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8.一転
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~ ~ ~
「……?」
おかしい。いつまで経っても衝撃は訪れない。それどころか全身がふわりと浮いているような感覚があった。
「おい」
人の声がした。さっき聞いた祈りの言葉よりも明瞭に聞こえる。ただ、聞き覚えの全くない声だった。
「おい。返事しろ。それから目を開けなって」
目を開けて返事しろ、だって? もしかして僕は首吊り状態を三分間耐え、命を落とさずに踏みとどまった? 蘇生術を施されているんだろうか……?
でも、手は縛られたままだし、頭巾の感触もある。こんな蘇生ってあるんだろうか。
「おいおい、目を開けろ!」
しつこい要求に僕は目を見開いた。ぱちっと音がしそうなくらいにしっかりと。
すると眼前には黒い頭巾の布ではなく、眼鏡のレンズサイズの小さなスクリーンがあった。しかもそのスクリーン、宙に浮いている。僕の身体も同様だ。絞首刑で落下の途中、時間の流れを止められでもしたかのように。
「よし、やっと反応したな。俺の姿、見えてるだろ?」
中空のスクリーンから聞こえてくる声の主はそう言うや、実体化していった。程なくして、奇態な格好の小さな人間、恐らく男が現れる。目の前に浮かぶそいつは、ぱっと見、人間と変わらない。羽が生えている訳でもないのに、宙に浮かんでいる。衣服は上は、折り紙で作ったような角張った、でも色鮮やかな物をきっちり着こなしている。下は、対照的にだぼっとしたズボンみたいな物を穿いていた。何よりも特徴的なのは、髪も眉もありとあらゆる毛が黒ければ虹彩まで黒い。肌の色も僕らとは違って、ほんのり黄色がかっている。
「まずは自己紹介からな。俺の名は清原珠夫だ。縁明師ってのをやってる。おっとその前に、あんたはカール・ハンソンで間違いないよな?」
「間違いありません。あの、キョーハラータマオウさん、あなたはどう見ても人間ではないですけど……」
「そいつは随分なご挨拶だな。形は同じだろ。相似形みたいなものだ。身体の大きさはある程度調整できるから、機会があればあんたと同じくらいになってやるよ」
「はあ」
今すぐにではだめなのかなと疑問に感じたものの、相手の様子から判断して質問はひとまず飲み込んだ。
「それから名前の発音もなっちゃねえぞ。き・よ・は・ら・た・ま・お、だ。長くて面倒と思うのなら、清原と略してくれてもいい」
「分かりました、清原さん」
「まあ、発音の点に関しては俺達も異人さんの名前を正確に発音してるなんて、口が裂けても言えないんだけどな。お互い様ってことで、大目に見ようや」
奇妙ななりをしているから、未成年が目立ちたくてやっているかのような第一印象を持ったんだが、よく見るとちょっと違ったようだ。もちろん年寄りでもないのだけれど、僕とどっこいどっこいの年齢ぐらいに見える。拡大鏡を通して見れば、肌の色艶でもっと細かい判断ができるかもしれない。
「それで清原さんは何をしに現れたのでしょう? エンミョーシって一体……?」
「順番に答えるから待ってろ。――ん? おかしいな。事前調査ではあんたの国では、日本国と同じ言葉を用いてるはずなんだが。だからこそ俺が派遣されたんだしな」
「その国について詳しくは知りませんが、ただ一つ、まさしく言語体系が同じであることで我が国では有名です」
「ならば縁明師くらい、字面から想像つくだろう。つかないか?」
「分かりません。どんな字を書くのかを伺わない内は無理というものかと」
「はは、そりゃそうだ。失敬した。縁明師とは縁に明るい師匠と書く。人と人とのつながり、縁を導き、正すのが役割であり、そのための能力を行使する権限が与えられている」
大まかなイメージは想像できるものの、具体的にはさっぱり見えてこない。何よりもまず、そんな縁明師が何故、今このタイミングで僕の前に現れたのかが分からないでいた。死を目前に控えた僕に、わざわざ時間を止めて(多分)まで、話し掛けるようなことがあるとでも?
ぴんと来ないでいる僕の目の前で、清原氏はパタパタと大きな蛾か蝶が羽ばたくみたいに、両腕を動かした。
「鈍いな。端的に言い表すなら、ボタンの掛け違いで不幸な目に遭った人を、本来あるべき正当な人生を歩めるように機会を設けるってことさね。もちろん逆パターンも稀にあるけどな。ひょんなことから調子づいて、分不相応なくらいにいい目に遭った人間には、プラマイゼロとは言わないが、ちょびっと不幸を味わう可能性のあるハードルを用意するんだ。ま、それは今のあんたにゃ関係ない。この話、乗るだろ?」
「え。待った待った。まだ飲み込めていないんだ」
「何だよ、勘が悪いな。探偵に必要な資質じゃないのか、勘のよさってのは」
「当たり前のように語ってくれたけれども、初耳なんだから一を聞いて十を知るのは無理だよ。僕に関するどの不幸な出来事について、具体的に何をすれば、やり直せるかもしれないって?」
「今のあんたにとって一番の不幸は、言うまでもなかろう。死刑を回避するためのチャンスをやる」
「……?」
おかしい。いつまで経っても衝撃は訪れない。それどころか全身がふわりと浮いているような感覚があった。
「おい」
人の声がした。さっき聞いた祈りの言葉よりも明瞭に聞こえる。ただ、聞き覚えの全くない声だった。
「おい。返事しろ。それから目を開けなって」
目を開けて返事しろ、だって? もしかして僕は首吊り状態を三分間耐え、命を落とさずに踏みとどまった? 蘇生術を施されているんだろうか……?
