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19.飲んだり食ったり両陣営
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「それも先生のご指示かい? ちょうど担当する仕事がないからいいんだが、事務所全体の業務に関わることだから、結構責任が大きいな。カラバン先生の眼鏡にかなう人物を採りたい」
「それも確かに重要です。けれども私としては別の視点も持って欲しいのですが」
ニイカの異議にモガラは飲み干そうとしていたカップを、テーブルに戻した。
「私の選考基準のことか?」
「はい。選ぶのなら、私達の味方になり得る人物か、私達で容易に制御できる人物、もしくは些細な悪事には目を瞑るような人物。この辺りにするのが望ましいと思っていますが、いかがかしら」
「……言いたいことは分かる」
顎をひと撫でし、モガラは改めてコーヒーを飲み干した。
「ただ、君の考えに沿った人選をするとしたって、今言った三つ目は現実的ではないな。悪事に目を瞑るような輩は、応募してこんさ」
「では与しやすい性格の人を選んでください。私からのお願いです」
ニイカがスプーンでグラスの中の液体をかき混ぜると、からからと音がした。ソーダはまだ半分以上残っていたため、発生した泡が溢れんばかりに盛り上がる。
「ま、従順で探偵助手をこなせる人材なら、意識して探せば見つけ出せると思う。実際のところ、何名くらい集まりそうなのかな? それから採用枠は一名だけと決まってる?」
「先に人数については、募集では若干名としています。優秀な人材が多くいればなるべく採るようにという、先生のご意向ですので。そして肝心の応募数ですが、短期間の内に一時は二十余名に達しました。が、タイタス・カラバン入院の報が流れてからは、先ほど触れたように辞退者がかなり出ています」
「やはりそうか。予想通りとは言え、ちょっと情けない」
下を向き、頭を何度か振った。
「それに分母が小さいと、それだけ我々が望むような人材は見付かりにくくなるな」
「ですわね……いっそ、募集に応じてきたのは全部落として、私かあなたが選んだ者をこっそり通すというのはどうかしら」
モガラははっとして、相手の方を見た。明白な悪だくみを淡々と口にしたニイカは、澄まし顔でゆっくりと飲み物を飲んでいた。
「なかなかのアイディアだが、露見する危険もある。カラバン先生を甘く見ない方がいいだろう」
「そうね」
崇拝ぶりをまた揶揄されるんだろうなと半ば覚悟していたモガラだったが、ニイカの反応は拍子抜けするほど素直なものだった。ソーダを飲むのをやめ、目つきに鋭さが宿っている。
「あまりいい加減なことは、しない方が身のためだわ。時期が時期だし。新しく若い女性助手を選考するのは、真っ当に行うとしましょう。モガラさん、あなたのセンスにお任せします」
「分かった。――選ぶ指針そのものは変更なし、という意味に受け取っていいんだな?」
「もちろんよ。いちいち確かめなくても分かってくれているだろうと、信じていた」
濡れた瞳で見上げてくるニイカ。モガラは思わず息を漏らすような笑みを浮かべた。
「ふっ。私の方はまだまだ修行が足りないな。あなたのような女性の心理を読めたとしても、確認しないことには自信が持てない」
「カラバン先生に安心してもらうためにも、モガラさんがさらに力を付けることは大事でしょうね」
先生のためにと言われると、いや言われなくとも発憤するには充分だった。
* *
清原氏の存在を肩口に意識しつつ、僕は料理屋に入った。オーダーする段階になって、二人前を頼むべきなのかなと、心での会話をやり取りする。清原氏からの返答は「一人前でも大丈夫だし、二人前だろうと協力して食えば平らげることは簡単だぜ」というものだった。
「人生復帰の一食目ってことで、豪勢にする理由付けは充分だろ」
いやそもそも死んだという感覚に乏しいんだけどね。無論、首に縄を掛けられた感触だけは、ひどく生々しく記憶に残っているし、あのときが間違いなく死に最も近づいた瞬間だったと理解はしている。
この経験があれば、探偵活動も真の意味で命を賭してやれるかもしれない。
それはさておき、メニュー表を眺めた僕は多少迷った挙げ句、パスタとピラフを一皿ずつ注文した。
「何だ何だ、その関西人風のオーダーは」
カンサイ人が人種なのか民族なのか分からないけど、清原氏の風貌からしてお米の入ったメニューが好みではないかと思った訳で。
「ああ、気遣いか。気持ちはうれしいが、中途半端だな。そりゃ米は喜んで食べるぜ。ただ、バタ臭いのは程度問題で」
じゃあ変更する?
