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3.不運と裏目

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 タスク・ゴールデンへの脅迫に端を発した事件は、殺害予告絡みと分かった数日後、モガラが助っ人に来てくれたのだ。だが、犯人の行動はもっと早かった。モガラが屋敷に到着したときには犯行は完了しており、僕は密室状態の一室で、意識を失ったまま、タスクの遺体と共に横たわっていた。
 あとで聞いた話になるけれども、鍵の掛かった頑丈なドアを破り、先頭を切って入って来たのがモガラだった。
「いや、言わせてくれ。私があのとき早くドアを破ろうと焦って、鍵そのものの構造まで破壊してしまった。あれは大失態だった。あの特製の鍵が万全の形で残っていれば、密室の謎も解けたと思うのだ」
「確かにそうかもしれませんけれど……今さらですよね。僕をあんまり悔しがらせないでくださいませんか」
 タスクは次期当主とあってその部屋の鍵も特別だった。年老いた有名な職人に作らせた物で、この世に二つとない代物を取り付けていたのだ。僕にとってそれが徒となる。モガラが斧でその錠を壊した上に、鍵職人は老齢でとうの昔に天国に旅立っていた。特別な鍵の構造は分からずじまい、現物の再現も不可能になってしまったのだ。
「気持ちは十二分に理解しているつもりだ。ただ、私の心情も理解してほしい。君に懺悔できる時間は、あと少ししかない。心からの謝罪を今一度しておきたいんだよ、ハンソン君」
「分かりました。モガラさんの心がそれで安らぐのなら」
「すまない。本当は私の方が君の心が安まるようにしなくちゃいけないんだろうが……。ああ、時間があんまりないんだったな。また他にも謝るべきことがいくつかある。中でも、一時的に拘束された君に、キール嬢の部屋の鍵を見せたのはまずかった」
「ああ……」
 事件発生の日から一帯の天候は荒れに荒れ、警察が駆け付けるのはしばらく無理だとなった。そのため、密室に死んだタスクと二人きりでいた僕が容疑者とされ、ゴールデン邸の一室に軟禁されることになった。僕や警察に代わって事件の捜査に着手したのが、モガラだった。彼は密室が実は誰にでも出入りできたんだという証明を試みてか、現場以外の部屋の鍵を借りてきては、僕に見覚えがあるかないかを聞いてきた。鍵のすり替えを疑っているようだった。キールの部屋とは、彼女がゴールデン家に宿泊していくときに使うよう与えられた個室で、事件発生時もキールは屋敷に滞在していた。
 彼女まで殺害されたのが、二日後のことである。僕はその前日、カラバン探偵から地元警察への進言によって、軟禁状態から解放されたばかりだった。
 昼を過ぎても部屋から出て来ないキール・プラッシーを心配して、ゴールデン家の者が見に行くと、彼女はあてがわれた部屋で遺体となっていた。しかも現場はまたも密室状況を呈しており、鍵を調べると僕の指紋が出てきた。もちろん、モガラの捜査の過程でたまたま付いた指紋であり、即座に釈明をしたのであるが、第一の事件での印象が悪すぎた。当然の如く再度の身柄拘束とされてしまう。
 そしてついには、使用人のサムダリオンまで犠牲になる。これにより、僕は完全に窮地に陥った。僕が閉じ込められた部屋を含め、邸内の全室の合鍵を管理するサムダリオンの死亡は、犯行時間帯に僕は部屋から出られなかったという証明が不可能になってしまったことに外ならない。そう、警察は僕がサムダリオンと共犯関係にあったか、もしくは彼を脅して鍵を使わせたという筋書きを作り上げたのだ。これならキール殺害後の密室は謎でなくなる。そして口封じのためにサムダリオンを殺した。辻褄が合ってしまった。
 もちろん、僕やモガラは「鍵を自由に使えたのならタスク殺害時に密室状態の部屋にとどまる理由がない」「キールの部屋の鍵に指紋を残すのも迂闊すぎる」云々と否定を試みたのだけれども、決定的な反論にはならず。それどころか僕の探偵助手としてのキャリア故、計算尽くで裏を掻いたものと受け取られる始末。沼にはまって抜け出せなくなった。
「カラバン探偵の助手として犯罪捜査の経験があることを不利な材料に使われるとは、まったくもって心外だった。だが、とうのカラバン先生がアクシデントに見舞われ、危ない時期だったから、証言をしてもらう訳にも行かず、押し切られてしまった。ここでも力不足を感じさせられたものだ。すまぬ」
 モガラは机に額をこすりつけんばかりに頭を下げた。
「いや、もう、ほんとに、あなたに責任があるものでないことくらい、僕も充分に理解していますから。ただ、カラバンさんが完全復活された折には、頼みます。力を合わせて僕の無実を証明し、真犯人を捕らえて、無念を晴らしてください」
「……ああ、分かっている。分かっているとも」
 モガラは決意を固めるかのように、右手親指の爪で自身の唇を拭った。
「そういえば自分のことばかり気になって、忘れそうになっていたけれども、覚悟を決めたのでちょっとは余裕が出て来たのかな。今現在のカラバンさんはどんな様子なんでしょう?」
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