上 下
7 / 32

7.扉が開く

しおりを挟む
 すべては名探偵カラバンの名誉のため。僕が殺人で死刑に処されること自体、世間からすればカラバンの大きな醜聞である。そこへ加えて、実は冤罪でモガラが真犯人探しなんぞ放り出して、裏で糸を引き、仲間を引きずり落としていたなんてことが明らかになったら、タイタス・カラバンの名は地に墜ちる。たとえ当人は犯罪に無関係でも叩かれ、依頼は来なくなる。そのような不名誉、あってはならない。国全体にとっても大きな損失になる。
 名探偵の立場を守りつつ、今の僕ができることは何かないか。
「カール・ハンソン。いよいよ本当に最後だ。言い遺すことはあるか? あれば聞き届け、伝えるべきところへ伝える」
 刑務官の野太い声に、顔を起こす。何か言わねばと思う気持ちが強まるが、何も出て来ない。刑務官はご丁寧なことにメモ帳と鉛筆を構えて、待ってくれている。意思表示を急がねば、時間切れにされてしまうだろう。
「面会のあと、色々考えて、伝えて欲しいことができました」
 まずそう切り出して、時間を稼ぐ。
 伝言の相手は……カラバン探偵にしたいところだが、体調万全ではないあの人の元にメッセージを届けるのは助手の誰か、恐らくはモガラ。途中で握り潰される可能性がある。もしかすると、誰宛であろうと一旦はモガラを介することになるのではないか。
 ならばモガラ自身に宛ててやろう。その方が伝言として意味が保てる。ただし、挑発はよくない。下手を打つと、モガラは真相を暴かれるのを恐れ、カラバン探偵がこの事件に出馬してこないよう、策を講じるだろう。最悪、カラバン探偵がまだ病床にある内に再起不能に追い込む可能性だって、ないとは言い切れないんじゃないか。尤も、モガラは名探偵からの信頼を得たいというのが犯行の動機と推測されるから、その名探偵を手に掛ける行為に及ぶとは考えにくいが……用心するに越したことはない。
「聞こう。無罪を訴えたり、あまりにも長々と語ったりするのはよしてくれ」
「はい。面会に来てくれたモガラさんへ、伝えてください。『モガラ先輩。僕は敢えて地獄に落ちて、待っています』と」
「――分かった」
 刑務官はほんの一瞬、ぎょっとした表情を覗かせ、すぐにまた元に戻った。鉛筆を紙の上に走らせ、書き付けが終わる。
 その文面を僕の方に向け、「これでよいかな」と再確認してきたので、黙って頷く。
 ここからが早かった。同じく黙って頷いた刑務官。それが合図だったらしく、頭巾を持った人が階下から上がってきて、あっという間に僕の頭にその黒い布を被せる。次いで、輪にした縄が首に掛けられるのが分かった。肌への密着具合を確かめるように刑務官の指が、何度か僕の首筋を這う。この段階ですでにちょっと息苦しさを覚える。
 両手首は拘束されているが、足は自由だ。自力で歩いて、定位置で立ち止まらされる。裸足だときっとその床に切れ目があるのが感触で分かると思うんだが、靴履きなのでさすがに何も感じ取れなかった。感じ取れたら取れたで、あと少ししたこの床がぱかっと開いて、僕の身体がすとんと落下して、がくっと衝撃が――なんて想像をしてしまい、怖じ気づくかもしれないな。
 声が聞こえた。祈りの文言らしい。頭巾のせいで、声の主が刑務官なのか聖職者なのか分からない。
 願わくば、霊にでもなって、モガラを四六時中監視したい。そして証拠をつかみ、告発してやりたい。
 死の間際の最後の願いのつもりで、そんなことを唱えてみた。他にも願いが止めどなく溢れてきて、ついでに涙も溢れてきた気がする。
 やっぱり、嫌だ。
 みっともなくてもいいから叫ぼうとした刹那、足元の感覚が変わった。続いて浮遊感。あとは衝撃が襲って来るのみ。
 僕は反射的に顎を引き、首を縮こまらせるようにして力を込めていた。
 結局、僕は恨み辛みを抱いて、この世からおさらばする訳か。俗人だったな。
 そう自嘲気味に振り返りながら、衝撃に備えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

