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6.絞首台にて
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そうして僕が連れて行かれた先には、絞首台が待っていた。これは噂ではなく厳然たる事実だが、お任せにした場合は絞首刑に処される割合が飛び抜けて高い。この方法が一番費用が掛からないかららしい。薬物による毒死は毒薬の他、精神安定剤や睡眠薬なども出す必要があるため、結構お金が掛かる。斬首は毎回首かせを新調せねばならないし、あとの掃除も手間だ。その点、絞首刑は同じ装置である絞首台を繰り返し使えるし、後始末も比較的容易。ロープと頭からすっぽり被せる頭巾だけは取り替えるが、たいした出費にはならないだろう。
さて――こうして他人事のように語れているのは、あきらめのさらに向こう、悟りの境地にあるから……ではなく、落ち着いて考えるためだ。冷静さを保つには、自らの精神を自らの肉体から離れさせ、己を客観視するのがある程度効果的だ。自分の場合、自己暗示みたいなものだ。
考えているのは、人生最期の面会で覚えた妙な感じ。あのもやもやを払拭しないままでは、どうしてもこの世に未練を残す気がしてならない。あの世まで持って行って、頭を悩ませるのも退屈しのぎになるかもしれないが、やはり現世のことは現世で、すっきりさせておきたくなった。
使い慣れた眼鏡を急になくしたときの視界のようにぼんやりとしたそれは、死を意識するにつれて、明確になっていく。
この僕が殺人犯の濡れ衣を着せられる原因の一つ一つは、モガラにあったのではないのだろうか。
いやもちろん、その事実については前から認識していた。優秀な助手のモガラさんでも小さな判断ミスをすることやミスを重ねることはあるものだと理解し、そうなった焦りの原因はカラバン探偵の不在に加え、僕という同じ立場の助手が容疑者とされてしまったが故だと解釈していたのだ。
だけど、もしそうでないとしたら。
仮に、モガラが故意にやった行為だったら、あれやこれやの全ては僕を陥れるためだったことになる。そして事態はモガラの思惑通りに運んでいる……。
動機? 動機ならあると言える。彼、モガラは僕がカラバン探偵の助手になるまでは、第一助手として地位を長年維持してきていたらしい。最早それは不動のワトソン役であり、将来、カラバン探偵の名跡を継ぐのはモガラで決まりだと囁かれることもあったとか。
カラバン探偵社に入ったばかりの僕は、若いということもあって、諸先輩に遠慮せずにがむしゃらに活動し、知らない内にランクを上げていった。助手が実力によって第一だの第二だのと順位づけられること自体、知らなかったから、気付いたときにはモガラと肩を並べるところまで来ていて、そこでようやく「おまえ、ちょっとは空気読めよ」と冗談交じりに周囲から言われたことはあった。僕もさすがに事情を飲み込み、出過ぎた真似はなるべくしないように心掛けていたのだけれども……カラバン探偵が僕を重宝してくださった。多分、年齢的に体力がある僕の方が役立つであろう事件がたまたま続いたのと、若い僕に経験を積ませようとしてくださったのだと思う。そして自分で言うのも口幅ったいが、僕は期待に応えて活躍した。幸運もあって、第三の犯行を未然に防いだのだ。期待以上の成果を上げてしまった、と言い換えてもいい。カラバン探偵にいよいよ認められ、僕は第一助手の座に収まることになった。それがモガラの僕に対する妬みにつながったのか。
一応、もやもやは整理されつつある。まだ視界は開けていない。僕の仮定が正しいとして、ではキール達を殺めたのは誰? モガラがやったと考えていいのかどうか。
まさか僕を貶めるためだけに、僕の知り合いを含む三人を殺すとは酷すぎて考えたくない。
効率優先で論理的に考えても、三人を殺すくらいなら、僕一人を始末した方が手っ取り早く、リスクも比較的低い。いや、リスクの方は分からないか。モガラには僕を殺す動機があると見なされるかもしれないのだから。
それでも僕に濡れ衣を着せたいだけであれば、殺人三件は多い。一人を殺してその犯行を僕の仕業に偽装すれば事足りる。やはり、三人殺害は別の犯人がいて、モガラは状況を利用しただけと考えるのが妥当な気がする。
ならば、あいつ――モガラにも殺人犯は分かっていない? その上、モガラは僕を犯人に仕立てるために、真犯人を見つける努力なんて一毫もしていなかったに違いない。そのまま頬被りして終わらせるつもりなんだろうか。許せない。カラバン探偵と助手の人達にあとを託すのなら、まだ安心してこの世を離れられた。しかし、真犯人探しが進展するかどうかはモガラの胸一つだとしたら、死んでも死にきれない。
このままでは探偵助手が、殺人犯の完全犯罪成立を間接的に助けたことになってしまう!
そう思ったときには、絞首台の最上段まで来ていた。
僕はまだ、モガラによる妨害があった可能性を声高に述べ立てることもできた。話せば刑の執行がどうなるか、一時的にでも止まるかというとほとんど可能性はあるまい。それでもモガラに関する調査が行われるはず。
だけれどもそうしなかった。
さて――こうして他人事のように語れているのは、あきらめのさらに向こう、悟りの境地にあるから……ではなく、落ち着いて考えるためだ。冷静さを保つには、自らの精神を自らの肉体から離れさせ、己を客観視するのがある程度効果的だ。自分の場合、自己暗示みたいなものだ。
考えているのは、人生最期の面会で覚えた妙な感じ。あのもやもやを払拭しないままでは、どうしてもこの世に未練を残す気がしてならない。あの世まで持って行って、頭を悩ませるのも退屈しのぎになるかもしれないが、やはり現世のことは現世で、すっきりさせておきたくなった。
使い慣れた眼鏡を急になくしたときの視界のようにぼんやりとしたそれは、死を意識するにつれて、明確になっていく。
この僕が殺人犯の濡れ衣を着せられる原因の一つ一つは、モガラにあったのではないのだろうか。
いやもちろん、その事実については前から認識していた。優秀な助手のモガラさんでも小さな判断ミスをすることやミスを重ねることはあるものだと理解し、そうなった焦りの原因はカラバン探偵の不在に加え、僕という同じ立場の助手が容疑者とされてしまったが故だと解釈していたのだ。
だけど、もしそうでないとしたら。
仮に、モガラが故意にやった行為だったら、あれやこれやの全ては僕を陥れるためだったことになる。そして事態はモガラの思惑通りに運んでいる……。
動機? 動機ならあると言える。彼、モガラは僕がカラバン探偵の助手になるまでは、第一助手として地位を長年維持してきていたらしい。最早それは不動のワトソン役であり、将来、カラバン探偵の名跡を継ぐのはモガラで決まりだと囁かれることもあったとか。
カラバン探偵社に入ったばかりの僕は、若いということもあって、諸先輩に遠慮せずにがむしゃらに活動し、知らない内にランクを上げていった。助手が実力によって第一だの第二だのと順位づけられること自体、知らなかったから、気付いたときにはモガラと肩を並べるところまで来ていて、そこでようやく「おまえ、ちょっとは空気読めよ」と冗談交じりに周囲から言われたことはあった。僕もさすがに事情を飲み込み、出過ぎた真似はなるべくしないように心掛けていたのだけれども……カラバン探偵が僕を重宝してくださった。多分、年齢的に体力がある僕の方が役立つであろう事件がたまたま続いたのと、若い僕に経験を積ませようとしてくださったのだと思う。そして自分で言うのも口幅ったいが、僕は期待に応えて活躍した。幸運もあって、第三の犯行を未然に防いだのだ。期待以上の成果を上げてしまった、と言い換えてもいい。カラバン探偵にいよいよ認められ、僕は第一助手の座に収まることになった。それがモガラの僕に対する妬みにつながったのか。
一応、もやもやは整理されつつある。まだ視界は開けていない。僕の仮定が正しいとして、ではキール達を殺めたのは誰? モガラがやったと考えていいのかどうか。
まさか僕を貶めるためだけに、僕の知り合いを含む三人を殺すとは酷すぎて考えたくない。
効率優先で論理的に考えても、三人を殺すくらいなら、僕一人を始末した方が手っ取り早く、リスクも比較的低い。いや、リスクの方は分からないか。モガラには僕を殺す動機があると見なされるかもしれないのだから。
それでも僕に濡れ衣を着せたいだけであれば、殺人三件は多い。一人を殺してその犯行を僕の仕業に偽装すれば事足りる。やはり、三人殺害は別の犯人がいて、モガラは状況を利用しただけと考えるのが妥当な気がする。
ならば、あいつ――モガラにも殺人犯は分かっていない? その上、モガラは僕を犯人に仕立てるために、真犯人を見つける努力なんて一毫もしていなかったに違いない。そのまま頬被りして終わらせるつもりなんだろうか。許せない。カラバン探偵と助手の人達にあとを託すのなら、まだ安心してこの世を離れられた。しかし、真犯人探しが進展するかどうかはモガラの胸一つだとしたら、死んでも死にきれない。
このままでは探偵助手が、殺人犯の完全犯罪成立を間接的に助けたことになってしまう!
そう思ったときには、絞首台の最上段まで来ていた。
僕はまだ、モガラによる妨害があった可能性を声高に述べ立てることもできた。話せば刑の執行がどうなるか、一時的にでも止まるかというとほとんど可能性はあるまい。それでもモガラに関する調査が行われるはず。
だけれどもそうしなかった。
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