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31.つかずはなれず
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探偵助手として、対象人物の尾行は基本中の基本であり、後ろ姿で個人特定することにも慣れている。だからこの感覚には自信がある。
一方で、モガラの右隣をややせかせかとした足取りで行く人物については、記憶を刺激するものがなかった。というのも、そいつはフード付きのだぼっとした外套らしき物をまとっていたからだ。まるで占い師か魔法使いのおばあさんを思わせるシルエットだが、身体の線がまったく分からないし、後頭部もフードの向こうだ。色合いが暗めのワインレッドに見えたのと、身長がモガラよりも頭一つ分ほど低かったので、女性である可能性が高そうだが確証はない。
積極的に怪しむべき点が他にあれば、追い抜き様にちらりと見てやるんだが、特に理由は見当たらない。カラバン探偵事務所の探偵及び探偵助手はなるべく“大事な人”を、つまりは愛する人や大親友を作らないように言われているけれども、絶対厳守のルールじゃない。こちらの顔を見られるリスクを冒すには、モガラが女性と付き合っているかも、ぐらいでは動けなかった。逆にモガラが僕を見掛けて認識したら、“何でこいつはこの短期間に二度も私の前に現れるんだ? しかも二度目はプライベートな場面に”と訝るかもしれない。悪くすると、探偵助手に採用されなくなる恐れが出て来る。それは避けたかった。
というような事情により、僕はそのままモガラ達を静かに見送った。公園内の三叉路で僕らが一度通った方向に彼らが進んだのを機に、この件は棚上げにする。
その途端に、エンドール嬢が小声で聞いてきた。
「どうかしたんですか? 急に生返事が増えてましたが。顔つきも若干、険しくなったみたいだから私も途中から口をつぐんでましたけど」
モガラの後方を歩いている間、僕の口数が減っていたらしい。その他表情に表れるとは、僕もまだまだだな。まあ気付かれた相手が、彼女でよかった。
「うん。前を行く人が、知り合いに似ていたと感じたからね。デート中だとしたら邪魔しちゃ悪いし、向こうも知られたくないかもしれないし」
「そこまで気を遣うのに、あとをつけるなんて、知り合いの相手がどんな人なのかは気になって仕方がない? しょうがありませんねえ」
年下の女性からだめ出しをされてしまった。
彼女はアイデン・モガラとは面識がないだろうから、気付かないのは当然だし、さっきの場面で「彼がカラバン探偵事務所の今の代表なんだ。代理だけどね」みたいに教えてやる必要もなかった。よかれ悪しかれ、後日に控える面接に影響が及ぶのは好ましくないと思ったから。
役立つかどうかも定かでない余計な情報などなくても、彼女の垣間見せた才能があれば、よほど優秀なライバルがいない限り、まず間違いなく採用されるはずだ。
「それで何の話を僕にしようとしてたんです、エンドールさんは」
お詫びのつもりで、尋ね直した。昼食はとうの昔に腹に収まっていた。
「あっ、そうそう。面接の日がもしも一緒だったら、私達、探偵事務所で顔を合わせるかもしれないじゃないですか。そのとき、どういう態度を取るのがいいのかなって気になったものだから。フランゴさんの考えを聞いておきたくて」
「確かに、決めておいた方がいいかもね。まあ、フェアにやりたいのなら、お互いに知らないふりをするのが正解じゃないかな」
「フェア、ですか」
「そう。恐らく他の応募者は単独で来るだろう。そんな中、僕とあなたがぺちゃくちゃおしゃべりしていたら、みんなの心をかき乱すかもしれない」
「なるほど。分かりました。フェアに行きましょう」
難しげな顔つきからにっこりすると、彼女は足を止め、私の方に向き直った。そして右手を差し出してくる。
「うん? 何事?」
「どういう枠で探偵助手の新規採用を競うのか分かりませんが、正々堂々と競う証に握手しませんか。知らないふりをするから、しばしのお別れでもあるんだし」
面白い子だ。私も足を止めて、空の紙コップを左手に持ち替えた。距離を詰めて、右手を出す。
「お互い、健闘を」
その後、探偵助手としての試験と面接が執り行われた。
僕やエンドール嬢が気にしていた事態、つまり若い女性限定だった採用面接に僕の分もまとめて行われるようなことはなかった。さすがに一流の探偵事務所とあって、そのくらいの配慮は当然だった。
そしてもっと心配していた採否の結果だが……。
「ちゃんといましたね、フランゴさん」
「そちらこそ」
初日の務め――研修が一段落しての休憩時、手洗い場にてエンドール嬢から話し掛けられた。他に誰もいないので気兼ねなく話せる。
「フランゴさんが合格したことには驚きませんけど、顔を合わせるとやっぱり驚きますよね」
「そんなこと、うっかり口にしたら、修練の項目を追加されそうだ」
僕ら新人二人を指導するのは、事務所の最年長者であるクラウス・コックス。体力こそ下降気味だが、それでも問題なく通用する。
