十二階段

崎田毅駿

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「念のために聞くけど、消印の郵便局は?」
 僕が聞くと、彼女は封筒の向きを換え、こちらに見せてくれた。高松鷺田と書いてあるようだ。
「これも北海道? それとも高松とあるからには香川県の?」
「香川の高松市だったわ。別人だと思う? 宛名の書き方は定規で書いた同じような字なんだけど」
 僕は僕と出川のアリバイ証明のために、消印を見せてもらったんだけれど、柏原さんはそんなことわざわざ弁明しなくても信じてくれたようだ。
「文面が前の内容に言及しているから、同一人物と見なすのが当然だろうね」
「そうよね。それじゃ、わざわざ北海道や香川県に行ってから、この封筒を投函した? それってなんか執着が凄いというか、意味が分からない」
「確かに」
 僕が何も思い付けないでいると、出川が水を飲んでから意見を述べる。
「うーん、全国どこにでも出没するんだぞってことかなあ。怖がらせるつもり、もしくは見守る能力があるんだというアピール……」
「だとしても、私の方はどうすればいいのか……この前は一応、優しい感じだったのが、今回はちょっと怒っている感じ」
「全くの想像になるけど」
 今度は僕も仮説を思い付いた。
「見付けて欲しいのかもしれない。その封筒を出したのが誰なのかを、柏原さんに知って欲しい、当てて欲しいってところじゃないかな」
「もしかして、このクラスメートだった男子の中にいるってこと?」
 ずらりと並ぶ十八人の連名の辺りを指差す柏原さん。料理は運ばれて来たときとほぼ同じで、減っていない。
「残念だけど、その可能性は高そうだ。まず、僕らの名前を知っているというだけでも、相当限定される」
「いや、卒業名簿か何かをどこかから入手したのかも」
 出川が異を唱えた。僕は頷きながらも、さらに反論する。
「可能性は否定しないよ。ただ、もしこの差出人が僕らと同期じゃないとしたら、比較的最近になって柏原さんを見掛けたことになる。名簿を手に入れるだけじゃ無意味だ。何故なら柏原さんの名前は名簿に載っていないだろうから。あるいは載っていたとしても小仲名義じゃないかな? 差出人はどうやって彼女のクラスを特定する?」
「なるほどなるほど。実際の名簿がどうだったかは覚えちゃないけど、やっぱり認めなきゃいけないみたいだ、クラスの男子の中に犯人がいるってことを」
 差出人のことを“犯人”と表現した出川。その気持ちは理解できる。反面、柏原さんを必要以上に怖がらせることにもつながりそうだ。注意喚起のためには、“犯人”と呼ぶのがいいのかもしれないが、正直迷う。
 何しろ、僕は郵便を出した“犯人”ではないが、彼女の義父を刺した犯人であるのだから。
「どうするのがいいんだろ。連絡先が分かる奴には、この場で電話してみる?」
「食事時だからなあ。社会人もいるだろうし」
「あ、四国や北海道に行く暇があるってことは、学生の可能性が高い?」
「それくらいは言えそうだな。絶対確実とまでは行かないけど」
「ねえ、柏原さん。この中でこいつは違うだろって奴、いないかな。もちろん、僕らを除いて」
「そうね……」
 柏原さんはすぐに考え始めた。僕が若干冗談めかして付け足した末尾のフレーズはきれいに無視された。
「柏原さん、もてていたから、選ぶの大変だ」
 今度は出川が言った。ジョークのつもりがあるかどうかは、僕には分からない。
「私、そんなに好かれてなかったよ。暗かったし、事件起こしたし」
 これには出川は慌てたように首を振った。
「じ、事件は何もなかったことになったし、それまでは人気あったよ、うん」
 おいおいそれはフォローになっているのか。微妙だぞ。
 心の中で突っ込んだ僕の感覚とは裏腹に、柏原さんは短く「ありがと」とだけ言った。
「――この三人は違うかな」
 何だかんだ言いながら、戸越とごし前口まえぐち三浦みうらの三人を、順番に指差していった柏原さん。
「理由を聞かせて」
「確か、戸越君は結婚したと聞いたわ」
「え、いつ?」
 戸越の顔を思い浮かべながら、僕は出川と一緒になって聞き返した。算数が得意で、将来は建築家か大工になるんだと言っていた。その後、大工見習いをやっていると聞いた覚えはある。
「今年の四月よ。十九歳になってすぐにしたみたい」
「はやっ」
「結婚して家庭を持った人が、昔の同級生にこんな変な物送り付けてくるとは考えられないでしょ」
 確かに理屈だ。結婚から何年も経ったならまだしも、新婚ほやほやってやつならまずないだろう。
「前口のことなら、僕らも知ってる。アメリカにダンス留学だっけ」
「そうそう」
 小学生高学年のときの前口は背の高いひょろっとした奴で、体力はあるがスポーツ、特に球技はだめってタイプだった。中学に入ってダンスにはまって、急に変わった。
「わざわざ帰国してまで、こんなことをするはずがないと」
「そう。あと、三浦君は当時、木村きむらさんと付き合ってた噂があったでしょ。実際、仲よかったし」
 思い出した。三浦も木村さんも、勉強や運動何でもできる優等生かつリーダータイプで、その二人が仲よくしていてもまあそんなもんかなぐらいにしか感じなかったが、やっぱり付き合っていたのか。
「今は知らないけれども、当時、木村さんと付き合っていた三浦君が、私のために事件を起こすなんて絶対にない」
 そうか。当然だが、柏原さんはこの郵便物の差出人イコール義父を刺殺した犯人と見なしているんだ。その理屈を当てはめれば、事件が発生した頃に恋人がいた三浦は、容疑の枠から外れる。
 差出人イコール刺殺犯ではないと分かっている僕としては、三浦が差し出し人である可能性を多少は疑うべきだろう。しかし現時点では、柏原さん及び出川との会話に集中する。
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