは別に、現地までの往復分はきっちり決められている。変に余らせて小遣い稼ぎする度胸?が自分にはないことくらい、メイズには分かっていた。これがキャリアを積んで――探偵としてもくぐり者としても――修羅場を切り抜けてきた自負があれば、多少は行き掛けの駄賃とばかり懐に入れるぐらい平気でできるようになるのかもしれない。
「それならばせめて、あの丘を越える辺りまでは荷物を運ぶのを手伝いましょう。そうでないと気が済まない」
五十代半ばと思しき馭者は予想以上に頑固で、物事の白黒をきっちりさせたい性格らしい。荷下ろしを手伝うだけのはずが、そのまま先に持ち運びしそうな勢いだ。
「わ、分かりました。ではあの半ば辺りまでお願いするとしましょう。あまり馬たちから離れるのは支障があるでしょうから」
足下を確かめながら慎重に降り立ったメイズ。
馭者は馬車を道の脇に寄せると、太い木の幹に手綱を手際よく括り付けた。
「ささ、行くとしましょう」
張り切っているようなので手持ち鞄二つの内、比較的大ぶりな方を持ってもらった。自身はリュックを背負い、残るもう一つの手持ち鞄を小脇に抱えた。
「見た目ほど重たくないね。中身は何か聞いてもいいですかい?」
「ちょっとした実験道具と薬品、あと作業着だったかな」
「へえ? 何の先生なんです?」
「古生物学と地質学が専門だね。平たく言えば大昔の生き物の化石を研究するんですよ」
上り坂に差し掛かったところで、持ち手を右から左にした馭者。メイズもつられて同じようにする。
「化石? こんなところで出る? 聞いた覚えがないなあ。いやまあ、自分はここら辺の者じゃないから確かなことは言えんけれども」
「皆無ってことはないが、そう多くは産出していないのは事実です。私の師に当たる教授がこの地方は有望と見込んで、私を事前調査によこしたんです」
「ショーラック農場に狙いを絞り込んだ訳は、何かあるんで?」
この馭者、意外と化石の話に食い付いてきたなと思ったメイズ。この調査のために短時間で詰め込んだ、付け焼き刃の知識だ。馭者がどのくらい専門知識を身につけているか知らないが、あまりしゃべってぼろを出したくない。とはいえ、このあと別れたら恐らくもう二度と会わないであろう相手に、そこまで気を遣うのもおかしな話だ。
「実は、こちらの出身者がロンドンに来ていたときに偶然、うちの先生とパブで隣になりましてね。その人がお守りとして持っていた石が、立派な爪形で翼竜の物らしかった。詳しく聞くと、ショーラック農場近くで見付けたという話でしたので」
「翼竜っていうと空を飛ぶ恐竜の仲間でしたっけ」
「そうです」
「ははあ。そういうのがごろごろ転がっているのなら、わしもついでに拾っていきたいもんだ」
最後までついてくるつもりか? これには焦りを覚えたメイズだが、表面上は平静を装う。
「土地の所有者の許可がいると思いますので……学術的な研究者じゃないと難しいかと」
「何だ。なるほど、そりゃそうですな。――おっと」
勾配がきつめになり、ぬかるんだ地面を歩こうとしても泥でかなり戻される。第一印象が大事だろうと身なりを整えてきたメイズにとって、一級品の靴が汚れるのは気分が萎えた。
「ああ、すまんこってす。お荷物の角に泥が跳ねちまった」
「かまいません。いつでもお好きなときに引き返してください」
「いや、行ったからには最低でも半分までは行く。それにしても結構日差しが強いのに、ここまで乾いていないとは」
「この辺りの天気はやはり雨が多いんですか」
「どうだろう。さっきも言ったように地元じゃないんで」
わずかに息を切らせ、馭者が言ったそのとき。
左手にある木々の間から、三つの人影が出て来て、道を塞いだ。中肉中背が一人と背の高いのが一人、丸く太った奴が一人と体格には個性があるが、いずれも顔には布で覆面をしており、目だけが覗いている。
「金目の物を置いていけ。それに馬車もだ」
続く
「これはもらい過ぎですよ。目的地まで辿り着けなかったというのに」
日焼けした人差し指で硬貨をずらして数えた馭者が、一枚返そうとしてきた。メイズは顔の前で右手を振って辞退する。
「自然が相手ですから、仕方がない。目と鼻の先まで連れてきてくれただけで充分。チップだと思って納めてくれればいいんです」
元々、交通費は現地での移動に使える枠とは別に、現地までの往復分はきっちり決められている。変に余らせて小遣い稼ぎする度胸?が自分にはないことくらい、メイズには分かっていた。これがキャリアを積んで――探偵としてもくぐり者としても――修羅場を切り抜けてきた自負があれば、多少は行き掛けの駄賃とばかり懐に入れるぐらい平気でできるようになるのかもしれない。
