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「え?」
「さっき言ったように社員達は口が堅く、当時の話を聞き出せる状況にない。だが、月田優のご両親が、娘さんからバイトの内容をちょこちょこっと聞いていてな。そこから分かった。予定されていたスライドショーってのは、鬼門真澄の生涯を振り返るものだった。本の帯には弔意を窺わせる文言が踊っていた。そして鬼門真澄は、小説を書くことを趣味としていた……。想像するに、鬼門社長は息子を交通事故で亡くして、父親らしいことをしてやれなかったと思い知らされた。何かしてやれないかと考えた末に、息子の小説を本にしてやろうと思ったんじゃないか。出版記念パーティやスライドショーはやり過ぎという見方もあるだろうがね」
「聞いた限りじゃ、いい話じゃないですか。誤字脱字ぐらいあっても、直して改めて出せばいい」
「現実はそうはならなかった。何かがあったに違いない」
小笠原さんは確信を持っているようだが、やや性急に過ぎるのではないか。たとえば、小説の中身に科学的な誤りでも見つかったのかもしれない。そしてそれが物語の成立に関わる根本的な問題かつ直しようがなければ、その後、改めて自費出版が行われなかったとしても不思議でない。
僕がこの考えをぶつけると、小笠原さんは待ってましたとばかりに打ち消しに掛かってきた。
「いいか。そんな理由で出版を取り止めたなら、どうして今でも箝口令が敷かれたみたいにタブー扱いされてるんだ? おまえには言ってなかったが、鬼門真澄が亡くなったのは中三のときだ。中学生の小説に間違いがあったって、そんなに隠し通さねばならないほどの恥じゃないだろ。そりゃあ、プロの作品として世に出回ったなら、年齢なんて関係ないけどな。今回のはそうじゃないんだから」
小笠原さんの話し口調の影響も大きいのだろうが、説得力があった。僕が黙り込むと、さらに調子に乗って続ける。
「俺がオークションサイトで『透き通る剣の風』を探してますよ~ってアピールしたのは、この小説自体を手に取って見てみたいというのもある。が、それ以上に、牽制の意味を込めたつもりだ」
「けんせい?」
「想像通り、自費出版の本のせいで月田優さんが死んだとする。そのことを隠そうとしている犯人は、鬼門社長か社長に近い人物だろう。そいつがネットを見て、『透き通る剣の風』を探し求める人間がいると知れば、どうだ? いきなり真相がばれるとまでは恐れないにしても、何のためにあの本を探してるんだと訝しみ、接触を試みてくる可能性大と思わないか?」
「大きいかどうかはともかく、可能性だけならあるでしょう。でも、そう都合よく犯人がオークションサイトを見るかどうか……」
「犯人じゃなくてもいいんだ。会社の社員連中の誰かが見て、噂になって、犯人の耳に入ればいい。それにさ、出版パーティは中止になったとは言え、本が作られたことは間違いないんだから、何冊かこっそり保管している奴がいてもおかしくあるまい? そいつが小遣い稼ぎに、売ってやると連絡してくる可能性もある」
くだんのオークションサイトは、当事者達が希望・合意すれば、電話番号や住所といったお互いの個人情報を明らかにすることなく売買ができるシステムを採っている。逆に言うと、当事者同士が納得すれば、直接会って手渡しするのもありだ。
「小笠原さんは結局、どうしたいんです? 危険はないんでしょうか」
「オークションサイトを利用するのに、少々の危険は付きものだろ。詐欺に遭う危険は常にある」
「じゃなくてですね。『透き通る剣の風』のことで相手と直接会う事態になったら……」
小笠原さんは背が高く体格も大きい方だが、基本的に文化会系の人間だから、暴力沙汰は苦手なはず。
「別に犯人を脅して金を巻き揚げようなんて、考えてねえから。ただまあ、ほんとに事件だと立証できたら、この本の値段は一気に跳ね上がるなと期待している」
また本気だが冗談だか分かりにくい言い方をして、小笠原さんは笑った。
* *
こういったやり取りをしたあと、僕なりに小笠原さんの手助けをしようと考えた。具体的には、<<別のオークションサイトで『透き通る剣の風』を出品し、異様な高値を付ける人物がいればチェックする>>というもの。
『透き通る剣の風』の本物は所有していないので、偽物を作る。無論、詐欺にならないよう、最低ラインは守る。同じ書名の自費出版本を実際にこしらえた上で、嘘にならない範囲で情報を添えて出品する。書影は出さない。著者名などを問い合わせる質問メールが来たときは、汚れて読めないということにする。
これに対し、十万円以上の入札をする者が現れれば、一応、怪しいと思っていいだろう。小笠原さんがウォンテッドしているのを承知の上で、九万円ぐらいまでで落札を狙う連中が出て来るかもしれないが、さすがに十万超えはあるまい。
出品してから三日間、全く音沙汰がなかったが、今し方、初めての入札があった。いきなりの十万円。これは……あからさまに怪しい。本物の『透き通る剣の風』を小笠原さんの手に渡したくない人物からの入札?
