十二階段

崎田毅駿

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手に残る感触

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 そしてもう一つ。
 さっきから気になっていた違和感の正体。
 僕は封印していた記憶の蓋を開き、あの犯行の様を脳裏に甦らせた。思い出しながら拳を握りしめ、奥歯を食いしばり、感情が表面に出て来るのを押さえ込む。
 テーブルの下で、刺す動作を手だけでしてみた。
 間違いない。僕が刺したのは一度きりだ。
「柏原さん。僕はショックを受けたから、あの事件のニュースや新聞記事をまともには見てないんだ。義理の父親はどんな形で亡くなったのかな」
「――刺されて。うっすら積もった雪に、赤い血が飛んでいた。足跡らしき痕跡はあったkれども、ぐちゃぐちゃに踏み荒らされていた上に、道路に出てからは自動車や歩行者、自転車の痕跡と混じり合って全く区別できなかったって」
「……刺された回数は覚えてる?」
「四回だと聞いたわ」
 彼女の答に、僕は身震いが起きそうになった。必死に堪える。
 僕は柏原さんの義父を殺していないかもしれない。

 犯行当日は凄く寒かった。指紋を付けないために手袋をしても不自然じゃない日を選んだから、間違いのない記憶だ。しかし雪は降り出していなかった。
 加えて、僕は凶器の刃物を刺しっぱなしにした。だから雪に血痕が残るなんて、考えられない。あるとしたら、被害者自身もしくは第三者が凶器を抜いたパターンだけれども、いずれにせよ刺した回数から言って、僕のあとに被害者に接近し、同じ凶器を使って刺した人物がいることになる。
 そいつは僕の行動を覗き見していたのかもしれない。見ていたのなら、この三通目の手紙に僕の名を使った点にも筋が通る。となると、目的は僕に殺人の罪を着せるため?
 いや、そちらの方は筋が通らない。この差出人の奴が行動を起こす前までは、僕は自分が殺人を犯したと信じていた。裏を返せば、差出人が柏原さんに妙な郵便を送り付けたからこそ、僕は真相に気付けたという側面がある。全くの逆効果だ。
 差出人が本当に、柏原さんに認められたいと願っての行動なら、僕の名前を出すのはおかしい。いずれ嘘がばれる。
 認められたいだの愛だのは表向きで、脅迫が目的だと捉えた方がまだ理解できるか。金品等の要求が最終目的であるなら、僕の名前を一時的にせよ使うのは分からなくもない。警察に駆け込まれても、差出人はとりあえず安全圏にいるって訳だ。
 さらに、脅迫だとすると、脅す対象は柏原さんに限らず、僕への脅しにもなる。うん、脅迫の線が最有力に思えた。
 ただ、これまでのところ何の要求もしていないのが不思議だし、不気味でもある。四通目以降で、要求を明示するつもりなのか。しかし、それにしたって何故、こんな回りくどい、手間を掛けたやり方をするんだろう? 金目的なのに急いでいないのか。
 まだすっきりしない事柄は多々あるものの、以前の五里霧中状態に比べれば、見通しがよくなったとは言える。無論、脅迫説が正解とは断定できないけれども、確度は高いはず。
「前にも言ったけど、僕を含めた十八人の男子の名前を知ってることから、四年生のときのクラスメートの中にこれを送ってきた奴がいる可能性は高いと思う。そいつは僕と出川と柏原さんが大学で再会したことも把握してるだろう。というよりも、把握したからこそ、行動に出たのかもしれない」
「出川君は関係あるの?」
「出川は六日ほど前に、バイクで事故ってる」
「ええ?」
 唐突な打ち明け話だったせいか、柏原さんの声は大きく、反応もオーバーになったようだ。
「見ないなと思ってたけど、事故だなんて。怪我で済んだの? 重傷?」
「捻挫と擦り傷多数といったところ。明日にも学校に来ると言っていたから平気だろう。問題なのは事故の原因。道端にブロックが置いてあって、それに乗り上げるか何かして転倒したようなんだ」
「それて事故じゃなく、事件?」
「ああ。差出人の仕業かもしれないだろ」
「目的というか動機は何かしら?」
「分からないけど、柏原さんと僕の二人だけで相談するように持って行くためかも。差出人の奴は、僕が柏原さんの頼みを聞いて君の義父を殺害したと思い込んでいて、僕らを脅すのが目的。こう考えたら、何となく理屈は合ってくるんじゃないか」
「……証拠がないから、私達を動揺させて、新しく行動を起こさせて、証拠にしようって考えてるのかも」
「え? じゃあ、差出人は警察かもしれないって?」
「日本の警察はそんなおとり捜査みたいなことはしないかもね。あるとしたら調査員、探偵みたいな」
「うーん。だけど、それなら小学生時代の何やかやを知っているのがおかしいような……まさか同級生の誰かが正義感から探偵に依頼して? ないと思うなあ。消印の偽装工作をする必要がないよ」
 厳密には、アリバイ作りが行われた確証はないが、北海道、香川と大きく異なる土地から続けざまに出された郵便という事実をもって、アリバイ工作が行われたと見なすべきだろう。
「あ、そっか。ということは……差出人がアリバイを偽装するために消印の細工をしたんだとしたら、私達の近くにいることにならない? でなきゃアリバイ作りの意味がない。私は最初、大崎君を疑った。けど違う。信じるわ」
「出川は事故に遭ったから違う。他に誰がいる?」
「同じ大学とかバイト先とか、顔を合わせているのに気付いていないなんてこと、あると思う?」
「ないと思いたいね。少なくとも柏原さんは、人の顔を覚えるのが得意なんじゃないの?」
「どうして」
「だって、出川なんてしばらく見ない内にだいぶ変わったのに、すぐに気が付いたじゃない。だから、ミスをしているとしたら、僕の方だ」
 この三、四月辺りから新しく知り合った顔ぶれを思い浮かべようと、斜め上を見つめる格好になった。そこへ柏原さんがストップを掛けてきた。
「待って。それだけじゃない。出川君の知り合いかもしれないわ」
「――そうだな。僕とは顔を合わせていない、出川とだけ知り合いになったのが、大学だけでもそこそこいるはず。えっと、何て名だっけ。あ、根岸に柚木だ。女子にそんな名前の子、いたっけ?」
「女子なの?」
「うん。出川、見た目がよくなったおかげで声は掛けられるんだけど、扱いに困ってるみたいだった」
 他人事ながら思わず苦笑いを浮かべた。
「男子には根岸君ていたけれども、女子にはいなかったと思う。もちろん、五年生以上のことは知らないわよ」
「男で根岸……いた。小柄ですばしこかった。中学三年ぐらいで身長追い付かれて、密かに焦った。高校は別々になったから、その後は知らないな」
「まさかとは思うけど、根岸君が性転換して、とか」
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