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18.思惑の違いを埋める作業
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「あら。面白い理屈ですが、そこまであの短時間で思い付くのは無理ですわ」
ニイカ・ギップスは目を伏せがちにして、とてもとてもかないませんとばかりに、首を左右に小さく振った。
「優秀なあなたが気付かない?」
「ふふ、私が優秀だとしたら、それは秘書として優秀なだけ。他はてんでだめですから。でも、約束は守りますよ。たとえばあなたを裏切らないという約束。将来に渡って、絶対に破りはしませんから」
殊勝な口ぶりになったニイカ・ギップスだが、その表情や目つきはたとえるのならまるで女狐で、油断ならない笑みをたたえている。モガラはしばしの逡巡をして、結論を出した。
「分かった。組もう」
「ありがとうございます。さすがアイデン・モガラ第二助手。理解してくださると信じていましたわ」
彼女の言い回しに、苦笑いを禁じ得ないモガラ。軽くかぶりを振って、気懸かりを口にした。
「そんなことよりも今夜、私がやるつもりだったことはどうすればいい? 今から戻って予定通り私がやるか、君と組んだ最初の仕事として、指定した箇所を改竄してくれる?」
対するニイカは一つ首肯し、当たり前のように返事した。
「希望なさるやり方でどうぞ」
こうしてアイデン・モガラとニイカ・ギップスは共闘戦線を張るに至った。二人の関係は月日の経過と共に、当初の目的のみにとどまらず、互いを求め合う仲にまで発展していく。現在はある程度落ち着きを取り戻したが、それはカラバン探偵の身体がどうなるかの大事な分岐点を迎えているためであり、また、カール・ハンソンの一件がこのまま丸く収まるまでなるべく静かに過ごそうという雌伏期間でもあった。
そのカラバンを見舞った帰り、喫茶ホウセンカに立ち寄った二人は、注文したコーヒー飲料及びソーダが届けられてから、善後策の検討に入った。とりあえずニイカの希望は――このままカラバン探偵にはセミリタイアしていただき、基本的に事務所はモガラが取り仕切る。難事件のときのみカラバン探偵の助言を仰ぐ――というものだった。
「言ってみれば、カラバン先生には名誉職に就いていただくようなものです。この形式を採ることで、タイタス・カラバンの名を看板から降ろす必要はありませんし、モガラさんの不得手な案件もカバーしてもらえるわ」
「悪くない、それどころか妙案だとは思う。ただ、私はやはり、カラバン先生に名探偵として第一線で活躍していただきたい。老け込んだのならともかく、そうじゃないからなあ」
「あなた自身が仕掛けた罠のせいなのに、贅沢な悩みですこと」
ちくりととげを刺すニイカ。モガラは深く息を吐いた。
「いつまでも言わないでくれ。本当に反省している。体質に因るんだが、あの薬物と先生との相性は最悪だったらしい」
「はいはい、もう言いません」
ニイカは同じフレーズをモガラに対して、これまでに三度は言っている。なので今後もたまにちくりと嫌味を口にするだろう。
モガラはコーヒーを一口飲むと、話題を切り替えることにした。
「そういえば、新たな助手の採用面接が近々あるんだって? ハンソンがいなくなって欠員が一枠できるが、補充する意味合いなのかな」
「ハンソン君がいなくなったから補充するという訳ではありません。カラバン先生は元から新しい人を入れるつもりでした」
答えて、ソーダを上品に飲むニイカ。
「ほう。入院前の段階で、さらに依頼が増えると見越していた訳か。さすがだ」
「それもあるでしょうし、我が事務所に欠けている感覚を補いたいというご意向が強いみたいですね」
「うむ? うちに欠けている感覚というと何だろう……ハンソンがいなくなったことで、若い人材がいなくなるが、補充ではないのだからそれ以外でってことか」
「若さも求められる要素の一つです。そこに加えて、女であることを求めています」
「要するに若い女性の助手を採用したいってことだな」
「そういう表現にしてしまうと、変に艶っぽい色合いを帯びかねませんので避けましょう。とにかく、ハンソン君と同世代かもっと若いくらいで、探偵助手になり得る女性を入れようとおっしゃっていました」
「男性と同レベルの探偵助手となると、運動神経や体力、腕力が必要になってくるが、どうやらそういった点は必須条件ではないんだろうな。女性らしい感覚が第一」
「その通りです。実際、新聞に載せた小さな募集広告には、その旨を分かり易く記しておきました。カラバン先生のご指定なのは言うまでもないでしょう」
「採用面接だか採用試験だか知らないが、予定通りに執り行えそうなのかな。カラバン先生を欠いたままでは、応募を辞退する人も出て来そうだし」
「以前、私一人でお見舞いしたときに先生からご指示がありました。当初の予定通りに行うようにと。辞退する人はその程度の情熱だったのだと解釈すればいい、というお考えですね」
「それもそうだ」
「五日後ですから、奇跡的にカラバン先生が回復しない限り、モガラさん、あなたが代わりに採用の可否を主体的に判断することになります」
