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28.ヒトヒト、ヌメヌメ

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「ひゃく……? そういや、絶滅したとか言ってましたけど、何でそんな現存しないような病気に?」
「最初にあんたと会ったときに説明してもよかったんだが、基本的には無関係だから黙っておいたことがある。縁明師はある程度の幅で、過去や未来を行き来できるんだ」
「……それって時間を旅することが可能って意味?」
「ああ。旅っていう響きが持つ優雅さはないがな。この能力があるからこそ、あんたのような不遇な人を助けられるんだ」
 でも基本的には無関係って。
「一人の人に救いの機会を設ける!と決めたあとは、その役目が終わるまで時空を超えての行き来は一切できなくなる。あくまでも、不遇を託っている人々を見つけるための能力っていう位置付けなのさ」
 そういう仕組みになっているのか。縁明師という仕事?役目?に一気に興味がわいた。時間を行き来できるのなら――。
「あ、これも併せて言っておかなくちゃなんねーだったな。仮に今回の俺の役目がつつがなく完了したとして、その後、俺があんたのために過去に行って、迷宮入りしていた事件の真相を見てくる、物的証拠を掴んでくる、なんてのは許されちゃいないから」
 なんだ、がっかり。万能の道具じゃないかと思ったんだけどねえ。
「色々と辻褄が合わなくなるからな。すでに起きちまった出来事の修正は、最小限の範囲にとどめるのが習わしだ」
 僕みたいな人を助けることについても、同じ習わしが適用されるんですね?
「原則そうだな。で、世によくある話だが、何事にも例外はある。あんたの場合、前よりも不幸になったら本末転倒だろ? そうならないように俺は“ささやか”かつ“さりげなく”補助するんだが、どうしても食い止められなかった場合は……あとは勝手に想像してくれ」
 過去に介入するとか、もう一度だけやり直せるとか?
「わりぃな、そいつには答えられない。そうなったときのみどうこう言う権利が俺にも生じる」
 それもまた習わしってことですね。しょうがないな、了解。じゃあ、サマキ病についてもっと詳しく教えてほしい。
「おう、もちろんそのつもりだ。どこまで話したっけか……大昔に消えてなくなった病気だってところまでだったな。んで、さっき言ったように俺は過去にも行けるから、“今”のこの時代にはない病に罹患する可能性は常にある。当然、前もって予防注射を打つなどして対策を取った後に行くんだが、今回は問題のダニそのものを連れて、戻ってしまったようなんだな。殺虫剤の効果をすり抜ける特異な個体が稀にいて、完璧には防ぎきれない。突然変異だから長生きはできず、じきに死んじまうんだけどな。俺本来の時代に戻った際、検査を受けて症状は出てなかったんだが、遅れて発症したとしか考えられねえ」
「だいたい分かったけれども……大事なことだから、声に出して聞くよ?」
「大事だから声に出すというその理屈はよく分かんねえんだけど、部屋には他に誰もいないんだから好きにするがいいさ」
「清原さんは僕の前に、サマキツツガムシが現に生息する時代・地域の人を助けに行っていたってことだよね? どうして罹患する危険性のあるヤポナの清原さんがそんな役目を? 普通に考えれば安全策を取って、アジアにはアジア人種以外の縁明師を派遣?するのが論理的なじゃないかな」
「……すげーな。そんな細かいことに気付いて、気にするか、普通? さすが探偵助手って言うべきだよな、これ」
「いや、探偵だからかどうかは分からないけど」
「とりあえず、理由はちゃんとある。俺が前に行った時代・地域は、文明の面でまだまだ未開の地だったんだ。西洋の人種が行けば、たちどころに襲われかねない。メイクで変装する手もあるにはあるが、不安は残る。それなら最初っからアジア系の縁明師を送り込めばいいんじゃね? ダニには充分注意するってことで平気じゃね?といった次第さ」
「理解できましたけど、そんなのりで決めてんですか、“じゃね?”って……」
「いや、今のは俺が適当にでっち上げた。実際はきちんと真面目に検討して、決定を下してるさ」
 それならかまいません、うん。
 あと、気になっているのは、この病気になったのって何日くらい前なんだろうかってこと。もしかしたらエンドールにも感染した可能性が?
「エリナ・エンドールはアジアの血が混じっているから、感染する可能性はあるが、発症はしないはずだ。さっきも説明したように、アジア人種の血が半分を下回っていたら影響が比較的弱い。」
 それなら一安心。と言いたいところだけど、感染者から新たに人への感染、いわゆる“ひとひと感染”の可能性はあるんじゃあないの?
「条件や状況によっちゃあ、起こり得る。粘膜や傷口に病原菌が付着した場合だな。具体的には、感染者が相手の口の中や眼ん玉その他人体に色々あるぬめっとした部分に触んなきゃ大丈夫。触ったからって確実にうつるもんでもないが」
 今度こそ安心できた。エンドールはどこにも怪我をしていなかったし、僕からも粘膜のある箇所を触れなかったはずだ。
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