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郵頼
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「僕じゃない」
答えて、コーヒーをすする。すでに冷め始めているのを実感した。
「信じたいわ。ただ、疑問も残るのよ。私があのとき……相談を持ち掛けたのは、あなた一人だけだった」
「え。そんなことを言われても」
訳が分からない。僕は封筒の方を注目し、消印を見た。
地元の郵便局になっていた。
「名前を明かすから、郵便局も地元のを使ったと?」
「そういう考え方もできるってことよ」
「でも、これまでの二通は? 僕には出せない」
「私、桧森君に聞いてみたわ。彼、推理小説に詳しいみたいだったから、現地に行って郵便を出さなくても、その土地の郵便局の消印を押せるトリックが何かあるんじゃないかって。そうしたら桧森君、最初は言い渋ってたけど、何かあるのは見て取れた。だから追及したら、やっと認めてくれた。推理研を起ち上げてこの封筒事件を本格的に調べるようになったときに、トリックが分かったぞって言おうと考えてたみたい」
案外、せこいことをして点数稼ぎを狙っていたんだなと感じた。
だが、今の僕にとっては桧森の思惑なんてどうでもいい。
「既存のミステリー作品に、消印をごまかせるトリックがあるってことかい?」
「ええ。いくつかあるみたいだけど、彼が本命に推したのは、郵便局宛てに郵便を送る方法」
「……言われても、イメージが全く湧かないな」
「たとえば、私がこの街にいながらにして、遠隔地にあるA郵便局の消印が押された大崎君宛ての郵便物が欲しいとするわよ。私はA局宛てに、封筒を送る。中身は大崎君宛の封筒と、『同封した郵便物に押印して出していただけませんか』という具合の依頼する文章。A郵便局の係の人が出してくれたら、当然消印はAになる」
「そんな方法が……でも、確実ではないような」
「私も初めて知ったのだけれど、正式な方法として郵便局で定めてあるそうよ。何ていうのかはちょっと忘れてしまったけれども」
「よし分かった。とにかくその方法を用いれば、よその地方の郵便局の消印を押してもらった郵便物を、届けることができるって訳だ。そこは認めた上で聞くけど、君は僕がこんな真似をすると思うのか?」
「さっき言った通りよ。しないと思う。自分の名前を書く意味がないし、それ以前に手紙なんて寄越さずに、直接会って言えばいいんだわ。今こうしてるように。でも、書かれていることの一部は、大崎君にしか知られていない事実……」
柏原さんは両手で顔を覆い、それから口元のみを隠す形に移った。今さら気付いたが、今日は化粧をほとんどしていないようだ。
「思い詰めるのはよくない。疑心暗鬼は何もいいことないよ」
僕は語り掛けながら、何か説得力のある言葉はないかと探したが、見付けられなかった。
「僕を信じて欲しいとしか言えない」
口ではそう言って、僕は少し嘘の混じった言葉を続ける。
「仮に差出人が君の義理のお父さんを一刺しした犯人だとして、君と僕とのあのときの会話を知る方法があるかを考えよう」
「……」
柏原さんは一瞬、訝しむように小首を傾げたが、すぐに強く首肯した。
「こんなこと言うと、子供の頃の嫌なことまで思い出させてしまうだろうけど、家の人が君のランドセルか何かに、録音機や盗聴器を仕掛けた可能性はない?」
「ないと思うけど。第一、母や義父がどうしてそんなことをするの」
「お母さんは君を守るため、義理の父親は君を監視するため、とか」
僕の仮定に対し、柏原さんは少しの間考えてから、首を左右に振った。
「やっぱりないわね。母なら、あのときの私達のやり取りを知ったら、やめさせようとして絶対に言ってくる。義父は逆に、あのときの会話を聞いたのならむざむざと殺されたりしないでしょ。隙を突かれて食らったとしても最初の一撃だけで、あとは逃げるはず」
柏原さんの話を聞いていた僕は、頭の片隅で違和感を覚えた。その正体が何か、まだ掴めない。とにかく会話を続ける。
「そうか。だったら家族以外の誰か。先生はないよな。友達で、録音機なんかを仕掛けそうな奴、いたかな」
「想像も付かない。小学生にとって録音機や盗聴器なんて、簡単に手が出せる物じゃなかったでしょう?」
「難しく考える必要はないんだ。家族の持ち物を借りたとか、携帯電話を通話状態にして入れておくだけでもいい。あの頃でも、キッズ携帯みたいなのを持っていたのはいるんじゃないかな」
「そっか。でもそれを言い出したら、際限がないわね」
諦めたように苦笑を浮かべる柏原さん。
僕は頭の中で、僕だけが知る事実を加味して筋道を立てようとした。
まず、差出人は、僕が柏原さんの義父を刺したことを知っている。でなければ、この手紙に、僕の名前を書きはしまい。
次に、差出人は小学四年生時代の僕と柏原さんが殺人の話をしたことを知っている……と言いたいところだけど、どうもありそうにない。手紙の文章に再度目を通すと、「あなたの義理の父上を殺害したのは私であり、あなたから頼まれて実行したのだと。/こんな恐ろしいシナリオを、私にさせないでください」とある。シナリオという表現が気になった。仮に、シナリオ=台本、つまりは作り話という意味だとすれば。
差出人は、僕が柏原さんの義父を殺したことは知っている。その行為は柏原さんの頼みを引き受けたから、と想像するのは容易いのではないか。小学生の僕が一人で思い付いて勝手に実行したと見なすより、よほどありそうなシチュエーションだ。
