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24.臨機応変
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予想外のことにびくっとなる僕の耳に、続いて男性の鋭い声が届く。
「こいつ、大人しくしろ!」
僕は一瞬、身を沈ませかけたが、じきに想像が追い付いた。中で捕り物が行われている? 声の主はかっての僕の同僚、リオン・ソードだと思う。探偵として求められる以上の体術・武術の心得がある彼が苦戦しているのか? 少なくとも訓練ではなさそうだ。どたばたと足音及び物が落ちたり割れたりする音が依然として続いている。
すぐにでも飛び込んで、状況をこの目で確かめたいところだったけれども、迂闊にドアを開けて首から上を覗かせると、中にいる“犯人”?に人質として捕まってしまう恐れ、なきにしもあらずだ。
「手に持っている物を離せ!」
「もう逃げられんぞ。あきらめろ」
ソードとは別に、モガラの声も聞こえた。
逃げられないぞと言うからには、ドアとは反対方向に賊を追い詰めているのかな? その割には磨りガラス越しに見える犯人らしき人影は、扉に近いところにいるような。僕がいない間に、新たに防犯対策を施した? たとえば必要に応じて、部屋のドアをロックできる仕組みにしたとか。
想像を巡らせていると、ドアノブを回そうとする動作の表れか、がちゃがちゃとノブが音を立てる。さっきの想像、当たりかもしれない。
と思っていると、今度は突然、磨りガラスが割られた。細長い金属の棒を得物としているようだ。その凶器を使っても、硬質なガラスを一撃で破るのは無理だったらしく、第二撃の動きに入る。その様が僕のいるところからよく見えた。
僕はタイミングを見計らって、突き出された凶器を掴んだ。できれば犯人の手も絡め取りたかったが、高望みはしない。金属の棒――建築資材の切れ端か――を素早く奪い取る。ほぼ同時に、中から「うっ?」という戸惑いが露わな短い呻き声が聞こえた。
さらに続けて、「今だ!」「よし、確保!」というような一連の捕縛行為を想像させる声が上がると共に、ドアや壁がずしんと揺れた。
「廊下に誰かいるようだ」
モガラの声。
「ソード君、様子を見てくれ。うちの者がちょうど戻って来たのなら、黙りこくっているのも少々変だ。念のため、気を付けてな」
「承知しました。そっちは任せますよ」
鍵の解除される音がして、ドアがそろりそろりと開かれる。
「そこにいるのは誰です?」
丁寧な言い方だが、殺気をはらんでいるソードの口ぶり。
僕は不審者扱いされないよう、相手の姿がまだ見えない内から、賊の手から捻り取った凶器を床に置き、両手をホールドアップの状態に掲げた。
「……あなたは?」
隙のない臨戦態勢を取りつつ、誰何してくるソード。
こっちは懐かしさでちょっとばかり涙腺が緩んでいるというのに、鋭い目つきで見据えられるのは悲しいものだ。
「僕はフランゴ。ディッシュ・フランゴという者です。あいにく、身分を証明する物は持っていませんが、問い合わせしたいことがあってこちらを訪れたところ、何か騒ぎに」
「フランゴさん? あなたはうちへの依頼人ですか」
ソードは若干、警戒を緩めてくれた。そして彼の問い掛けに僕が答えない内に、足元にある凶器に気付いたようだ。
「あの棒、あなたが奪い取ってくれたんですか」
「え、ええ。いきなり飛び出てきたものだから、焦りました。ガラスの破片も飛び散って怯んだんですけど、中の様子が尋常じゃなかったので、少しでもお助けできればと」
「そうでしたか。ありがとう。それにすみません、物騒なところをお目に掛けてしまって」
「あの、もう手を下ろしても……?」
「あっ、もちろん。事務所の方へどうぞと言いたいところですが、こんな有様だし――」
肩越しに室内を振り返り、すぐに姿勢を戻すソード。
「これから警察に連絡して、来てもらうことになるから、落ち着くまで時間が掛かるのは必定なので……元々の用件はすぐに済みそうなことですか?」
「多分。事務員のような方にお伺いすれば……探偵助手募集の件について」
僕も事務所の中を覗いてみた。ギップスさんは不在なのか、それとも賊襲撃の状況下では足手まといになりかねないからと奥の部屋に引っ込んでいるのか、とにかく見当たらなかった。
「それなら私にでも答えられるかもしれない。ひょっとしてフランゴさん、あなたが探偵助手志望?」
うーん、少々困る質問が来た。
いずれそういう希望を持っていることを示すつもりでいたのは確かだが、今日のところはエンドールの、というか架空の妹の疑問を持ってきた体で訪問したのだ。段取りを飛ばすのはありかなしか。ここでソードの質問に否定的な返事をすると後々、辻褄が合わなくなる。
「いえ、女性のみを対象に募っていることは承知しています。探偵助手になりたい希望は持っていますが、本日窺ったのは僕の知り合いの女性の問い合わせを、代わりに持って来たんです。彼女はこちらへの応募を考えているのですが、本当に探偵助手としての仕事をさせてもらえるのかどうか、懸念していまして。要するにお茶くみや資料整理に回されるのではないかと心配しているんです」
