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4.ケイト・ストーンの彼氏、待ち続ける。そして

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 テレビから歌声が流れ聞こえて来た。日本でヒットしたアニメのオープニングかエンディングの曲をカバーしたもので、こちらでも結構売れているらしい。
 唱っているのはケイト・ストーン。
 恋人……だった人と言うべきなのかな。現在形を使いたい気持ちもある。自分も彼女も別れようとはまったく思っていないはずなのだから。俺の周りの友達連中は、もう関係は終わったんだろうと見なしているようだけどな。いつか大っぴらにできるときが来たら、せいぜい驚け。
 ただ、失敗したなと悔やんでいることが一つある。あれが、俺達の距離を限りなく開いてしまうきっかけになったと。
 ケイトがデビューしたあとも、俺と彼女は友達を続けていた。あくまでも友達、知り合いのレベルでの付き合いだ。少なくとも二人の間では、明確な線引きができていたんだ。だから、電話ぐらいは当然した。会うのを遠慮していたんだから、電話で話すぐらい好きにさせてくれよ、その程度の気持ちでいた。
 だけど、大人の世界、芸能の世界は俺らが漠然と想像していたよりもずっと厳しかった。あるとき、電話し合っていることがばれて、即刻、絶縁された。無論、ケイトの意志じゃなく、プロダクションの方針なのは分かっている。俺はかつてした約束を守り、彼女を待つのに、何の躊躇いもない。
 今の俺はこうしてテレビなどを通じて、ケイト・ストーンを応援しながら、彼女との関係を公にできるようになる日が早く来ることを、心待ちにしている。

             *           *

「ねえ、あんたケイト・ストーンのファンだって言ってたよね?」
「うん、ファンだけど」
「その様子だと、ネットを見てないのね」
「ええ。ここ最近、仕事が忙しくて。寝る前に、ケイトの歌を聴いて癒やされるぐらいのことしかしてなかったわ」
「だったら自分の目で見た方がいいのかしら」
「何なに、気になる。今、バッテリー切れでつながらないのよ。恋人でも発覚した? まさかケイトの年齢で結婚は早すぎるだろうから」
「そんなめでたいことならよかったんだけど。いや、私も一応、ファンだったし。――ここが分かり易いかな。表現はきついのもあるけれど、まあしゃあないわ。ほら」
「ありがと。――ん? 何これ。“ケイト・ストーンはファンを見殺しにした”とか“救える命を見て見ぬふりをした”とか。見出しだけじゃ、さっぱり分からない」
「ファン云々は眉唾らしいけれども、それ以外は本当っぽいんだよねえ。えっと、この見出しのやつが、一番端的にまとめられていたと思うわ」
「……ええー、嘘でしょう? “仕事を優先 子供見殺し”ですって?」
「分かんないけど、ケイト・ストーン本人や所属してる事務所は、まったく声明を出していないの。対して、スポンサーの動きは早くて、いくつかのコマーシャルや番組から降ろされたのは厳然たる事実なんだよね。中には、番組のホームページから、写真やプロフィールが消されているのもあったり。最初は私だって一笑に付す気でいたのに、こういう流れを目の当たりにしちゃうと、信じざるを得ないっていうか」
「うー、でも、でもさあ、そもそもこういうのって世間に漏れ出ていいものなの? 本当だろうが嘘だろうが、こんなの会見開けないんじゃあ……」
「それはまあ、世間に向けての記者会見はね。けれども、スポンサー相手とかなら内々に説明できるでしょ、多分。その上で、こんな降板ラッシュになっているんだとしたら、ねえ、事実としか」
「……信じられないなあ……」
「とりあえずさあ、あんたも今後はあんまりケイト・ストーンのファンだって、口にしない方がいいと思うよ」
「何でよ」
「まだネット全体を見てないから、あんたの反応は仕方がないけど。バッシングが凄いんだから。デビューした手の頃、エンジェルのイメージで売り出していたのが、これじゃ堕天使だってね。今後もしばらく叩かれ、炎上状態が続くのは間違いない。有識者って人達が擁護に回ることもあるだろうけど、全体的に不利なのは動かせないよ」
「それって、ファンだって言えないばかりか、今度の件では反論もしない方がいいって意味? ケイトを悪く言われても、黙って我慢しろって?」
「そういうことになるわ。いい? あなたのためよ。今の内からトレーニングをしておきなよ。知り合いから、ケイト・ストーンを悪く言われても、怒らないようにするトレーニング」
「……嫌だなあ。我慢しても、爆発しちゃいそう。少しでも早く、記者会見を開いて真実が何なのか、話してくれないかな。たとえ噂に近い真実だとしても、ずっと黙り込んでいるよりかはましだと思う」
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