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5.どの処刑方法をお望み?
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絞首、斬首、服毒。
僕らの暮らす国では、死刑の方法を死刑囚自らが三種類の中から選べるのだけれども、実際に権利を行使する割合は二割ぐらいだ。
“人気”があるのは絞首刑で、逆に不人気なのは斬首。不人気の方は何となく分かるけれども、遺体がきれいなままあの世に行けそうな服毒よりも、首吊りの方が人気が上なのは何故か? 舌がだらんと出て、糞尿を垂れ流すことしばしばだというのに。
実は、理由は容易に推測できる。ある法律が関係している。正確な文言は覚えていなくて記憶頼りで述べるなら、「刑の執行後三分をもって囚人の生命反応を確認し、しかる後にその肉体を刑場外に搬出。これにより刑の執行を完了したと見なす」だったっけか。かつてある法律家がこの法文で“肉体”とされている箇所に着目し、「遺体や死体といった表現を取っていないのは、刑の執行から三分後の時点で囚人に息がある場合、生還を許すものと見なしてよいのか」と問題提起した。世間全体でも一定の議論を呼び、とうとう時の担当大臣並びに国王までもが公式のコメントを出すことになった。そして認めたのである。「処刑から三分経っても死んでいなかった場合、その死刑囚は刑罰を受け、完了したと見なし、生還を許す」と。
国がどのような意図からそんな表明をしたのかは分からない。僕がまだ幼かった頃の話なので、調べてみようとも思わなかった。まことしやかに囁かれているのは、実例がすでにあったためだ、というもの。死刑判決を受けながら死を免れた者がすでにいるのだったら、不公平があってはならないとの考えに基づく説、いや伝説だ。
その元死刑囚は定年間際の教師で、中肉中背のどこにでもいそうな男。妻の不貞を看過できずに不倫相手も含めて二人を殺害。罪を認めるも反省の弁が皆無だったこともあり、死刑判決が下る。そうして絞首刑にかけられるが、落下直後の衝撃でロープが切れてしまった。長年に渡って執り行われてきた絞首刑で、ロープが切れたことは何度かあるらしく、粛々と再度の執行に移った。だがまたもロープが切れる。予備のロープがなかったため、十日ほど延期された後、三たび執行。ところがまたもやロープが切れた。同日、さらにもう一度行われたが、四度目も失敗。ことごとくロープが弾けるように切れ、男性教師は死を賜らなかった。とうとう執行人達が「彼はまるで神に護られているようだ。彼を処刑する行為は神へ背くことになる!?」と恐れをなし始め、見届け人として立ち会っていた聖職者もこれに同調。刑は一次停止となり、そのまま取り消された。男性教師は新たに終身刑を下されたが、これは形だけで、実際には教会で聖職者の手伝いをして残りの生涯を終えたという。
この伝説が世間に薄く広まり、体重を増やすか首を鍛えるかした上で絞首刑を受ければ助かる可能性がある、という認識ができあがったようだ。
死刑囚の身になった僕がこのことをふと思い出したのは、言うまでもない。ただし現実的にどうにかならないものかと考えたんじゃなく、あり得ないという結論を確かめるだけだった。
名探偵の助手である僕は職業柄、何度か死刑執行を見て来た。その中には、体重がゆうに二百キログラムを超す女性が絞首刑に処されたケースもあったが、ロープは相当丈夫らしく、滞りなく遂行された。
首を鍛えたとしても、まず変わらない。落下時の衝撃たるや、首の骨を折らんばかりのものがある。サーカスや見世物小屋の芸で、首吊り状態にされても平気だというパフォーマンスがあるが、あれは首に縄を掛け、力を込めて準備万端整ったところでじわじわと持ち上げるのだから、絞首刑とは様相がまったく違う。
こんな低い可能性に賭けるくらいなら、毒死を選んだ方がましかもしれない。体質に合わず、毒が効力を発揮しない場合がごく稀にあるらしいから。尤も、絞首刑と違って、毒死を選んで生き延びた死刑囚の伝説は残っていない。
そもそも、僕には首を鍛える時間も太るための時間も与えられなかった。全国的に勇名を馳せ、警察とも懇意な民間人探偵の第一助手が殺人犯だという“事実”は、国家にとってよろしくない事態らしく、判決が確定して四ヶ月後には死刑執行が早々に決まった。それが今日、今現在という訳。
僕が処刑方法を選ばず、お任せにした。当初は斬首を選んでやろうかと思っていた。未練を残したくないのもあるが、それよりも頭部を切り落とされたあとも人間は歩けるのかどうかがちょっと気になったのだ。というのも、自国の死刑事例を調べる過程で、よその国での逸話もちらほら目に留まり、とある国では首を切られた直後、自らの頭部を持って十数メートルを駆け抜けた戦士が大昔いたそうだ。恐らく実際は、頭部切断後も首から下が痙攣でしばらく動き続けただけなのが色々と尾ひれが付いて大げさになったんだとは思うけど、実際に試してみるのもいいかなって。でも我が国の斬首刑は床にがっちりと固定された首かせに自由を奪われた態勢で執行されるので、あきらめた。頭がないからと言って首かせから首をすっぽりと抜く余裕はないだろう、多分。
僕らの暮らす国では、死刑の方法を死刑囚自らが三種類の中から選べるのだけれども、実際に権利を行使する割合は二割ぐらいだ。
“人気”があるのは絞首刑で、逆に不人気なのは斬首。不人気の方は何となく分かるけれども、遺体がきれいなままあの世に行けそうな服毒よりも、首吊りの方が人気が上なのは何故か? 舌がだらんと出て、糞尿を垂れ流すことしばしばだというのに。
実は、理由は容易に推測できる。ある法律が関係している。正確な文言は覚えていなくて記憶頼りで述べるなら、「刑の執行後三分をもって囚人の生命反応を確認し、しかる後にその肉体を刑場外に搬出。これにより刑の執行を完了したと見なす」だったっけか。かつてある法律家がこの法文で“肉体”とされている箇所に着目し、「遺体や死体といった表現を取っていないのは、刑の執行から三分後の時点で囚人に息がある場合、生還を許すものと見なしてよいのか」と問題提起した。世間全体でも一定の議論を呼び、とうとう時の担当大臣並びに国王までもが公式のコメントを出すことになった。そして認めたのである。「処刑から三分経っても死んでいなかった場合、その死刑囚は刑罰を受け、完了したと見なし、生還を許す」と。
国がどのような意図からそんな表明をしたのかは分からない。僕がまだ幼かった頃の話なので、調べてみようとも思わなかった。まことしやかに囁かれているのは、実例がすでにあったためだ、というもの。死刑判決を受けながら死を免れた者がすでにいるのだったら、不公平があってはならないとの考えに基づく説、いや伝説だ。
その元死刑囚は定年間際の教師で、中肉中背のどこにでもいそうな男。妻の不貞を看過できずに不倫相手も含めて二人を殺害。罪を認めるも反省の弁が皆無だったこともあり、死刑判決が下る。そうして絞首刑にかけられるが、落下直後の衝撃でロープが切れてしまった。長年に渡って執り行われてきた絞首刑で、ロープが切れたことは何度かあるらしく、粛々と再度の執行に移った。だがまたもロープが切れる。予備のロープがなかったため、十日ほど延期された後、三たび執行。ところがまたもやロープが切れた。同日、さらにもう一度行われたが、四度目も失敗。ことごとくロープが弾けるように切れ、男性教師は死を賜らなかった。とうとう執行人達が「彼はまるで神に護られているようだ。彼を処刑する行為は神へ背くことになる!?」と恐れをなし始め、見届け人として立ち会っていた聖職者もこれに同調。刑は一次停止となり、そのまま取り消された。男性教師は新たに終身刑を下されたが、これは形だけで、実際には教会で聖職者の手伝いをして残りの生涯を終えたという。
この伝説が世間に薄く広まり、体重を増やすか首を鍛えるかした上で絞首刑を受ければ助かる可能性がある、という認識ができあがったようだ。
死刑囚の身になった僕がこのことをふと思い出したのは、言うまでもない。ただし現実的にどうにかならないものかと考えたんじゃなく、あり得ないという結論を確かめるだけだった。
名探偵の助手である僕は職業柄、何度か死刑執行を見て来た。その中には、体重がゆうに二百キログラムを超す女性が絞首刑に処されたケースもあったが、ロープは相当丈夫らしく、滞りなく遂行された。
首を鍛えたとしても、まず変わらない。落下時の衝撃たるや、首の骨を折らんばかりのものがある。サーカスや見世物小屋の芸で、首吊り状態にされても平気だというパフォーマンスがあるが、あれは首に縄を掛け、力を込めて準備万端整ったところでじわじわと持ち上げるのだから、絞首刑とは様相がまったく違う。
こんな低い可能性に賭けるくらいなら、毒死を選んだ方がましかもしれない。体質に合わず、毒が効力を発揮しない場合がごく稀にあるらしいから。尤も、絞首刑と違って、毒死を選んで生き延びた死刑囚の伝説は残っていない。
そもそも、僕には首を鍛える時間も太るための時間も与えられなかった。全国的に勇名を馳せ、警察とも懇意な民間人探偵の第一助手が殺人犯だという“事実”は、国家にとってよろしくない事態らしく、判決が確定して四ヶ月後には死刑執行が早々に決まった。それが今日、今現在という訳。
僕が処刑方法を選ばず、お任せにした。当初は斬首を選んでやろうかと思っていた。未練を残したくないのもあるが、それよりも頭部を切り落とされたあとも人間は歩けるのかどうかがちょっと気になったのだ。というのも、自国の死刑事例を調べる過程で、よその国での逸話もちらほら目に留まり、とある国では首を切られた直後、自らの頭部を持って十数メートルを駆け抜けた戦士が大昔いたそうだ。恐らく実際は、頭部切断後も首から下が痙攣でしばらく動き続けただけなのが色々と尾ひれが付いて大げさになったんだとは思うけど、実際に試してみるのもいいかなって。でも我が国の斬首刑は床にがっちりと固定された首かせに自由を奪われた態勢で執行されるので、あきらめた。頭がないからと言って首かせから首をすっぽりと抜く余裕はないだろう、多分。
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