「いやそのままだ。あんたの食事に慣れておく必要もあるんでね」
店は早さも取り柄の一つらしく、すぐにメニューはそろった。
「あ、食べ始める前に一つだけ、俺からの頼みを聞いてくれるか?」
何でしょう? スプーンとフォーク、どちらを先に持つかを決めかねていた僕は、すっと手を引いた。
「俺の国の流儀っていうか作法を入れてもらいたい。両手を合わせ、食事を始める前には『いただきます』、食べ終わったあとは『ごちそうさま』と唱えるんだ」
「それも確かに重要です。けれども私としては別の視点も持って欲しいのですが」
ニイカの異議にモガラは飲み干そうとしていたカップを、テーブルに戻した。
「私の選考基準のことか?」
「はい。選ぶのなら、私達の味方になり得る人物か、私達で容易に制御できる人物、もしくは些細な悪事には目を瞑るような人物。この辺りにするのが望ましいと思っていますが、いかがかしら」
「……言いたいことは分かる」
顎をひと撫でし、モガラは改めてコーヒーを飲み干した。
「ただ、君の考えに沿った人選をするとしたって、今言った三つ目は現実的ではないな。悪事に目を瞑るような輩は、応募してこんさ」
「では与しやすい性格の人を選んでください。私からのお願いです」
ニイカがスプーンでグラスの中の液体をかき混ぜると、からからと音がした。ソーダはまだ半分以上残っていたため、発生した泡が溢れんばかりに盛り上がる。
「ま、従順で探偵助手をこなせる人材なら、意識して探せば見つけ出せると思う。実際のところ、何名くらい集まりそうなのかな? それから採用枠は一名だけと決まってる?」
「先に人数については、募集では若干名としています。優秀な人材が多くいればなるべく採るようにという、先生のご意向ですので。そして肝心の応募数ですが、短期間の内に一時は二十余名に達しました。が、タイタス・カラバン入院の報が流れてからは、先ほど触れたように辞退者がかなり出ています」
「やはりそうか。予想通りとは言え、ちょっと情けない」
下を向き、頭を何度か振った。
「それに分母が小さいと、それだけ我々が望むような人材は見付かりにくくなるな」
「ですわね……いっそ、募集に応じてきたのは全部落として、私かあなたが選んだ者をこっそり通すというのはどうかしら」
モガラははっとして、相手の方を見た。明白な悪だくみを淡々と口にしたニイカは、澄まし顔でゆっくりと飲み物を飲んでいた。
「なかなかのアイディアだが、露見する危険もある。カラバン先生を甘く見ない方がいいだろう」
「そうね」
崇拝ぶりをまた揶揄されるんだろうなと半ば覚悟していたモガラだったが、ニイカの反応は拍子抜けするほど素直なものだった。ソーダを飲むのをやめ、目つきに鋭さが宿っている。
「あまりいい加減なことは、しない方が身のためだわ。時期が時期だし。新しく若い女性助手を選考するのは、真っ当に行うとしましょう。モガラさん、あなたのセンスにお任せします」
「分かった。――選ぶ指針そのものは変更なし、という意味に受け取っていいんだな?」
「もちろんよ。いちいち確かめなくても分かってくれているだろうと、信じていた」
濡れた瞳で見上げてくるニイカ。モガラは思わず息を漏らすような笑みを浮かべた。
「ふっ。私の方はまだまだ修行が足りないな。あなたのような女性の心理を読めたとしても、確認しないことには自信が持てない」
「カラバン先生に安心してもらうためにも、モガラさんがさらに力を付けることは大事でしょうね」
先生のためにと言われると、いや言われなくとも発憤するには充分だった。
* *
清原氏の存在を肩口に意識しつつ、僕は料理屋に入った。オーダーする段階になって、二人前を頼むべきなのかなと、心での会話をやり取りする。清原氏からの返答は「一人前でも大丈夫だし、二人前だろうと協力して食えば平らげることは簡単だぜ」というものだった。
「人生復帰の一食目ってことで、豪勢にする理由付けは充分だろ」
いやそもそも死んだという感覚に乏しいんだけどね。無論、首に縄を掛けられた感触だけは、ひどく生々しく記憶に残っているし、あのときが間違いなく死に最も近づいた瞬間だったと理解はしている。
この経験があれば、探偵活動も真の意味で命を賭してやれるかもしれない。
それはさておき、メニュー表を眺めた僕は多少迷った挙げ句、パスタとピラフを一皿ずつ注文した。
「何だ何だ、その関西人風のオーダーは」
カンサイ人が人種なのか民族なのか分からないけど、清原氏の風貌からしてお米の入ったメニューが好みではないかと思った訳で。
「ああ、気遣いか。気持ちはうれしいが、中途半端だな。そりゃ米は喜んで食べるぜ。ただ、バタ臭いのは程度問題で」
じゃあ変更する?
「いやそのままだ。あんたの食事に慣れておく必要もあるんでね」
店は早さも取り柄の一つらしく、すぐにメニューはそろった。
「あ、食べ始める前に一つだけ、俺からの頼みを聞いてくれるか?」
何でしょう? スプーンとフォーク、どちらを先に持つかを決めかねていた僕は、すっと手を引いた。
「俺の国の流儀っていうか作法を入れてもらいたい。両手を合わせ、食事を始める前には『いただきます』、食べ終わったあとは『ごちそうさま』と唱えるんだ」
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