その子の背には翼の痕がある

７．翼はなくとも天使は墜ちない

　警察の捜査と警戒が続く中、犯罪者がターゲットにしたのは私のマネージャー、ジョー・ベイゼムスさんだった。正式な名をジョージア・ベイゼムスと言い、ジョーは愛称だ。デビューの頃から私を支え、導いてくれた恩人。そんな大事な人を犯罪者は、ジョーの小さなお子さんに害を与えるという脅し文句で、意のままに操ろうとしてきた。ジョーさんは「誰にも口外するな。もし口外した場合、子供の命は」云々という決まり文句に、私やプロダクションの人達、警察にすら脅迫されていることを打ち明けずに、犯人の命令に従ってしまった。私に遺書を書かせるというものだ。その遺書を寄越しさえずれば、子供の安全は保証すると言われた彼女は、なりふり構わず私に頼んできた。「これこれこういう手紙を書いて」と。あまりにも唐突で、ストレート過ぎる頼み方に異変を察知した私は、遺書らしい文章をとりあえず完成させてから、ジョーさんからわけを聞き出した。“遺書”を手に入れたことで安心したのか、ジョーさんは割と素直に事情を教えてくれた。すぐにでも警察に行って相談すべきと思い、事実、ジョーさんにもそう持ち掛けたんだけれど……彼女は猛反対した。あとは脅迫者に“遺書”を渡すだけだから目を瞑ってという。このとき私が「私、自殺に見せ掛けて殺されるかもしれない。そんなの嫌よ」と強硬に主張していれば、未来は違ったかもしれない。だけど、そんな発想は浮かばず、犯人に遺書が渡っても、警察にしっかりガードしてもらえば大丈夫と考え、ジョーさんの望み通りにした。
　そうして犯人の呼び出しに応じ、“遺書”を持って行ったジョーさん。そのあと犯人と会って、何が起きたのか、正確なところは分からない。犯人が約束を違えようとしたのは間違いないと思う。交渉決裂に至り、ジョーさんは私の“遺書”を守りつつ、お子さんを取り戻そうと決死の行動に出たんじゃないかしら……。その結果、ジョー・ベイゼムスさんは崖から足を滑らせ転落死してしまった。
　唯一、救われた気持ちになるのは、彼女のお子さんのこと。一般道から問題の崖上へと続く野道の途上、小さな洞穴の中に隠されていたところを、捜索隊によって無事に発見された。
　今現在、警察は“遺書”を端緒として、捜査を進展させている。便せん及び封筒からは指紋や汗などを採取・検出。そうして見付かった十数個の指紋の中に、私やジョーさん以外の物が確認され、恐らく犯人の指紋である可能性が極めて高い。リンジー・マルセルに近しい者の中に該当者がいないか、照らし合わせているところだという。
　一刻も早い容疑者逮捕、そして犯人確定となることを願っている。

　　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　　＊

「――ひゃ！」
「これが採取した痕か」
「くすぐったいなー、もう。触るんなら触るって、言ってからにしてよね。元々、腰からお尻に掛けての辺りは弱いんだから」
「いやいや。ようやく大人の恋人同士らしいことができるとこまでこぎ着けたのだから、色々と楽しまなくちゃ。それに、『痕に触らせてくれ』って前もって言ったら身構えちゃうんじゃないか？」
「そんなことない。自分で言うのも何だけど、名誉の痕だと思ってるから。触らせてくれと言われたら、堂々と見せるつもりでいるわ。あ、あなたにだけね。他の人においそれと見せはしないから」
「分かってるって。――この位置だと、水着姿になったら分かるよな。そんなに目立ちはしないかもしれないが、知っている人が見れば分かる」
「そうね。そして知っている人は滅茶苦茶多い。ふふふ」
「その様子だと、マジで名誉の痕だと思っているな。いいね」
「ええ。マイナス面なんて全然ない。あ、でも、あるカメラマンさんが惜しがっていたわ。『もっと上、肩の辺りにあれば、いいキャッチコピーがあるんだけどな』って」
「ふうん？　何てコピー？」
「『翼を盗られたエンジェル』」
「はは。悪くはないけど、ファンタジー物のアニメかゲームみたいだな」
「私ならちょっと変える。そう――『天使は自ら翼を折った。でも今も変わらず天使だ』なんてね」
「なげーよ」

　終わり

※特定の病を想定したものではありませんが、一般論を言うと、登録者の情報が外部に漏洩することはありません。また通常、システムとして、登録者が提供のための手術を承諾するか拒むか、最終的な判断の機会が用意されています。