15 / 21
三通目
しおりを挟む
出川への見舞いは、事故の翌日にちょっと顔を出せただけで、あとはなかなか行けなかった。家庭教師のバイトがある等したためだが、四日目にしてようやく足を運べた。
捻挫は幸い軽度なものだったとかで、その頃にはもう部屋の中では歩けるようになっていた。
「学校、明日にはもう行こうかと思ってる」
ソファ型ベッドに足を投げ出すようにして横たわり、出川が言った。手には文庫本。推理研再起ち上げの話に影響を受けたのか、彼が今まで読まなかったようなミステリだ。本棚にも、前来たときにはなかった赤川次郎の三毛猫ホームズシリーズや、鮎川哲也のアリバイ崩し物、そして西村京太郎の名探偵シリーズ等が数冊ずつ並んでいる。うーん、古典から勉強しようというはらか。
「一人でか? バスになるんだろ? 平気なのか」
見舞い品の洋菓子を開封し、個包装を適当に取り出し、渡してやる。もののついでに、インスタントコーヒーを入れてやろう。
「多分ね。自宅だったら親から、怪我の翌々日には松葉杖ついてでも行けって言われてるところだ。これ以上休んじゃいられん」
「おまえがその気ならそれでいいや。あ、怪我のこと、僕からは誰にも言ってないんだが」
「誰にもとは?」
文庫本を伏せて置き、身体を起こす出川。僕はやかんが音を立てたので火を止めて、カップに注いだ。
「友達――桧森とか柏原さんとかさ」
「別にいいよ。桧森はさておき、柏原さんに言ったら、あの封筒のことと結び付けかねない」
できあがったコーヒーを渡してやりながら、僕は私見を述べることにする。
「いや、僕も結び付けて考えてしまうんだが。出川はどう思うのか、聞かせてくれ」
「え、何で。関係あるとは全く思えないんだけど。僕って柏原さんに対して敵意とか悪意とか持っているように見える?」
「見えない。でもそれは、僕が出川蒼馬という人間を知っているからかもしれない。差出人には、柏原さんに言い寄ってくる野郎の一人、ぐらいに見なしている可能性は否定できないだろ。無論、僕だって同じだ。狙われるんじゃないかと、内心びくついているよ」
「……」
不意に黙りこくった出川。僕は相手の顔の前で手を軽く振った。
「どうした?」
「あ、いや。僕も大崎を見て、悪い虫には見えないなと感じたまで。それでも襲われる心配をするってことは、客観的に考えて、僕もまだ用心すべきなのかなと。ああっ、うまく言えないや」
「一度襲った相手を再び襲うのはないと信じたい。あるとしたら、それはもう警告じゃなくて、殺してでも排除するっていう意思表示だからな」
「殺してでも排除か……柏原さんの義理の父親をめった刺しにして殺したときも、そういう気持ちだったのかねえ?」
不意打ちのような話の展開に、僕は何ら返事ができず、それどころか相槌すら打てなかった。
「うん? 大崎?」
「ああ。ゴミ、捨てといてやるよ」
破いた個包装をまとめて掴んで、ゴミ箱に入れた。
と、そのとき僕の携帯端末の通話呼び出しが鳴った。
「――柏原さんからだ」
「へえ。僕も早く修理から返って来ないかな」
事故で壊れた出川の端末は、意外にも修理できる可能性ありと判定され、直してみることにしたらしい。
あ、しまった。今は柏原さんとの電話を優先しなくては。「はいもしもし」と電話に出ると、返って来た彼女の声は切羽詰まった感がにじみ出ていた。
「今日はもう学校にいないのよね。これから会えない? あの封筒がまた来たのだけれど、内容がエスカレートしてるっていうか」
「またか。どこに行けばいい?」
「大崎君に合わせる。できれば二人で」
「――いいよ」
出川の怪我のこと、話してないよなと、頭の中で再確認した。
何で二人なんだ? 出川と同じ講義を取っている奴なら知り得るから、そこから流れ出た話が伝わったのかな等と想像しつつ、一方では彼女と二人きりで会うのは嬉しくもあった。
捻挫は幸い軽度なものだったとかで、その頃にはもう部屋の中では歩けるようになっていた。
「学校、明日にはもう行こうかと思ってる」
ソファ型ベッドに足を投げ出すようにして横たわり、出川が言った。手には文庫本。推理研再起ち上げの話に影響を受けたのか、彼が今まで読まなかったようなミステリだ。本棚にも、前来たときにはなかった赤川次郎の三毛猫ホームズシリーズや、鮎川哲也のアリバイ崩し物、そして西村京太郎の名探偵シリーズ等が数冊ずつ並んでいる。うーん、古典から勉強しようというはらか。
「一人でか? バスになるんだろ? 平気なのか」