「こいつ、大人しくしろ!」
僕は一瞬、身を沈ませかけたが、じきに想像が追い付いた。中で捕り物が行われている? 声の主はかっての僕の同僚、リオン・ソードだと思う。探偵として求められる以上の体術・武術の心得がある彼が苦戦しているのか? 少なくとも訓練ではなさそうだ。どたばたと足音及び物が落ちたり割れたりする音が依然として続いている。
すぐにでも飛び込んで、状況をこの目で確かめたいところだったけれども、迂闊にドアを開けて首から上を覗かせると、中にいる“犯人”?に人質として捕まってしまう恐れ、なきにしもあらずだ。
「手に持っている物を離せ!」
「もう逃げられんぞ。あきらめろ」
ソードとは別に、モガラの声も聞こえた。
逃げられないぞと言うからには、ドアとは反対方向に賊を追い詰めているのかな? その割には磨りガラス越しに見える犯人らしき人影は、扉に近いところにいるような。僕がいない間に、新たに防犯対策を施した? たとえば必要に応じて、部屋のドアをロックできる仕組みにしたとか。
想像を巡らせていると、ドアノブを回そうとする動作の表れか、がちゃがちゃとノブが音を立てる。さっきの想像、当たりかもしれない。
と思っていると、今度は突然、磨りガラスが割られた。細長い金属の棒を得物としているようだ。その凶器を使っても、硬質なガラスを一撃で破るのは無理だったらしく、第二撃の動きに入る。その様が僕のいるところからよく見えた。
僕はタイミングを見計らって、突き出された凶器を掴んだ。できれば犯人の手も絡め取りたかったが、高望みはしない。金属の棒――建築資材の切れ端か――を素早く奪い取る。ほぼ同時に、中から「うっ?」という戸惑いが露わな短い呻き声が聞こえた。
さらに続けて、「今だ!」「よし、確保!」というような一連の捕縛行為を想像させる声が上がると共に、ドアや壁がずしんと揺れた。
「廊下に誰かいるようだ」
モガラの声。
「ソード君、様子を見てくれ。うちの者がちょうど戻って来たのなら、黙りこくっているのも少々変だ。念のため、気を付けてな」
「承知しました。そっちは任せますよ」
鍵の解除される音がして、ドアがそろりそろりと開かれる。
「そこにいるのは誰です?」
丁寧な言い方だが、殺気をはらんでいるソードの口ぶり。
僕は不審者扱いされないよう、相手の姿がまだ見えない内から、賊の手から捻り取った凶器を床に置き、両手をホールドアップの状態に掲げた。
「……あなたは?」
隙のない臨戦態勢を取りつつ、誰何してくるソード。
こっちは懐かしさでちょっとばかり涙腺が緩んでいるというのに、鋭い目つきで見据えられるのは悲しいものだ。
「僕はフランゴ。ディッシュ・フランゴという者です。あいにく、身分を証明する物は持っていませんが、問い合わせしたいことがあってこちらを訪れたところ、何か騒ぎに」
「フランゴさん? あなたはうちへの依頼人ですか」
ソードは若干、警戒を緩めてくれた。そして彼の問い掛けに僕が答えない内に、足元にある凶器に気付いたようだ。
「あの棒、あなたが奪い取ってくれたんですか」
「え、ええ。いきなり飛び出てきたものだから、焦りました。ガラスの破片も飛び散って怯んだんですけど、中の様子が尋常じゃなかったので、少しでもお助けできればと」
「そうでしたか。ありがとう。それにすみません、物騒なところをお目に掛けてしまって」
「あの、もう手を下ろしても……?」
「あっ、もちろん。事務所の方へどうぞと言いたいところですが、こんな有様だし――」
肩越しに室内を振り返り、すぐに姿勢を戻すソード。
「これから警察に連絡して、来てもらうことになるから、落ち着くまで時間が掛かるのは必定なので……元々の用件はすぐに済みそうなことですか?」
「多分。事務員のような方にお伺いすれば……探偵助手募集の件について」
僕も事務所の中を覗いてみた。ギップスさんは不在なのか、それとも賊襲撃の状況下では足手まといになりかねないからと奥の部屋に引っ込んでいるのか、とにかく見当たらなかった。
「それなら私にでも答えられるかもしれない。ひょっとしてフランゴさん、あなたが探偵助手志望?」
うーん、少々困る質問が来た。
いずれそういう希望を持っていることを示すつもりでいたのは確かだが、今日のところはエンドールの、というか架空の妹の疑問を持ってきた体で訪問したのだ。段取りを飛ばすのはありかなしか。ここでソードの質問に否定的な返事をすると後々、辻褄が合わなくなる。
「いえ、女性のみを対象に募っていることは承知しています。探偵助手になりたい希望は持っていますが、本日窺ったのは僕の知り合いの女性の問い合わせを、代わりに持って来たんです。彼女はこちらへの応募を考えているのですが、本当に探偵助手としての仕事をさせてもらえるのかどうか、懸念していまして。要するにお茶くみや資料整理に回されるのではないかと心配しているんです」
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