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1.高校生探偵集合
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仮想空間での探偵ゲームを始めるに当たって、六名の参加者は男女のチームになるよう、くじを引いた。互いに面識はなく、この場――ホテルの大ホールに特設されたイベント会場での顔合わせが初対面となる。今回は高校生大会とあって、年齢層は同じ。このゲームについてのキャリアも同程度だ。
F高校の二年生、桐生真也は、H学園の片薙すみれと組むことになった。H学園は芸能活動をしている者が多く通うことで有名な学校で、片薙すみれも一端のタレントとしてそれなりに名を知られている。そのためか、桐生が先に自己紹介をしたのだが、相手からはなかった。桐生は面倒だなと内心感じつつも、下手に出る。
「もしかすると、“あの”片薙すみれさんですか。タレントで、人気のある」
「――よかった。見て分からないのかと思って、不安だったよ」
甘えた響きを含む返事があった。“僕っ娘”を連想させる典型的な作り声に、アヒル口の仕種。桐生はますます面倒くささを覚えたが、顔には出さないでおく。
「タレントがこんなゲームの大会に参加するなんて、何か訳ありっぽい……まさか、優勝が義務づけられているとか、八百長とかじゃないでしょうね」
「別にそんなのはないよ。元々好きだし、活躍して目立てばいいんだ。おバカな感じで目立つのはだめっていうだけ」
「これ、得意なの? だったら、自分は出しゃばらないのがいいのかな。片薙さんの活躍が前面に出るように」
「そこまで気を遣わなくていいよっ。ま、奉仕してくれるって言うのなら、推理は君がして、答えるのはこっちってことにしてもらえたら嬉しいけれどね」
さすがにそんなつもりはない。気になるのは、イベント的・番組的に配慮しなきゃいけないのかどうかなのだが、スタッフから前もって示唆されてはいないし、当人もこの調子なのだから空気を読めということでもなさそうだ。しかしそうなると。
「一人だけ有名人がいるのって、バランスが悪いような」
この疑問を待っていたかの如く、片薙が即答する。
「それがそうでもないんだな。君が知らないってだけで、女は三人とも有名人だよ。って言っても、私も知らされるまでは知らなかったんだけれど」
一人称が「私」であることが確認できて、幾分面倒くささが和らいだ。それはさておき、有名人とはどういう意味だろうと、目で問う桐生。
「長谷川有吾は知ってるでしょ?」
「もちろん。大御所の小説家で、歴史物が多い。でも、二作しか読んだことない」
「馳千波って子は、長谷川有吾のお孫さんだそうだよ」
「へ-」
それを有名人と呼んでいいのかボーダーライン上だと思った桐生だが、視線を名前の挙がった馳千波へと向く。すらりとした手足の持ち主で、文学少女というよりスポーツをやるのが似合いそうだが、掛けている眼鏡は厚くて度がきつそうにも見える。
「言っとくけど、あの子自身が小説を書くのかどうかは知らない」
「なんだ」
「でも才能はあると専らの噂だって、知り合いから聞いた。出版社の人」
「ひょっとしたら、推理小説を書くのかもな。このゲームイベントに出るくらいだから」
「そう言う桐生君は、何か特技あるのかな」
「特技……強いて言えば、この探偵ゲームは得意だと自負してるけど」
「探偵の資質があるとか?」
「そんなことよりも、もう一人の女子は? 有名人なら聞いておきたいな」
「ああ。高田鈴子って子はオセロチャンピオン。ジュニア部門だけど、世界一を一回、二位を二回、獲ってるはず」
「そう言われると、ニュースで見た覚えがあるようないような」
おかっぱ髪の女子へ視線を移す。男避けのためにわざと野暮ったいなりをしてるんじゃないかと思いたくなるくらい、似合っていない。ただ、コンビを組んだ相手の男子とは、普通に会話しているようだった。
<お互い、自己紹介は済ませたね?>
会場にアナウンスが流れた。このイベントの司会でお馴染み、というか他に何の仕事をやっているのか分からないタレント、テーリン吹田の声だ。
<時間も来たから、席に着いてください。まずはカード争奪戦だよ>
