人を選ぶ病

崎田毅駿

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十一.急転

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 理事長の死が報じられるより先に、石上に“お迎え”が来た。夜、寝入っているときに突如として強烈な熱に浮かされ始めた。これで死ぬんじゃないか?と本気で感じ、悶え苦しむ。
 しばらく続いたその苦しみが、ある瞬間にふっと消え、感覚や感情、そして魂といったものが肉体から抜け出すかのような不思議な感触を覚える。これまであって当たり前すぎて気付かなかった着ぐるみを、「あ、自分はこんな物を着ていたんだ」と気付いた瞬間にすっと脱がされたような。いや、このたとえだと魂と抜け殻が逆になってしまうが、まあ拘ってもしょうがない。
 やがて(意識上の)目の前に、黒尽くめの天使らしきものが見えた。いよいよお迎えが来た、と石上は覚悟した。自らの計画がまだ序盤も序盤で崩れるのを、悔しく思いながら。
 だが、その黒い天使は“お迎え”ではあっても、あの世へ導く死の案内人ではなかった。
「はい、そろそろ覚醒してもらいましょうか」
 手をぱんぱんと二度はたく音がして、石上の意識は目覚めた。
 本当の?目も見開くと、正面には黒い天使が立っている。きつね目をした、人間で言えば美人だが、冷たそうな性格を想像させる若い女性だった。
「……誰?」
 ほとんど反射的に聞き返しながら、石上は上体をゆっくりと起こした。そこは自宅の寝床、ではなく、墓場だった。西洋のドラマや映画に出てくるような、四角い大きなプレート状の石が、縦横に延々と続いている。その一つに、石上自身はぽつんと入っている。厳密に表現するなら、破壊したるプレーとをどけ、埋まっていた棺桶に、バスタブよろしく浸かっている感じ。墓石を見ると、墓碑銘はまだ刻まれていないようだ。
「私の名前なら、ハンドバンド・テミッシュ。テミッシュと呼んでくれてかまわない。けれど、少なくとも今の段階では個体識別の必要がないから、単に“天使”と呼ぶだけで充分に事足りよう」
「と、言うからには、あなたは本当に天使なので?」
 予想外の成り行きに戸惑いながら、石上はひとまず根本的な質問を発した。
「そちらの言う天使の定義が曖昧なので答えられない。ただ、天の意志、いわゆる神に仕える者という意味での天使なら、確かにその通り。天使そのものであると認識してよろしい」
「はあ、なるほど」
 一応、納得できたふりをする。じきに、“ふり”にとどまらず、本当に納得できるに違いない。
 そう思えるのは、奇病Xというこれまでの常識に当てはまらない病の振るまいを、石上が身近に感じてきたせいかもしれない。だから天使が現れるなんていう事態も、夢ではないのは体感で何とはなしに理解した。受け入れる心の準備が整いつつある。
 今の石上の心にわずかに引っ掛かっているのは、天使が黒という点ぐらいだった。イメージのみで語るならば、黒は悪だろう。
「これから状況説明をする。率直かつ端的に話すつもりだ。質問をしたくなるかもしれぬが、ひとまず区切りまでは静聴してもらいたい」
「……先に一つだけ質問、いいですか。どうしても確かめておかないと、落ち着かない」
「一つだけなら」
「どうも。――僕は死んだのですか」
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