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6.威を借る者
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実際に鼻をひくつかせる荒井を、沓掛は舌打ち混じりに招き入れた。
「どこで嗅ぎつけた」
リビングに向かう道すがら、鋭い調子で問う。
「通知は、需要のある人間を選んでやっている。外に漏れるとは思えない」
「あたしゃ、まだ何も言ってませんが。ええ、何の話です?」
部屋に戻った沓掛は、荒井の調子に乗せられるのが忌々しくて、再度舌打ちをした。今度は聞こえよがしの、大きなものを。
「なら、そっちが答えろ。嗅ぎつけたんだろ、ご自慢の鼻で」
「……新しい商売を始めたんでしょ? ホモセクシュアルのために、子供をこさえてあげるって。違います?」
「どういうルートで知った?」
テレビのスイッチをオフにし、静かにしてから聞く。
「事実なんですね?」
「質問返しをするな。先にあんたが答えてからだ」
「んなこと言われましてもねえ、こういう商売やってると、あたしも顔が広くなりまして、LGBTQの知り合いぐらい、いくらでも」
何故か得意そうに、荒井は胸を張った。
「口コミか。本当だな? ……当然、外には漏らしてないんだろう?」
「もちろん。だいたい、口外しようにも、ネタが細過ぎて。だからこうして参ったんですよ」
「はっきり言わせてもらおう。公にするな」
ウィスキーをストレートで用意し、荒井に出す。
「あ、これはこれは、ご親切に。ごちになります」
両手で包むようにグラスを受け取ると、打ち首スタイルになって荒井はその縁に口を付けた。
「いい酒ですね。さすが、医者は儲かるようだ。あたしも見習いたい」
「金ならやる。これまでのように、あんたが分をわきまえている限りはな」
「話が早い。だから沓掛さんは好きだ」
相好を崩すと、荒井は酒を一気に半分がた煽った。
「くだらん」
沓掛は金庫から金を出すと、手早く包んだ。
「ほら、当面はこれでいいだろう」
「はい、どうもぉ」
押し頂く形で受け取り、いそいそと包みを仕舞い込む荒井。
そのまますぐに帰るものという沓掛の思惑に反して、相手はまだ居座った。
「どうした? 不満か?」
「いえ。帰りますよ。ただ、その前に一つだけ。沓掛さん、本当に男同士の間で子供を作れるんですかい?」
沓掛は質問者をぎろりとにらんだ。
すると、作ったような狼狽ぶりで、大きく両手を振る荒井。
「いえね、これは純粋に興味からの……記事にする気は毛の先ほどもございません」
「全くないと誓えるか」
「誓いますよ。からくりを教えてもらえなきゃ、夜も眠れません。不眠症になる方が、よほど恐い」
大げさに両腕で震えるポーズをする荒井に沓掛は呆れて、苦笑いさえこぼしてしまった。
「分かった。教えてやる」
沓掛は医院を頼ってくる秘密の来訪者達にしたのと同じ説明を、荒井にしてやった。
「……ははあ。そんなことが可能なんですねえ。長生きしてみるもんだな。あたしゃ、いい勉強をさせてもらいました」
感心することしきりといった荒井の風情に、沓掛は思わず吹き出した。
「どうしたですかい?」
身体を折って笑う沓掛に、荒井は怪訝そうな色をなし、覗き込んでくる。
「あたし、何か変なことを言ったかしらん」
「ふん。あまりにも簡単に信じるから、おかしくなってね」
咳払いをしてから種明かし。
対する荒井は目を丸くした。
「じゃ、じゃあ、さっきのお話は、まるっきり嘘……」
「ああ。あんたのような人間までも引っかかるとは、私もなかなかだな。医者という肩書きは大きいようだ、全く」
「うむむ、すっかり、騙されちまいましたねえ。一本取られました。だけど、赤ん坊を引き渡したあと、調べられたらばれるんじゃないですか?」
「ばれっこない。何かあったら私を通すように言ってある。口約束だけじゃ不安だがね、カップルの方だって後ろめたいんだ。主治医の言葉には盲目的に従うもんだよ」
「はあ、そんなもんですか」
「万が一、疑いを持って、子供の遺伝子をよその病院で検査したとしても、まずは問題ない」
「何故? DNAはやばいでしょう」
「ちょっと細工してね。いかにもカップルの男二人からできたような遺伝子を作って、子供の体内へ部分的に送り込んでおくのだ。どこぞの病院の『正確な』検査結果を持って来られても、再検査を主張し、その遺伝子を採取させる……。分かったかな、荒井クン?」
沓掛が鼻で笑うと、荒井はにやりと唇の端を歪めた。
「あたしだって小悪党を気取るからには、そうそう騙されやしませんよ」
「ほう。と言うと?」
沓掛の問いかけに、荒井は真顔で応じた。
「沓掛さんの今の言葉もまた、嘘かもしれませんからね」
「その通り」
沓掛は荒井の背を押した。そろそろお帰りの時間だ。
「人は神にはなれない。その威光を借りるだけ――と思ってくれりゃいのさ、あんた達一般人はね」
軽く押す仕種をするが、荒井はまだ少し食い下がった。
「ちょっと。あたしらが一般人なのはいいとして、それなら沓掛さんは何なんです?」
「そうさな」