席と言っても、椅子がある訳でなく、チーム二人が横並びに立てるボックスが三つ。それぞれのチーム間及びコンビを組む仲間の間には仕切りがある。そして各人の前には早押しのためのボタンと、専用のペンとモニターが用意されていた。
このあと、チームの組み合わせがどうなったかの確認と過去の戦績等のプロフィールが、改めて観客向けに人物紹介がなされた。ついでに、コンビ相手についての感想も求められる。桐生は驚いただの恐縮だの光栄だのと適当に答えておいた。今、一番に考えるのは、対戦相手のこと。女性陣については知らなかったが、男性陣三人は互いに顔見知りだ。日常生活で、ではなく、このゲームの常連かつ強豪として。
馳千波と組んだのは、石倉隆司。三年生で将来はプロのゲームプレイヤーを公言している。ゲームのタイプは何でも一通りこなすらしいが、一年前に始まった探偵ゲームでも頭角を現してきた。
残る一人、高田鈴子と組んだのは、螢川健人。一年生で、公式戦の数で言えば最もキャリアが浅い。でもここのところ力を付けて、高校生三強と呼ばれるまでになった。
桐生は、自身が本命と目されていることを分かっていた。他のゲームは一切やらず、探偵ゲーム専門。年齢のカテゴリーなしの大会での優勝回数は、参加者中トップ。ただし、石倉と同じ大会に出ると、勝率が落ちる。理由ははっきりしていて、このあと始まるカード争奪戦で後手に回ってしまうからだ。
カード争奪戦は三チームが異なる七種のカードの獲得を目指して行われるバトルで、各カードにはそれぞれ探偵ゲームを有利に運ぶための効能が付加されている。カードの内容は固定されてはいないが、これまでの経験で毎回確実にあったのは、「二枚舌:二度解答できる権利」と「クローズド:関係者を十名まで絞り込める」、「ロバの耳:秘密の仕掛けがあれば知ることができる」の三種。ちなみに――探偵ゲーム本番では仮想現実空間での殺人事件を体験し、謎を解くことが求められるが、原則として解答権は各チーム一度きり。殺人事件の“登場人物”は十人よりも多いこともあれば、少ないこともある。秘密の仕掛けがないことなんてざらにある。
<カード争奪戦に入るけれど、気になるのは当然、どんなカードがあるか?だよね。ちゃっちゃと発表しちゃうよ>
いつも通り姿を見せない吹田が、声だけで進行していく。
つづく
F高校の二年生、桐生真也は、H学園の片薙すみれと組むことになった。H学園は芸能活動をしている者が多く通うことで有名な学校で、片薙すみれも一端のタレントとしてそれなりに名を知られている。そのためか、桐生が先に自己紹介をしたのだが、相手からはなかった。桐生は面倒だなと内心感じつつも、下手に出る。
「もしかすると、“あの”片薙すみれさんですか。タレントで、人気のある」
「――よかった。見て分からないのかと思って、不安だったよ」
甘えた響きを含む返事があった。“僕っ娘”を連想させる典型的な作り声に、アヒル口の仕種。桐生はますます面倒くささを覚えたが、顔には出さないでおく。
「タレントがこんなゲームの大会に参加するなんて、何か訳ありっぽい……まさか、優勝が義務づけられているとか、八百長とかじゃないでしょうね」
「別にそんなのはないよ。元々好きだし、活躍して目立てばいいんだ。おバカな感じで目立つのはだめっていうだけ」
「これ、得意なの? だったら、自分は出しゃばらないのがいいのかな。片薙さんの活躍が前面に出るように」
「そこまで気を遣わなくていいよっ。ま、奉仕してくれるって言うのなら、推理は君がして、答えるのはこっちってことにしてもらえたら嬉しいけれどね」
さすがにそんなつもりはない。気になるのは、イベント的・番組的に配慮しなきゃいけないのかどうかなのだが、スタッフから前もって示唆されてはいないし、当人もこの調子なのだから空気を読めということでもなさそうだ。しかしそうなると。
「一人だけ有名人がいるのって、バランスが悪いような」
この疑問を待っていたかの如く、片薙が即答する。
「それがそうでもないんだな。君が知らないってだけで、女は三人とも有名人だよ。って言っても、私も知らされるまでは知らなかったんだけれど」
