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2.事件

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 独身男の独り暮らしと聞いていたが、家の中はきれいに片付いていた。生活感の乏しさが気にならないでもない。が、天才的な探偵能力を誇る人物の住まいであれば、これくらいはむしろ普通にあって欲しいと思える。
 鈴木は手土産の入った紙袋を最終確認し、玄関から上がった。
「あの、家の人が出て来てませんが、いいんですか」
「いいんだ。事前に連絡を入れて、了解を得ている。おまえ、さっきのインターフォンでのやり取り、見てなかったのか」
「見てましたが、まるで忍者のやり取りで」
 インターフォン越しに「市場で針と糸を買って来た訳は?」と問い掛けられ、「古典的密室を作るため」という返事をすると、「どうぞ上がってください」と言われた。冗談なのか本気なのかよく分からない符丁だ。
 廊下を奥まで行き、右手の部屋のドアを岸井がノックしようとしたが、ドアが半開きなので互いがよく見えた。
「――やあ、岸井警部補」
 大きな書架の前に立ち、重たげな本を開いていた男が言った。すぐに本を棚に戻すと、些か覇気に欠ける幽鬼のような足取りで、近寄ってきた。「そちらは?」と鈴木の方を見やる。
「日本で一、二を争う数の鈴木に、正しいと書いてすずきしょうだ。俺の下っ端だ」
「初めまして、鈴木正です」
 お辞儀をする鈴木に、天乃は片手を差し出してきた。握手しながら、
「初めまして、天乃才人です。鈴木さんのことは何とお呼びすれば? 鈴木刑事?」
 プロ野球選手を思い浮かべるからその呼び方はやめとけと、諸先輩からはよく言われるのだが、鈴木本人は気にしていない、というかプロ野球についてよく知らないのだが。
「何でもいいです。あの、これ、お好きだと聞いて」
 袋に入った菓子を差し出す。天乃探偵は両手で受け取り、中身をちらと覗いた。
「ああ、これは嬉しいな。どうもありあがとう。ところで今日は何用で?」
「月一の恒例のやつでさぁ」
 岸井が言った。
「日の感覚もなくなりかけかいな? 前回からだいたい一月経ったんですよ、天乃名探偵?」
「言われてみればそのくらいか。分かりました。書斎に移動しましょう」
 廊下を挟んで反対側の部屋に移った。最初の部屋に比べると、書架は一つしかなく、代わりに大きめの机がでんとスペースを取っていた。
 その机のサイドの面を天乃探偵が何やらいじると、その面がぱかっと外れ、弧を描く風にして外へ広がり出た。椅子のようだ。反対側でも同じようにして、椅子が姿を現す。
「適当に座って。ああ、悪いがお茶は出ないので」
 菓子を紙袋ごと机の陰に置きながら、天乃探偵は言った。鈴木達が座るのを待って、次の言葉を発した。
「岸井警部補、今日はどんな事件なんだろう?」
「ああっと、今日は少々荒療治でもかまわないと言われてるので、昔のことを蒸し返させてもらいましょうか」
「昔のこと?」
 岸井の言葉に、天乃探偵の目にわずかながら警戒の色が浮かぶ。
「そう、あんたが大きなミスを犯した、雪の山荘事件を軽くおさらいして、それから本日の事件と行きましょう」
「うぅ……嫌とは言えないのだろうね」
「嫌と言われたら、私らは帰るだけで」
 小さくお手上げのポーズを取る岸井。天乃は不承不承といった体で頷き、話を促した。
「では早速。――雪の山荘事件、あれは四年前の一月だった。女主人の誕生パーティに呼ばれたあなたは、御多分に漏れず、殺人事件に遭遇する。一人目の被害者は女主人の年の離れた妹で、状況から女主人と見間違われて殺されたと思われた。二人目は屋敷のメイド頭で、雪の原っぱで死んでいた。いわゆる雪の密室、足跡なき殺人だったが、これに対しあなたは近くにある村の設備、逆バンジーの仕掛けを利した巨大な人間パチンコによる放擲殺人だと判断した。そして問題の三つ目。これまた近くにある池が凍り、そこにバラバラに切断された女主人の遺体が氷詰めの状態になっていた」
「ああ……その先も言うのかい」
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