「じゃあフランゴさんは、今朝、私を見たとき一切動じなかったんですか?」
エンドール嬢は幾分、不満そうに口を尖らせた。
一方で、モガラの右隣をややせかせかとした足取りで行く人物については、記憶を刺激するものがなかった。というのも、そいつはフード付きのだぼっとした外套らしき物をまとっていたからだ。まるで占い師か魔法使いのおばあさんを思わせるシルエットだが、身体の線がまったく分からないし、後頭部もフードの向こうだ。色合いが暗めのワインレッドに見えたのと、身長がモガラよりも頭一つ分ほど低かったので、女性である可能性が高そうだが確証はない。
積極的に怪しむべき点が他にあれば、追い抜き様にちらりと見てやるんだが、特に理由は見当たらない。カラバン探偵事務所の探偵及び探偵助手はなるべく“大事な人”を、つまりは愛する人や大親友を作らないように言われているけれども、絶対厳守のルールじゃない。こちらの顔を見られるリスクを冒すには、モガラが女性と付き合っているかも、ぐらいでは動けなかった。逆にモガラが僕を見掛けて認識したら、“何でこいつはこの短期間に二度も私の前に現れるんだ? しかも二度目はプライベートな場面に”と訝るかもしれない。悪くすると、探偵助手に採用されなくなる恐れが出て来る。それは避けたかった。
というような事情により、僕はそのままモガラ達を静かに見送った。公園内の三叉路で僕らが一度通った方向に彼らが進んだのを機に、この件は棚上げにする。
その途端に、エンドール嬢が小声で聞いてきた。
「どうかしたんですか? 急に生返事が増えてましたが。顔つきも若干、険しくなったみたいだから私も途中から口をつぐんでましたけど」
モガラの後方を歩いている間、僕の口数が減っていたらしい。その他表情に表れるとは、僕もまだまだだな。まあ気付かれた相手が、彼女でよかった。
「うん。前を行く人が、知り合いに似ていたと感じたからね。デート中だとしたら邪魔しちゃ悪いし、向こうも知られたくないかもしれないし」
「そこまで気を遣うのに、あとをつけるなんて、知り合いの相手がどんな人なのかは気になって仕方がない? しょうがありませんねえ」
年下の女性からだめ出しをされてしまった。
彼女はアイデン・モガラとは面識がないだろうから、気付かないのは当然だし、さっきの場面で「彼がカラバン探偵事務所の今の代表なんだ。代理だけどね」みたいに教えてやる必要もなかった。よかれ悪しかれ、後日に控える面接に影響が及ぶのは好ましくないと思ったから。
役立つかどうかも定かでない余計な情報などなくても、彼女の垣間見せた才能があれば、よほど優秀なライバルがいない限り、まず間違いなく採用されるはずだ。
「それで何の話を僕にしようとしてたんです、エンドールさんは」
お詫びのつもりで、尋ね直した。昼食はとうの昔に腹に収まっていた。
「あっ、そうそう。面接の日がもしも一緒だったら、私達、探偵事務所で顔を合わせるかもしれないじゃないですか。そのとき、どういう態度を取るのがいいのかなって気になったものだから。フランゴさんの考えを聞いておきたくて」
「確かに、決めておいた方がいいかもね。まあ、フェアにやりたいのなら、お互いに知らないふりをするのが正解じゃないかな」
「フェア、ですか」
「そう。恐らく他の応募者は単独で来るだろう。そんな中、僕とあなたがぺちゃくちゃおしゃべりしていたら、みんなの心をかき乱すかもしれない」
「なるほど。分かりました。フェアに行きましょう」
難しげな顔つきからにっこりすると、彼女は足を止め、私の方に向き直った。そして右手を差し出してくる。
「うん? 何事?」
「どういう枠で探偵助手の新規採用を競うのか分かりませんが、正々堂々と競う証に握手しませんか。知らないふりをするから、しばしのお別れでもあるんだし」
面白い子だ。私も足を止めて、空の紙コップを左手に持ち替えた。距離を詰めて、右手を出す。
「お互い、健闘を」
その後、探偵助手としての試験と面接が執り行われた。
僕やエンドール嬢が気にしていた事態、つまり若い女性限定だった採用面接に僕の分もまとめて行われるようなことはなかった。さすがに一流の探偵事務所とあって、そのくらいの配慮は当然だった。
そしてもっと心配していた採否の結果だが……。
「ちゃんといましたね、フランゴさん」
「そちらこそ」
初日の務め――研修が一段落しての休憩時、手洗い場にてエンドール嬢から話し掛けられた。他に誰もいないので気兼ねなく話せる。
「フランゴさんが合格したことには驚きませんけど、顔を合わせるとやっぱり驚きますよね」
「そんなこと、うっかり口にしたら、修練の項目を追加されそうだ」
僕ら新人二人を指導するのは、事務所の最年長者であるクラウス・コックス。体力こそ下降気味だが、それでも問題なく通用する。
「じゃあフランゴさんは、今朝、私を見たとき一切動じなかったんですか?」
エンドール嬢は幾分、不満そうに口を尖らせた。
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