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25.知己を前に初対面のふり

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 話の途中で、事務所内の緊張が溶けていくのが感じ取れた。まだ顔も知らない賊は大人しくなり、通報により警察がやって来る算段も整ったようだ。
「ああ、そういうことでしたか。毎回、募集のカテゴリは異なっているから、自分には答えられないなあ。分かる人がいるにはいるんですが、闖入者の仕業で軽傷を負ったので治療をしなければいけないし、警察にも証言しなくちゃいけないだろうな……ちょっと待ってて。聞いてきてあげますよ」
「あ、いえ、負傷されたとあっては、無理をしてほしくありません。僕は出直しますから、治療に専念してください」
「そうですか。じゃあ、名刺を渡しておきますから、後日――」
 ソードの台詞が終わらぬ間に、モガラが出て来た。
「だいたいのやり取りは聞いていた。フランゴさん、私はアイデン・モガラと言います。現在、この事務所の代表代理といった立場にあります」
 握手を求めてきそうな雰囲気を感じ取り、僕は急いで口を開いた。とてもじゃないが、モガラとは握手する気になれない。
「ああっ、カラバンさんの症状はまだ完全には回復されていないんでしたね! それで、代表のモガラさんが、何か?」
「警察に話を聞かれるのは、あなたも同様ですよと申し上げたい。犯人の凶器を奪い取って、我々に協力してくれたのですからな」
「あっ、そうか。当然そうなりますね」
 本当はとうに覚悟していたが、さも、これまで気付かないでいたかのように振る舞う。
「お忙しいかもしれませんが、ぜひとも警察にも協力していただきたい。探偵事務所と警察とは持ちつ持たれつの部分があるものでね。なるべく彼らを煩わせたくないのですよ」
「ええ、よく理解しています。どこか近場で待たせてもらうとします」
「中で待ってくれてかまわない。待つ間に、あなたの持って来た問い合わせにお答えできるし、関心がおありならこの事務所で何があってこうなったのかについてもお話しできることでしょう」
「それじゃ、お言葉に甘えて中で待たせてもらいます」
「ありがとう。――ソード君、案内を頼むよ」
 モガラはそう言って、続けてソードに耳打ちをしてから部屋の中へと引き返していく。
 一方、ソードは静かに首肯したあと、僕に「こちらへ」と言い、モガラに後れて事務所内へと導いた。
 局所的に物が散乱した室内で、数名が片付けにいそしんでいる。問題の闖入者は男性で後ろ手に縛られ、さらにその縄の他端は部屋中程の壁に走る太い柱に、きつく結わえられていた。
 男のそばには探偵助手の中でも一番の年長者、きれいな禿頭のクラウス・コックス翁がしゃがみ込み、何やらこんこんと言い聞かせている。相手は観念したのか、すっかり大人しくなっている。俯いているので顔立ちは判然としないが、肌の感じは四十前後、長めのブラウンヘアーの持ち主と見て取れた。
 凶器を奪い取ったのが僕だと知られたら、収まりつつあるのがまた沸騰するかもしれない。そそくさと通り過ぎた。そのまま、パーティションで区切られた一角へ、ソードと共に入る。
「ここでお待ちください。うちの秘書に当たる者を呼んできます」
「あの、治療は……」
「先ほど、モガラ代表代理から、怪我の程度は軽いようだと聞かされました。なので、大丈夫でしょう」
「そうですか、それはよかった。でも何かすみません」
 ソードはお気になさらずと言い置いて、きびきびした足取りで出て行く。三十秒ほど経ってから、入れ替わりでギップスさんがやって来た。左の手の甲に白い包帯を巻いているが、つらそうな素振りは見られない。むしろ、笑顔で僕への応対を始めてくれた。
「お待たせしました。私、当探偵事務所で秘書を任じられています、ニイカ・ギップスという者です。あなたがディッシュ・フランゴさんですね」
「はい」
 空いている椅子に腰掛け、深めのお辞儀をしてきたので、僕も同じようにした。
 それにしても彼女はとっても早口だ。普段通りの彼女のペースであるkとおを僕は知っているけれども、部外者を相手にするときはもっとゆっくりした口調でしゃべる人なので、ちょっと変だなと首を傾げたくなる。だが、少し考えて理解した。襲撃されて神経が高ぶっているのだとしたら、普段の早口が出てもおかしくはない。
「先にお礼を述べさせてください。フランゴさんの加勢のおかげで、物事が早く収まりましたし、私も早く手当を受けることができました。ありがとうございます。感謝に堪えません」
 再度のお辞儀。僕は「いえ。できる範囲のことをしたまででして」と応じ、お顔をあげてくださいというニュアンスで、両手の平を振った。
「フランゴさんはおかげはなかったでしょうか」
「ええ、幸いにも」
「それはほっとしました。――では、警察が間もなく来ると思われるので、お問い合わせについてお聞かせ願います」
 いつの間に用意したのか、メモを構えるギップスさん。僕は少し間を取り、“知り合いの女性の抱いている懸念”ということにして、採用後の扱いについて尋ねた。
「なるほど、分かりました。ご友人の女性がそのような懸念を抱かれるのは理解できますが、心配無用です」
 メモ用の小型ノートを閉じ、ギップスさんは断言した。
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