一人称が「私」であることが確認できて、幾分面倒くささが和らいだ。それはさておき、有名人とはどういう意味だろうと、目で問う桐生。
「長谷川有吾は知ってるでしょ?」
「もちろん。大御所の小説家で、歴史物が多い。でも、二作しか読んだことない」
「馳千波って子は、長谷川有吾のお孫さんだそうだよ」
「へ-」
それを有名人と呼んでいいのかボーダーライン上だと思った桐生だが、視線を名前の挙がった馳千波へと向く。すらりとした手足の持ち主で、文学少女というよりスポーツをやるのが似合いそうだが、掛けている眼鏡は厚くて度がきつそうにも見える。
「言っとくけど、あの子自身が小説を書くのかどうかは知らない」
「なんだ」
「でも才能はあると専らの噂だって、知り合いから聞いた。出版社の人」
「ひょっとしたら、推理小説を書くのかもな。このゲームイベントに出るくらいだから」
「そう言う桐生君は、何か特技あるのかな」
「特技……強いて言えば、この探偵ゲームは得意だと自負してるけど」
「探偵の資質があるとか?」
「そんなことよりも、もう一人の女子は? 有名人なら聞いておきたいな」
「ああ。高田鈴子って子はオセロチャンピオン。ジュニア部門だけど、世界一を一回、二位を二回、獲ってるはず」
「そう言われると、ニュースで見た覚えがあるようないような」
おかっぱ髪の女子へ視線を移す。男避けのためにわざと野暮ったいなりをしてるんじゃないかと思いたくなるくらい、似合っていない。ただ、コンビを組んだ相手の男子とは、普通に会話しているようだった。
<お互い、自己紹介は済ませたね?>
会場にアナウンスが流れた。このイベントの司会でお馴染み、というか他に何の仕事をやっているのか分からないタレント、テーリン吹田の声だ。
<時間も来たから、席に着いてください。まずはカード争奪戦だよ>
席と言っても、椅子がある訳でなく、チーム二人が横並びに立てるボックスが三つ。それぞれのチーム間及びコンビを組む仲間の間には仕切りがある。そして各人の前には早押しのためのボタンと、専用のペンとモニターが用意されていた。
このあと、チームの組み合わせがどうなったかの確認と過去の戦績等のプロフィールが、改めて観客向けに人物紹介がなされた。ついでに、コンビ相手についての感想も求められる。桐生は驚いただの恐縮だの光栄だのと適当に答えておいた。今、一番に考えるのは、対戦相手のこと。女性陣については知らなかったが、男性陣三人は互いに顔見知りだ。日常生活で、ではなく、このゲームの常連かつ強豪として。
馳千波と組んだのは、石倉隆司。三年生で将来はプロのゲームプレイヤーを公言している。ゲームのタイプは何でも一通りこなすらしいが、一年前に始まった探偵ゲームでも頭角を現してきた。
残る一人、高田鈴子と組んだのは、螢川健人。一年生で、公式戦の数で言えば最もキャリアが浅い。でもここのところ力を付けて、高校生三強と呼ばれるまでになった。
桐生は、自身が本命と目されていることを分かっていた。他のゲームは一切やらず、探偵ゲーム専門。年齢のカテゴリーなしの大会での優勝回数は、参加者中トップ。ただし、石倉と同じ大会に出ると、勝率が落ちる。理由ははっきりしていて、このあと始まるカード争奪戦で後手に回ってしまうからだ。
カード争奪戦は三チームが異なる七種のカードの獲得を目指して行われるバトルで、各カードにはそれぞれ探偵ゲームを有利に運ぶための効能が付加されている。カードの内容は固定されてはいないが、これまでの経験で毎回確実にあったのは、「二枚舌:二度解答できる権利」と「クローズド:関係者を十名まで絞り込める」、「ロバの耳:秘密の仕掛けがあれば知ることができる」の三種。ちなみに――探偵ゲーム本番では仮想現実空間での殺人事件を体験し、謎を解くことが求められるが、原則として解答権は各チーム一度きり。殺人事件の“登場人物”は十人よりも多いこともあれば、少ないこともある。秘密の仕掛けがないことなんてざらにある。
<カード争奪戦に入るけれど、気になるのは当然、どんなカードがあるか?だよね。ちゃっちゃと発表しちゃうよ>
いつも通り姿を見せない吹田が、声だけで進行していく。
つづく
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