差出人が想像した台本が現実と重なっていたがために、僕らは惑わされたのだ、恐らく。
答えて、コーヒーをすする。すでに冷め始めているのを実感した。
「信じたいわ。ただ、疑問も残るのよ。私があのとき……相談を持ち掛けたのは、あなた一人だけだった」
「え。そんなことを言われても」
訳が分からない。僕は封筒の方を注目し、消印を見た。
地元の郵便局になっていた。
「名前を明かすから、郵便局も地元のを使ったと?」
「そういう考え方もできるってことよ」
「でも、これまでの二通は? 僕には出せない」
「私、桧森君に聞いてみたわ。彼、推理小説に詳しいみたいだったから、現地に行って郵便を出さなくても、その土地の郵便局の消印を押せるトリックが何かあるんじゃないかって。そうしたら桧森君、最初は言い渋ってたけど、何かあるのは見て取れた。だから追及したら、やっと認めてくれた。推理研を起ち上げてこの封筒事件を本格的に調べるようになったときに、トリックが分かったぞって言おうと考えてたみたい」
案外、せこいことをして点数稼ぎを狙っていたんだなと感じた。
だが、今の僕にとっては桧森の思惑なんてどうでもいい。
「既存のミステリー作品に、消印をごまかせるトリックがあるってことかい?」
「ええ。いくつかあるみたいだけど、彼が本命に推したのは、郵便局宛てに郵便を送る方法」
「……言われても、イメージが全く湧かないな」
「たとえば、私がこの街にいながらにして、遠隔地にあるA郵便局の消印が押された大崎君宛ての郵便物が欲しいとするわよ。私はA局宛てに、封筒を送る。中身は大崎君宛の封筒と、『同封した郵便物に押印して出していただけませんか』という具合の依頼する文章。A郵便局の係の人が出してくれたら、当然消印はAになる」
「そんな方法が……でも、確実ではないような」
「私も初めて知ったのだけれど、正式な方法として郵便局で定めてあるそうよ。何ていうのかはちょっと忘れてしまったけれども」
「よし分かった。とにかくその方法を用いれば、よその地方の郵便局の消印を押してもらった郵便物を、届けることができるって訳だ。そこは認めた上で聞くけど、君は僕がこんな真似をすると思うのか?」
「さっき言った通りよ。しないと思う。自分の名前を書く意味がないし、それ以前に手紙なんて寄越さずに、直接会って言えばいいんだわ。今こうしてるように。でも、書かれていることの一部は、大崎君にしか知られていない事実……」
柏原さんは両手で顔を覆い、それから口元のみを隠す形に移った。今さら気付いたが、今日は化粧をほとんどしていないようだ。
「思い詰めるのはよくない。疑心暗鬼は何もいいことないよ」
僕は語り掛けながら、何か説得力のある言葉はないかと探したが、見付けられなかった。
「僕を信じて欲しいとしか言えない」
口ではそう言って、僕は少し嘘の混じった言葉を続ける。
「仮に差出人が君の義理のお父さんを一刺しした犯人だとして、君と僕とのあのときの会話を知る方法があるかを考えよう」
「……」
柏原さんは一瞬、訝しむように小首を傾げたが、すぐに強く首肯した。
「こんなこと言うと、子供の頃の嫌なことまで思い出させてしまうだろうけど、家の人が君のランドセルか何かに、録音機や盗聴器を仕掛けた可能性はない?」
「ないと思うけど。第一、母や義父がどうしてそんなことをするの」
「お母さんは君を守るため、義理の父親は君を監視するため、とか」
僕の仮定に対し、柏原さんは少しの間考えてから、首を左右に振った。
「やっぱりないわね。母なら、あのときの私達のやり取りを知ったら、やめさせようとして絶対に言ってくる。義父は逆に、あのときの会話を聞いたのならむざむざと殺されたりしないでしょ。隙を突かれて食らったとしても最初の一撃だけで、あとは逃げるはず」
柏原さんの話を聞いていた僕は、頭の片隅で違和感を覚えた。その正体が何か、まだ掴めない。とにかく会話を続ける。
「そうか。だったら家族以外の誰か。先生はないよな。友達で、録音機なんかを仕掛けそうな奴、いたかな」
「想像も付かない。小学生にとって録音機や盗聴器なんて、簡単に手が出せる物じゃなかったでしょう?」
「難しく考える必要はないんだ。家族の持ち物を借りたとか、携帯電話を通話状態にして入れておくだけでもいい。あの頃でも、キッズ携帯みたいなのを持っていたのはいるんじゃないかな」
「そっか。でもそれを言い出したら、際限がないわね」
諦めたように苦笑を浮かべる柏原さん。
僕は頭の中で、僕だけが知る事実を加味して筋道を立てようとした。
まず、差出人は、僕が柏原さんの義父を刺したことを知っている。でなければ、この手紙に、僕の名前を書きはしまい。
次に、差出人は小学四年生時代の僕と柏原さんが殺人の話をしたことを知っている……と言いたいところだけど、どうもありそうにない。手紙の文章に再度目を通すと、「あなたの義理の父上を殺害したのは私であり、あなたから頼まれて実行したのだと。/こんな恐ろしいシナリオを、私にさせないでください」とある。シナリオという表現が気になった。仮に、シナリオ=台本、つまりは作り話という意味だとすれば。
差出人は、僕が柏原さんの義父を殺したことは知っている。その行為は柏原さんの頼みを引き受けたから、と想像するのは容易いのではないか。小学生の僕が一人で思い付いて勝手に実行したと見なすより、よほどありそうなシチュエーションだ。
差出人が想像した台本が現実と重なっていたがために、僕らは惑わされたのだ、恐らく。
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