「さっき言ったように社員達は口が堅く、当時の話を聞き出せる状況にない。だが、月田優のご両親が、娘さんからバイトの内容をちょこちょこっと聞いていてな。そこから分かった。予定されていたスライドショーってのは、鬼門真澄の生涯を振り返るものだった。本の帯には弔意を窺わせる文言が踊っていた。そして鬼門真澄は、小説を書くことを趣味としていた……。想像するに、鬼門社長は息子を交通事故で亡くして、父親らしいことをしてやれなかったと思い知らされた。何かしてやれないかと考えた末に、息子の小説を本にしてやろうと思ったんじゃないか。出版記念パーティやスライドショーはやり過ぎという見方もあるだろうがね」
「聞いた限りじゃ、いい話じゃないですか。誤字脱字ぐらいあっても、直して改めて出せばいい」
「現実はそうはならなかった。何かがあったに違いない」
小笠原さんは確信を持っているようだが、やや性急に過ぎるのではないか。たとえば、小説の中身に科学的な誤りでも見つかったのかもしれない。そしてそれが物語の成立に関わる根本的な問題かつ直しようがなければ、その後、改めて自費出版が行われなかったとしても不思議でない。
僕がこの考えをぶつけると、小笠原さんは待ってましたとばかりに打ち消しに掛かってきた。
「いいか。そんな理由で出版を取り止めたなら、どうして今でも箝口令が敷かれたみたいにタブー扱いされてるんだ? おまえには言ってなかったが、鬼門真澄が亡くなったのは中三のときだ。中学生の小説に間違いがあったって、そんなに隠し通さねばならないほどの恥じゃないだろ。そりゃあ、プロの作品として世に出回ったなら、年齢なんて関係ないけどな。今回のはそうじゃないんだから」
小笠原さんの話し口調の影響も大きいのだろうが、説得力があった。僕が黙り込むと、さらに調子に乗って続ける。
「俺がオークションサイトで『透き通る剣の風』を探してますよ~ってアピールしたのは、この小説自体を手に取って見てみたいというのもある。が、それ以上に、牽制の意味を込めたつもりだ」
「けんせい?」
「想像通り、自費出版の本のせいで月田優さんが死んだとする。そのことを隠そうとしている犯人は、鬼門社長か社長に近い人物だろう。そいつがネットを見て、『透き通る剣の風』を探し求める人間がいると知れば、どうだ? いきなり真相がばれるとまでは恐れないにしても、何のためにあの本を探してるんだと訝しみ、接触を試みてくる可能性大と思わないか?」
「大きいかどうかはともかく、可能性だけならあるでしょう。でも、そう都合よく犯人がオークションサイトを見るかどうか……」
「犯人じゃなくてもいいんだ。会社の社員連中の誰かが見て、噂になって、犯人の耳に入ればいい。それにさ、出版パーティは中止になったとは言え、本が作られたことは間違いないんだから、何冊かこっそり保管している奴がいてもおかしくあるまい? そいつが小遣い稼ぎに、売ってやると連絡してくる可能性もある」
くだんのオークションサイトは、当事者達が希望・合意すれば、電話番号や住所といったお互いの個人情報を明らかにすることなく売買ができるシステムを採っている。逆に言うと、当事者同士が納得すれば、直接会って手渡しするのもありだ。
「小笠原さんは結局、どうしたいんです? 危険はないんでしょうか」
「オークションサイトを利用するのに、少々の危険は付きものだろ。詐欺に遭う危険は常にある」
「じゃなくてですね。『透き通る剣の風』のことで相手と直接会う事態になったら……」
小笠原さんは背が高く体格も大きい方だが、基本的に文化会系の人間だから、暴力沙汰は苦手なはず。
「別に犯人を脅して金を巻き揚げようなんて、考えてねえから。ただまあ、ほんとに事件だと立証できたら、この本の値段は一気に跳ね上がるなと期待している」
また本気だが冗談だか分かりにくい言い方をして、小笠原さんは笑った。
* *
こういったやり取りをしたあと、僕なりに小笠原さんの手助けをしようと考えた。具体的には、<<別のオークションサイトで『透き通る剣の風』を出品し、異様な高値を付ける人物がいればチェックする>>というもの。
『透き通る剣の風』の本物は所有していないので、偽物を作る。無論、詐欺にならないよう、最低ラインは守る。同じ書名の自費出版本を実際にこしらえた上で、嘘にならない範囲で情報を添えて出品する。書影は出さない。著者名などを問い合わせる質問メールが来たときは、汚れて読めないということにする。
これに対し、十万円以上の入札をする者が現れれば、一応、怪しいと思っていいだろう。小笠原さんがウォンテッドしているのを承知の上で、九万円ぐらいまでで落札を狙う連中が出て来るかもしれないが、さすがに十万超えはあるまい。
出品してから三日間、全く音沙汰がなかったが、今し方、初めての入札があった。いきなりの十万円。これは……あからさまに怪しい。本物の『透き通る剣の風』を小笠原さんの手に渡したくない人物からの入札?
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