顎に片手を当て、ちょっぴり考える沓掛。程なくして答を見付けた。
「狐かな。いずれ天罰を食らう覚悟のできている狐」
――幕
「どこで嗅ぎつけた」
リビングに向かう道すがら、鋭い調子で問う。
「通知は、需要のある人間を選んでやっている。外に漏れるとは思えない」
「あたしゃ、まだ何も言ってませんが。ええ、何の話です?」
部屋に戻った沓掛は、荒井の調子に乗せられるのが忌々しくて、再度舌打ちをした。今度は聞こえよがしの、大きなものを。
「なら、そっちが答えろ。嗅ぎつけたんだろ、ご自慢の鼻で」
「……新しい商売を始めたんでしょ? ホモセクシュアルのために、子供をこさえてあげるって。違います?」
「どういうルートで知った?」
テレビのスイッチをオフにし、静かにしてから聞く。
「事実なんですね?」
「質問返しをするな。先にあんたが答えてからだ」
「んなこと言われましてもねえ、こういう商売やってると、あたしも顔が広くなりまして、LGBTQの知り合いぐらい、いくらでも」
何故か得意そうに、荒井は胸を張った。
「口コミか。本当だな? ……当然、外には漏らしてないんだろう?」
「もちろん。だいたい、口外しようにも、ネタが細過ぎて。だからこうして参ったんですよ」
「はっきり言わせてもらおう。公にするな」
ウィスキーをストレートで用意し、荒井に出す。
「あ、これはこれは、ご親切に。ごちになります」
両手で包むようにグラスを受け取ると、打ち首スタイルになって荒井はその縁に口を付けた。
「いい酒ですね。さすが、医者は儲かるようだ。あたしも見習いたい」
「金ならやる。これまでのように、あんたが分をわきまえている限りはな」
「話が早い。だから沓掛さんは好きだ」
相好を崩すと、荒井は酒を一気に半分がた煽った。
「くだらん」
沓掛は金庫から金を出すと、手早く包んだ。
「ほら、当面はこれでいいだろう」
「はい、どうもぉ」
押し頂く形で受け取り、いそいそと包みを仕舞い込む荒井。
そのまますぐに帰るものという沓掛の思惑に反して、相手はまだ居座った。
「どうした? 不満か?」
「いえ。帰りますよ。ただ、その前に一つだけ。沓掛さん、本当に男同士の間で子供を作れるんですかい?」
沓掛は質問者をぎろりとにらんだ。
すると、作ったような狼狽ぶりで、大きく両手を振る荒井。
「いえね、これは純粋に興味からの……記事にする気は毛の先ほどもございません」
「全くないと誓えるか」
「誓いますよ。からくりを教えてもらえなきゃ、夜も眠れません。不眠症になる方が、よほど恐い」
大げさに両腕で震えるポーズをする荒井に沓掛は呆れて、苦笑いさえこぼしてしまった。
「分かった。教えてやる」
沓掛は医院を頼ってくる秘密の来訪者達にしたのと同じ説明を、荒井にしてやった。
「……ははあ。そんなことが可能なんですねえ。長生きしてみるもんだな。あたしゃ、いい勉強をさせてもらいました」
感心することしきりといった荒井の風情に、沓掛は思わず吹き出した。
「どうしたですかい?」
身体を折って笑う沓掛に、荒井は怪訝そうな色をなし、覗き込んでくる。
「あたし、何か変なことを言ったかしらん」
「ふん。あまりにも簡単に信じるから、おかしくなってね」
咳払いをしてから種明かし。
対する荒井は目を丸くした。
「じゃ、じゃあ、さっきのお話は、まるっきり嘘……」
「ああ。あんたのような人間までも引っかかるとは、私もなかなかだな。医者という肩書きは大きいようだ、全く」
「うむむ、すっかり、騙されちまいましたねえ。一本取られました。だけど、赤ん坊を引き渡したあと、調べられたらばれるんじゃないですか?」
「ばれっこない。何かあったら私を通すように言ってある。口約束だけじゃ不安だがね、カップルの方だって後ろめたいんだ。主治医の言葉には盲目的に従うもんだよ」
「はあ、そんなもんですか」
「万が一、疑いを持って、子供の遺伝子をよその病院で検査したとしても、まずは問題ない」
「何故? DNAはやばいでしょう」
「ちょっと細工してね。いかにもカップルの男二人からできたような遺伝子を作って、子供の体内へ部分的に送り込んでおくのだ。どこぞの病院の『正確な』検査結果を持って来られても、再検査を主張し、その遺伝子を採取させる……。分かったかな、荒井クン?」
沓掛が鼻で笑うと、荒井はにやりと唇の端を歪めた。
「あたしだって小悪党を気取るからには、そうそう騙されやしませんよ」
「ほう。と言うと?」
沓掛の問いかけに、荒井は真顔で応じた。
「沓掛さんの今の言葉もまた、嘘かもしれませんからね」
「その通り」
沓掛は荒井の背を押した。そろそろお帰りの時間だ。
「人は神にはなれない。その威光を借りるだけ――と思ってくれりゃいのさ、あんた達一般人はね」
軽く押す仕種をするが、荒井はまだ少し食い下がった。
「ちょっと。あたしらが一般人なのはいいとして、それなら沓掛さんは何なんです?」
「そうさな」
顎に片手を当て、ちょっぴり考える沓掛。程なくして答を見付けた。
「狐かな。いずれ天罰を食らう覚悟のできている狐」
――幕
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