でも、手は縛られたままだし、頭巾の感触もある。こんな蘇生ってあるんだろうか。
「おいおい、目を開けろ!」
しつこい要求に僕は目を見開いた。ぱちっと音がしそうなくらいにしっかりと。
すると眼前には黒い頭巾の布ではなく、眼鏡のレンズサイズの小さなスクリーンがあった。しかもそのスクリーン、宙に浮いている。僕の身体も同様だ。絞首刑で落下の途中、時間の流れを止められでもしたかのように。
「よし、やっと反応したな。俺の姿、見えてるだろ?」
中空のスクリーンから聞こえてくる声の主はそう言うや、実体化していった。程なくして、奇態な格好の小さな人間、恐らく男が現れる。目の前に浮かぶそいつは、ぱっと見、人間と変わらない。羽が生えている訳でもないのに、宙に浮かんでいる。衣服は上は、折り紙で作ったような角張った、でも色鮮やかな物をきっちり着こなしている。下は、対照的にだぼっとしたズボンみたいな物を穿いていた。何よりも特徴的なのは、髪も眉もありとあらゆる毛が黒ければ虹彩まで黒い。肌の色も僕らとは違って、ほんのり黄色がかっている。
「まずは自己紹介からな。俺の名は清原珠夫だ。縁明師ってのをやってる。おっとその前に、あんたはカール・ハンソンで間違いないよな?」
「間違いありません。あの、キョーハラータマオウさん、あなたはどう見ても人間ではないですけど……」
「そいつは随分なご挨拶だな。形は同じだろ。相似形みたいなものだ。身体の大きさはある程度調整できるから、機会があればあんたと同じくらいになってやるよ」
「はあ」
今すぐにではだめなのかなと疑問に感じたものの、相手の様子から判断して質問はひとまず飲み込んだ。
「それから名前の発音もなっちゃねえぞ。き・よ・は・ら・た・ま・お、だ。長くて面倒と思うのなら、清原と略してくれてもいい」
「分かりました、清原さん」
「まあ、発音の点に関しては俺達も異人さんの名前を正確に発音してるなんて、口が裂けても言えないんだけどな。お互い様ってことで、大目に見ようや」
奇妙ななりをしているから、未成年が目立ちたくてやっているかのような第一印象を持ったんだが、よく見るとちょっと違ったようだ。もちろん年寄りでもないのだけれど、僕とどっこいどっこいの年齢ぐらいに見える。拡大鏡を通して見れば、肌の色艶でもっと細かい判断ができるかもしれない。
「それで清原さんは何をしに現れたのでしょう? エンミョーシって一体……?」
「順番に答えるから待ってろ。――ん? おかしいな。事前調査ではあんたの国では、日本国と同じ言葉を用いてるはずなんだが。だからこそ俺が派遣されたんだしな」
「その国について詳しくは知りませんが、ただ一つ、まさしく言語体系が同じであることで我が国では有名です」
「ならば縁明師くらい、字面から想像つくだろう。つかないか?」
「分かりません。どんな字を書くのかを伺わない内は無理というものかと」
「はは、そりゃそうだ。失敬した。縁明師とは縁に明るい師匠と書く。人と人とのつながり、縁を導き、正すのが役割であり、そのための能力を行使する権限が与えられている」
大まかなイメージは想像できるものの、具体的にはさっぱり見えてこない。何よりもまず、そんな縁明師が何故、今このタイミングで僕の前に現れたのかが分からないでいた。死を目前に控えた僕に、わざわざ時間を止めて(多分)まで、話し掛けるようなことがあるとでも?
ぴんと来ないでいる僕の目の前で、清原氏はパタパタと大きな蛾か蝶が羽ばたくみたいに、両腕を動かした。
「鈍いな。端的に言い表すなら、ボタンの掛け違いで不幸な目に遭った人を、本来あるべき正当な人生を歩めるように機会を設けるってことさね。もちろん逆パターンも稀にあるけどな。ひょんなことから調子づいて、分不相応なくらいにいい目に遭った人間には、プラマイゼロとは言わないが、ちょびっと不幸を味わう可能性のあるハードルを用意するんだ。ま、それは今のあんたにゃ関係ない。この話、乗るだろ?」
「え。待った待った。まだ飲み込めていないんだ」
「何だよ、勘が悪いな。探偵に必要な資質じゃないのか、勘のよさってのは」
「当たり前のように語ってくれたけれども、初耳なんだから一を聞いて十を知るのは無理だよ。僕に関するどの不幸な出来事について、具体的に何をすれば、やり直せるかもしれないって?」
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