誰が悪役令嬢ですって? ~ 転身同体

崎田毅駿
恋愛
 “私”安生悠子は、学生時代に憧れた藤塚弘史と思い掛けぬデートをして、知らぬ間に浮かれたいたんだろう。よせばいいのに、二十代半ばにもなって公園の出入り口にある車止めのポールに乗った。その結果、すっ転んで頭を強打し、気を失ってしまった。  次に目が覚めると、当然ながら身体の節々が痛い。だけど、それよりも気になるのはなんだか周りの様子が全然違うんですけど! 真実や原因は分からないが、信じがたいことに、自分が第三巻まで読んだ小説の物語世界の登場人物に転生してしまったらしい?  一体誰に転生したのか。最悪なのは、小説のヒロインたるリーヌ・ロイロットを何かにつけて嫌い、婚約を破棄させて男を奪い、蹴落とそうとし続けたいわいゆる悪役令嬢ノアル・シェイクフリードだ。が、どうやら“今”この物語世界の時間は、第四巻以降と思われる。三巻のラスト近くでノアルは落命しているので、ノアルに転生は絶対にあり得ない。少しほっとする“私”だったけれども、痛む身体を引きずってようやく見付けた鏡で確かめた“今”の自身の顔は、何故かノアル・シェイクフリードその人だった。  混乱のあまり、「どうして悪役令嬢なんかに?」と短く叫ぶ“私”安生。その次の瞬間、別の声が頭の中に聞こえてきた。「誰が悪役令嬢ですって?」  混乱の拍車が掛かる“私”だけれども、自分がノアル・シェイクフリードの身体に入り込んでいたのが紛れもない事実のよう。しかもノアルもまだ意識があると来ては、一体何が起きてこうなった?

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

ベッド×ベット

崎田毅駿
ファンタジー
何だか知らないけれども目が覚めたら、これまでと違う世界にいました。現地の方達に尋ねると、自分みたいな人は多くはないが珍しくもないそうで、元の世界に帰る方法はちゃんと分かっていると言います。ああ、よかったと安心したのはいいのですが、話によると、帰れる方法を知っているのは王様とその一族だけとかで、しかもその王様は大のギャンブル好き。帰る方法を教えてもらうには、王様にギャンブルで勝たなければならないみたいです。どうしよう。

江戸の検屍ばか

崎田毅駿
歴史・時代
江戸時代半ばに、中国から日本に一冊の法医学書が入って来た。『無冤録述』と訳題の付いたその書物の知識・知見に、奉行所同心の堀馬佐鹿は魅了され、瞬く間に身に付けた。今や江戸で一、二を争う検屍の名手として、その名前から検屍馬鹿と言われるほど。そんな堀馬は人の死が絡む事件をいかにして解き明かしていくのか。

なんで誰も使わないの!? 史上最強のアイテム『神の結石』を使って落ちこぼれ冒険者から脱却します!!

るっち
ファンタジー
 土砂降りの雨のなか、万年Fランクの落ちこぼれ冒険者である俺は、冒険者達にコキ使われた挙句、魔物への囮にされて危うく死に掛けた……しかも、そのことを冒険者ギルドの職員に報告しても鼻で笑われただけだった。終いには恋人であるはずの幼馴染にまで捨てられる始末……悔しくて、悔しくて、悲しくて……そんな時、空から宝石のような何かが脳天を直撃! なんの石かは分からないけど綺麗だから御守りに。そしたら何故かなんでもできる気がしてきた! あとはその石のチカラを使い、今まで俺を見下し蔑んできた奴らをギャフンッと言わせて、落ちこぼれ冒険者から脱却してみせる!!

闇と光と告白と

崎田毅駿
ファンタジー
大陸の統一を果たしたライ国の年若い――少女と呼んで差し支えのない――王女マリアスがある式典を前に高熱を出して倒れる。国の名医らが治療どころか原因も突き止められず、動揺が広がる中、呪術師と称する一行が城に国王を訪ねて現れる。ランペターと名乗った男は、王女が病に伏せる様が水晶球(すいしょうきゅう)に映し出されたのを見て参じたと言い、治療法も分かるかもしれないと申し出た。国王レオンティールが警戒しつつもランペター一行にやらせてみた結果、マリアスは回復。呪術師ランペターは信を得て、しばらく城に留まることになった。

くぐり者

崎田毅駿
歴史・時代
黒船来航を機に天下太平の世が揺れ始めた日本。商人に身をやつしていた忍びの一流派である鵬鴻流の鳳一族は、本分たる諜報において再び活躍できることを夢見た。そのための海外の情報を収集をすべく、一族の者と西洋人とが交わって生まれた通称“赤鹿毛”を主要な諸外国に送り込むが、果たしてその結末やいかに。

処理中です...