カラバンの代わりと聞いて、気分の高揚を感じるモガラ。表情がふっと緩むも、また引き締めた。
ニイカ・ギップスは目を伏せがちにして、とてもとてもかないませんとばかりに、首を左右に小さく振った。
「優秀なあなたが気付かない?」
「ふふ、私が優秀だとしたら、それは秘書として優秀なだけ。他はてんでだめですから。でも、約束は守りますよ。たとえばあなたを裏切らないという約束。将来に渡って、絶対に破りはしませんから」
殊勝な口ぶりになったニイカ・ギップスだが、その表情や目つきはたとえるのならまるで女狐で、油断ならない笑みをたたえている。モガラはしばしの逡巡をして、結論を出した。
「分かった。組もう」
「ありがとうございます。さすがアイデン・モガラ第二助手。理解してくださると信じていましたわ」
彼女の言い回しに、苦笑いを禁じ得ないモガラ。軽くかぶりを振って、気懸かりを口にした。
「そんなことよりも今夜、私がやるつもりだったことはどうすればいい? 今から戻って予定通り私がやるか、君と組んだ最初の仕事として、指定した箇所を改竄してくれる?」
対するニイカは一つ首肯し、当たり前のように返事した。
「希望なさるやり方でどうぞ」
こうしてアイデン・モガラとニイカ・ギップスは共闘戦線を張るに至った。二人の関係は月日の経過と共に、当初の目的のみにとどまらず、互いを求め合う仲にまで発展していく。現在はある程度落ち着きを取り戻したが、それはカラバン探偵の身体がどうなるかの大事な分岐点を迎えているためであり、また、カール・ハンソンの一件がこのまま丸く収まるまでなるべく静かに過ごそうという雌伏期間でもあった。
そのカラバンを見舞った帰り、喫茶ホウセンカに立ち寄った二人は、注文したコーヒー飲料及びソーダが届けられてから、善後策の検討に入った。とりあえずニイカの希望は――このままカラバン探偵にはセミリタイアしていただき、基本的に事務所はモガラが取り仕切る。難事件のときのみカラバン探偵の助言を仰ぐ――というものだった。
「言ってみれば、カラバン先生には名誉職に就いていただくようなものです。この形式を採ることで、タイタス・カラバンの名を看板から降ろす必要はありませんし、モガラさんの不得手な案件もカバーしてもらえるわ」
「悪くない、それどころか妙案だとは思う。ただ、私はやはり、カラバン先生に名探偵として第一線で活躍していただきたい。老け込んだのならともかく、そうじゃないからなあ」
「あなた自身が仕掛けた罠のせいなのに、贅沢な悩みですこと」
ちくりととげを刺すニイカ。モガラは深く息を吐いた。
「いつまでも言わないでくれ。本当に反省している。体質に因るんだが、あの薬物と先生との相性は最悪だったらしい」
「はいはい、もう言いません」
ニイカは同じフレーズをモガラに対して、これまでに三度は言っている。なので今後もたまにちくりと嫌味を口にするだろう。
モガラはコーヒーを一口飲むと、話題を切り替えることにした。
「そういえば、新たな助手の採用面接が近々あるんだって? ハンソンがいなくなって欠員が一枠できるが、補充する意味合いなのかな」
「ハンソン君がいなくなったから補充するという訳ではありません。カラバン先生は元から新しい人を入れるつもりでした」
答えて、ソーダを上品に飲むニイカ。
「ほう。入院前の段階で、さらに依頼が増えると見越していた訳か。さすがだ」
「それもあるでしょうし、我が事務所に欠けている感覚を補いたいというご意向が強いみたいですね」
「うむ? うちに欠けている感覚というと何だろう……ハンソンがいなくなったことで、若い人材がいなくなるが、補充ではないのだからそれ以外でってことか」
「若さも求められる要素の一つです。そこに加えて、女であることを求めています」
「要するに若い女性の助手を採用したいってことだな」
「そういう表現にしてしまうと、変に艶っぽい色合いを帯びかねませんので避けましょう。とにかく、ハンソン君と同世代かもっと若いくらいで、探偵助手になり得る女性を入れようとおっしゃっていました」
「男性と同レベルの探偵助手となると、運動神経や体力、腕力が必要になってくるが、どうやらそういった点は必須条件ではないんだろうな。女性らしい感覚が第一」
「その通りです。実際、新聞に載せた小さな募集広告には、その旨を分かり易く記しておきました。カラバン先生のご指定なのは言うまでもないでしょう」
「採用面接だか採用試験だか知らないが、予定通りに執り行えそうなのかな。カラバン先生を欠いたままでは、応募を辞退する人も出て来そうだし」
「以前、私一人でお見舞いしたときに先生からご指示がありました。当初の予定通りに行うようにと。辞退する人はその程度の情熱だったのだと解釈すればいい、というお考えですね」
「それもそうだ」
「五日後ですから、奇跡的にカラバン先生が回復しない限り、モガラさん、あなたが代わりに採用の可否を主体的に判断することになります」
カラバンの代わりと聞いて、気分の高揚を感じるモガラ。表情がふっと緩むも、また引き締めた。
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