見舞い品の洋菓子を開封し、個包装を適当に取り出し、渡してやる。もののついでに、インスタントコーヒーを入れてやろう。
「多分ね。自宅だったら親から、怪我の翌々日には松葉杖ついてでも行けって言われてるところだ。これ以上休んじゃいられん」
「おまえがその気ならそれでいいや。あ、怪我のこと、僕からは誰にも言ってないんだが」
「誰にもとは?」
文庫本を伏せて置き、身体を起こす出川。僕はやかんが音を立てたので火を止めて、カップに注いだ。
「友達――桧森とか柏原さんとかさ」
「別にいいよ。桧森はさておき、柏原さんに言ったら、あの封筒のことと結び付けかねない」
できあがったコーヒーを渡してやりながら、僕は私見を述べることにする。
「いや、僕も結び付けて考えてしまうんだが。出川はどう思うのか、聞かせてくれ」
「え、何で。関係あるとは全く思えないんだけど。僕って柏原さんに対して敵意とか悪意とか持っているように見える?」
「見えない。でもそれは、僕が出川蒼馬という人間を知っているからかもしれない。差出人には、柏原さんに言い寄ってくる野郎の一人、ぐらいに見なしている可能性は否定できないだろ。無論、僕だって同じだ。狙われるんじゃないかと、内心びくついているよ」
「……」
不意に黙りこくった出川。僕は相手の顔の前で手を軽く振った。
「どうした?」
「あ、いや。僕も大崎を見て、悪い虫には見えないなと感じたまで。それでも襲われる心配をするってことは、客観的に考えて、僕もまだ用心すべきなのかなと。ああっ、うまく言えないや」
「一度襲った相手を再び襲うのはないと信じたい。あるとしたら、それはもう警告じゃなくて、殺してでも排除するっていう意思表示だからな」
「殺してでも排除か……柏原さんの義理の父親をめった刺しにして殺したときも、そういう気持ちだったのかねえ?」
不意打ちのような話の展開に、僕は何ら返事ができず、それどころか相槌すら打てなかった。
「うん? 大崎?」
「ああ。ゴミ、捨てといてやるよ」
破いた個包装をまとめて掴んで、ゴミ箱に入れた。
と、そのとき僕の携帯端末の通話呼び出しが鳴った。
「――柏原さんからだ」
「へえ。僕も早く修理から返って来ないかな」
事故で壊れた出川の端末は、意外にも修理できる可能性ありと判定され、直してみることにしたらしい。
あ、しまった。今は柏原さんとの電話を優先しなくては。「はいもしもし」と電話に出ると、返って来た彼女の声は切羽詰まった感がにじみ出ていた。
「今日はもう学校にいないのよね。これから会えない? あの封筒がまた来たのだけれど、内容がエスカレートしてるっていうか」
「またか。どこに行けばいい?」
「大崎君に合わせる。できれば二人で」
「――いいよ」
出川の怪我のこと、話してないよなと、頭の中で再確認した。
何で二人なんだ? 出川と同じ講義を取っている奴なら知り得るから、そこから流れ出た話が伝わったのかな等と想像しつつ、一方では彼女と二人きりで会うのは嬉しくもあった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
籠の鳥はそれでも鳴き続ける
崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
劇場型彼女
崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。
杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。
つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
せどり探偵の事件
崎田毅駿
ミステリー
せどりを生業としている瀬島は時折、顧客からのリクエストに応じて書籍を探すことがある。この度の注文は、無名のアマチュア作家が書いた自費出版の小説で、十万円出すという。ネットで調べてもその作者についても出版物についても情報が出て来ない。希少性は確かにあるようだが、それにしてもまったく無名の作家の小説に十万円とは、一体どんな背景があるのやら。
観察者たち
崎田毅駿
ライト文芸
夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?
――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる