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15.それぞれの背景

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「助手のみんなから私のあとを継ぐ者を選ぶとすれば、現時点での優秀さに年齢のことも考慮に入れて、カール・ハンソンがよいのではないかな。長年、私の片腕を務めてきている君の、忌憚のない意見を聞かせてほしい」
 尋ねられたモガラは即答した。
「カラバン先生の判断に誤りがあるとは到底思えません」
 心中の真意はおくびにも出さず、笑顔で。
「そうかね? これまでも仕事で些細な失敗は幾度かあって、君にも助けてもらったことがあるぞ」
「ごく短い時間で判断を迫られるような状況でならまだしも、じっくり熟考する余裕がたっぷりある状況で、先生が下した判断であれば間違いはあり得ません」
 動揺が顔を覗かせたのか、やたらとくどい重複表現を使ってしまったモガラだが、それを訂正することなく意見を通した。
「そうか。念のために聞くが、モガラ君から見てカール・ハンソンはどうだね? 名探偵の資質の有無は?」
「あります、間違いなく。……敢えて難を申し上げるとすれば。経験の少なさくらいでしょう。探偵業の経験はかなり積んでいますが、人生経験はまだまだです。たとえば異性からの誘惑や無意味な嘘に引っ掛かりやすい恐れはあるかもしれません」
 モガラは自分なら人生経験の方も豊富だと、遠回しにアピールする意識を入れつつ、そう指摘した。
「なるほどな。まあ、それくらいならじきに対処の術を身に付けよう」
「はい、同感です。ただ――不吉なたとえ話をすることをご容赦ください、カラバン先生」
「ん? かまわないから言ってくれ。何だね?」
「たとえば今日明日にでも先生が探偵を退かねばならなくなった場合、今のハンソンにこの事務所の長が務まるかというと、多少不安を覚えます」
「それは当然だな」
 腕組みをして何度か小刻みに頷くカラバンだったが、だからといって翻意した訳ではない。
「万が一そうなった場合は、モガラ君がサポートしてやってくれ。頼んだよ」
「私がですか」
 芝居めいて、自分を自分で指差すモガラ。何とか白紙に戻す台詞を捻り出そうと、脳細胞をフル回転させたが、間に合わなかった
「君は“ワトソン”として最大限に力を発揮できるタイプの人間だ」
「あ、い――」
「その能力を見込んで、お願いする。将来の若き名探偵のために、力を貸してやってもらいたい」
 この通りだと頭を下げる現在の名探偵、カラバン。モガラにはもう拒む選択肢は残されていなかった。
 以来、モガラはハンソンのサポートに就くことが増えた。カラバン抜きで仕事に当たることさえ何度もあった。最初の頃は役目を淡々とこなすだけであったモガラだが、ハンソンが単独でも探偵としての実力を発揮するのを目の当たりにして、強く脅威に感じると同時に邪な発想が浮かぶ。
 故意と分からぬ程度に邪魔をして、この若造を失脚させよう。
 どんなことを仕掛けたか、例を挙げると――尾行で物音を立ててしまう、あるいは追跡で蹴躓いてしまうように足首くらいの高さに細い糸を前もって張る。先に見付けた遺留品を全然別の場所に置き直す。事件とは無関係な刃物に獣の血を塗りつけて意味ありげに放置する。関係者の一人が逃亡を図っていたかのように荷造りの跡を偽装する等々。
 これらの妨害により、ハンソンが事件解決や報告書作成に遅れが出ることはあった。けれども致命的な失敗は一度も起こさなかった。モガラは業を煮やし、ついにハンソンに罪を着せることを思い付く。そして実行した。
 結果はご覧の通り。考えていた以上のものがあった。

 ニイカ・ギップスはカラバンが探偵として開業して以来、初めて雇った従業員と言える。独りで探偵業をスタートさせたカラバンは、偶然か必然か次から次へと刑事事件に関わる依頼を受け、それらの全てについて真相を解き明かしてみせた。名は知られるようになり、親しくなった刑事からは意見を求められることも増えていく。多忙になった名探偵がまず欲したのは、頼りになる助手ではなく、スケジュールや金の流れをコントロールしてくれる秘書であった。
 ニイカに白羽の矢が立ったのは、カラバンが彼女の叔父と旧くからの知己であったことが大きい。天下に知られた探偵が秘書を探していると叔父から聞き、興味を駆られたニイカは自分の意思で立候補した。するとあっさり採用。何でも、忙しさにかまけて正式な募集告知を出し忘れていたらしい。
 学生時分に経理を中心に修学していたニイカは、カラバンの望むレベルの仕事をこなし、さらにその上を行く気の回しようで重宝された。カラバンの一層の信を得たニイカは、扱った依頼をファイルにまとめ一定期間保管する役目もこなすようになった。
 引き受けた依頼をどう処理したかをファイル化するには当然、ことの詳細を知る必要がある。ニイカは警察から開示された捜査資料やカラバン(及び助手)が作った報告書の他、報告書にまとめられる前段階のメモにも閲覧できる立場になった。メモには、依頼人やその関係者の私的な情報が書かれている。殺人の動機になり得るような、スキャンダラスなものも多数含んでいた。
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