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多分、あっている
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「あなたがスマホを出したタイミングで、店主が緊張した面持ちで注目したのは、あなたを一味だと疑っていたためかと」
「はあ、なるほどですね。それにしても知り合いの記者さん、よくこんな重大な情報を漏らしてくれましたね。三沢さんを完全に信頼してのことでしょうけど、その記者さんこそ、規則違反な気がする……」
「彼の新聞社の依頼で『和カレーの逢太郎』の調査をすることになっていたので。日曜版にグルメ関連のコーナーがあるんですよ」
そうか。新聞社にとっても、コーナー一回分が潰れる可能性があったから、つい知らせてしまったというところなんだろう。
「異趣欄が事情を知りながら私に言ってくれなかったのは、誘拐絡みだったからですか」
「そうですね。規約では何も説明せずに調査中止を通達してもいいんですけど、それじゃ当然、調査員は納得しないでしょうし、こちらもしたくなかったので」
「昨日、私の後ろに並んだのは?」
「あれは偶然です。でも、あなたが店主から注意されたいがために無茶な振る舞いに出たらまずい、それこそ誘拐犯の一味と思われかねないという心配はしていました。だから見張るつもりでいたのは確かです」
一応、初顔のアルバイトのことも考えてくれていたんだ。今さらながら、ちょっと安心した。
「あ、規定の報酬は出ますので、ご心配なく」
「いいんですか?」
「不要でしたら受け取り拒否をなさっても、こちらは全くかまいませんよ」
にこにこしながら言った。ご冗談を。ありがたく受け取ります。
「巻き込まれた形とは言え、あなたにはおかしな目に遭わせてしまい、ちょっと申し訳なく思っています。よろしければ別の調査仕事を、それもあなたの希望する物を優先的に回して差し上げることができますが、どうしましょう?」
「……お願いするかもしれません」
「かも?」
「まだ三日間ですけど、調査の仕事も結構大変だなって実感したものですから」
「うーん、まあ今回は特殊中の特殊でしたから。数をこなせば、調査してよかったという喜びも味わえる、かもしれませんよ」
「かも、ですか」
思わず笑った。
「――そうだ。これはプライバシーに関わってくることなので、あまり言いふらさないでほしいのですが、店名を見て何か気付かなかったですか」
「店名って『和カレーの逢太郎』について? うーん、強いて言うと、どうして逢太郎なんだろうって思ったかな。店主の名前じゃないし、そのさらわれたお子さんでもない」
「鋭いです。実はもう一人、逢太郎というお子さんがいたんです。何年前か失念しましたが、この度と同じような誘拐事件の被害に遭われて、帰らぬ人になったそうです」
思いも寄らぬ話をさらっとされて、私は絶句した。
「そのときのことが頭にあったから、今度の事件でも警察を信用していいのかどうか非常に悩んだみたいです。でも、自分たちの力だけではどうしようもできないから、警察に通報したのでしょう」
「……それと店名がどういう……」
「あっと、じかに関係はありません。ただ、店名の表記がですね。ちょっとだけ変わってるでしょう?」
私は分からなかったので、メニューを手に取りそこにある店のロゴをじっと見た。
「ひょっとしてこれですか。“の”の上にNOとルビが振ってある。普通、こんなことはしません」
変わったところがないかと考えながらじっと見て、ようやく気付いた。他の文字、あるいは平仮名にローマ字のルビを振ってあるのならまだ分からなくもないが、“の”のみに振るのは浮いている。
「普通に店名を読むと、どうなります?」
「うん? 普通も何も“わかれーのおうたろう”でしょう?」
「“カレー”を引っ張らずに読んでみてください」
言われた通りに、口の中だけで発音してみる。
わかれのおうたろう……別れの逢太郎?
「ちょ。何だか、その、悲しい店名になってしまう」
「はい。でも、“の”がNOであるなら、意味が逆になると解釈できる」
「別れノー、逢太郎……」
何度か繰り返し唱えてみて、泣き笑いが少々こみ上げてきた。
別れが嫌なら、和カレーの店なんて出さないか、違う名称にすればいいのに。出汁カレーとか。でも、拘りがあったのかな。ううん、むしろ別れノーと言いたいがために、和カレーを看板メニューにしたのかも。
「とっても些細な話だし、本当のところは分からないけれども、救われるような話を聞いた気がします」
「そう感じてもらえたのなら、何よりです」
三沢さんが和カレーを注文した。
私の方はもう一皿いただいているし、デザートも断ったばかりだし、何よりも“別れ”の気分じゃなかった。
三沢さんともうちょっと話せる機会が得られるならと、さっきのお仕事の話、受けてみようと思う。
第二話おわり
「はあ、なるほどですね。それにしても知り合いの記者さん、よくこんな重大な情報を漏らしてくれましたね。三沢さんを完全に信頼してのことでしょうけど、その記者さんこそ、規則違反な気がする……」
「彼の新聞社の依頼で『和カレーの逢太郎』の調査をすることになっていたので。日曜版にグルメ関連のコーナーがあるんですよ」
そうか。新聞社にとっても、コーナー一回分が潰れる可能性があったから、つい知らせてしまったというところなんだろう。
「異趣欄が事情を知りながら私に言ってくれなかったのは、誘拐絡みだったからですか」
「そうですね。規約では何も説明せずに調査中止を通達してもいいんですけど、それじゃ当然、調査員は納得しないでしょうし、こちらもしたくなかったので」
「昨日、私の後ろに並んだのは?」
「あれは偶然です。でも、あなたが店主から注意されたいがために無茶な振る舞いに出たらまずい、それこそ誘拐犯の一味と思われかねないという心配はしていました。だから見張るつもりでいたのは確かです」
一応、初顔のアルバイトのことも考えてくれていたんだ。今さらながら、ちょっと安心した。
「あ、規定の報酬は出ますので、ご心配なく」
「いいんですか?」
「不要でしたら受け取り拒否をなさっても、こちらは全くかまいませんよ」
にこにこしながら言った。ご冗談を。ありがたく受け取ります。
「巻き込まれた形とは言え、あなたにはおかしな目に遭わせてしまい、ちょっと申し訳なく思っています。よろしければ別の調査仕事を、それもあなたの希望する物を優先的に回して差し上げることができますが、どうしましょう?」
「……お願いするかもしれません」
「かも?」
「まだ三日間ですけど、調査の仕事も結構大変だなって実感したものですから」
「うーん、まあ今回は特殊中の特殊でしたから。数をこなせば、調査してよかったという喜びも味わえる、かもしれませんよ」
「かも、ですか」
思わず笑った。
「――そうだ。これはプライバシーに関わってくることなので、あまり言いふらさないでほしいのですが、店名を見て何か気付かなかったですか」
「店名って『和カレーの逢太郎』について? うーん、強いて言うと、どうして逢太郎なんだろうって思ったかな。店主の名前じゃないし、そのさらわれたお子さんでもない」
「鋭いです。実はもう一人、逢太郎というお子さんがいたんです。何年前か失念しましたが、この度と同じような誘拐事件の被害に遭われて、帰らぬ人になったそうです」
思いも寄らぬ話をさらっとされて、私は絶句した。
「そのときのことが頭にあったから、今度の事件でも警察を信用していいのかどうか非常に悩んだみたいです。でも、自分たちの力だけではどうしようもできないから、警察に通報したのでしょう」
「……それと店名がどういう……」
「あっと、じかに関係はありません。ただ、店名の表記がですね。ちょっとだけ変わってるでしょう?」
私は分からなかったので、メニューを手に取りそこにある店のロゴをじっと見た。
「ひょっとしてこれですか。“の”の上にNOとルビが振ってある。普通、こんなことはしません」
変わったところがないかと考えながらじっと見て、ようやく気付いた。他の文字、あるいは平仮名にローマ字のルビを振ってあるのならまだ分からなくもないが、“の”のみに振るのは浮いている。
「普通に店名を読むと、どうなります?」
「うん? 普通も何も“わかれーのおうたろう”でしょう?」
「“カレー”を引っ張らずに読んでみてください」
言われた通りに、口の中だけで発音してみる。
わかれのおうたろう……別れの逢太郎?
「ちょ。何だか、その、悲しい店名になってしまう」
「はい。でも、“の”がNOであるなら、意味が逆になると解釈できる」
「別れノー、逢太郎……」
何度か繰り返し唱えてみて、泣き笑いが少々こみ上げてきた。
別れが嫌なら、和カレーの店なんて出さないか、違う名称にすればいいのに。出汁カレーとか。でも、拘りがあったのかな。ううん、むしろ別れノーと言いたいがために、和カレーを看板メニューにしたのかも。
「とっても些細な話だし、本当のところは分からないけれども、救われるような話を聞いた気がします」
「そう感じてもらえたのなら、何よりです」
三沢さんが和カレーを注文した。
私の方はもう一皿いただいているし、デザートも断ったばかりだし、何よりも“別れ”の気分じゃなかった。
三沢さんともうちょっと話せる機会が得られるならと、さっきのお仕事の話、受けてみようと思う。
第二話おわり
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