「それならばせめて、あの丘を越える辺りまでは荷物を運ぶのを手伝いましょう。そうでないと気が済まない」
五十代半ばと思しき馭者は予想以上に頑固で、物事の白黒をきっちりさせたい性格らしい。荷下ろしを手伝うだけのはずが、そのまま先に持ち運びしそうな勢いだ。
「わ、分かりました。ではあの半ば辺りまでお願いするとしましょう。あまり馬たちから離れるのは支障があるでしょうから」
足下を確かめながら慎重に降り立ったメイズ。
馭者は馬車を道の脇に寄せると、太い木の幹に手綱を手際よく括り付けた。
「ささ、行くとしましょう」
張り切っているようなので手持ち鞄二つの内、比較的大ぶりな方を持ってもらった。自身はリュックを背負い、残るもう一つの手持ち鞄を小脇に抱えた。
「見た目ほど重たくないね。中身は何か聞いてもいいですかい?」
「ちょっとした実験道具と薬品、あと作業着だったかな」
「へえ? 何の先生なんです?」
「古生物学と地質学が専門だね。平たく言えば大昔の生き物の化石を研究するんですよ」
上り坂に差し掛かったところで、持ち手を右から左にした馭者。メイズもつられて同じようにする。
「化石? こんなところで出る? 聞いた覚えがないなあ。いやまあ、自分はここら辺の者じゃないから確かなことは言えんけれども」
「皆無ってことはないが、そう多くは産出していないのは事実です。私の師に当たる教授がこの地方は有望と見込んで、私を事前調査によこしたんです」
「ショーラック農場に狙いを絞り込んだ訳は、何かあるんで?」
この馭者、意外と化石の話に食い付いてきたなと思ったメイズ。この調査のために短時間で詰め込んだ、付け焼き刃の知識だ。馭者がどのくらい専門知識を身につけているか知らないが、あまりしゃべってぼろを出したくない。とはいえ、このあと別れたら恐らくもう二度と会わないであろう相手に、そこまで気を遣うのもおかしな話だ。
「実は、こちらの出身者がロンドンに来ていたときに偶然、うちの先生とパブで隣になりましてね。その人がお守りとして持っていた石が、立派な爪形で翼竜の物らしかった。詳しく聞くと、ショーラック農場近くで見付けたという話でしたので」
「翼竜っていうと空を飛ぶ恐竜の仲間でしたっけ」
「そうです」
「ははあ。そういうのがごろごろ転がっているのなら、わしもついでに拾っていきたいもんだ」
最後までついてくるつもりか? これには焦りを覚えたメイズだが、表面上は平静を装う。
「土地の所有者の許可がいると思いますので……学術的な研究者じゃないと難しいかと」
「何だ。なるほど、そりゃそうですな。――おっと」
勾配がきつめになり、ぬかるんだ地面を歩こうとしても泥でかなり戻される。第一印象が大事だろうと身なりを整えてきたメイズにとって、一級品の靴が汚れるのは気分が萎えた。
「ああ、すまんこってす。お荷物の角に泥が跳ねちまった」
「かまいません。いつでもお好きなときに引き返してください」
「いや、行ったからには最低でも半分までは行く。それにしても結構日差しが強いのに、ここまで乾いていないとは」
「この辺りの天気はやはり雨が多いんですか」
「どうだろう。さっきも言ったように地元じゃないんで」
わずかに息を切らせ、馭者が言ったそのとき。
左手にある木々の間から、三つの人影が出て来て、道を塞いだ。中肉中背が一人と背の高いのが一人、丸く太った奴が一人と体格には個性があるが、いずれも顔には布で覆面をしており、目だけが覗いている。
「金目の物を置いていけ。それに馬車もだ」
続く
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
江戸の検屍ばか
崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
忍び零右衛門の誉れ
崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。
局中法度
夢酔藤山
歴史・時代
局中法度は絶対の掟。
士道に叛く行ないの者が負う責め。
鉄の掟も、バレなきゃいいだろうという甘い考えを持つ者には意味を為さない。
新選組は甘えを決して見逃さぬというのに……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
劇場型彼女
崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。
杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。
つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる