2 / 32
2.最後の面会
しおりを挟む
冤罪というのなら、どうしてタイタス・カラバンその人が出馬して、判決をひっくり返してくれないのか、真相を解明し、真犯人を見つけてこその名探偵であろう――こんな声を上げる向きもあるかもしれない。
だが、それは叶わぬ望みなのだ。少なくとも現時点では。
というのも僕が被告となった裁判が始まってすぐに、カラバン探偵は別の大事件にほぼ巻き込まれる形で取り組むことになった。伝え聞いたところによると、一週間足らずでその事件の殺人犯を突き止めることには成功したものの、自殺した犯人が仕掛けたと思しきからくりによって、カラバン探偵は矢を射られた。先端には毒物が塗布されていたらしく、間もなく意識不明に陥ったという。名医と設備の整った病院での治療の甲斐あって、命は取り留めたものの、意識の混濁が長引いており、とてもじゃないが新たな事件の解決に乗り出せる状態ではないとのことだった。
僕の無罪を信じて、他にも何人かが動いてくれたのは言うまでもない。タイタス・カラバンには複数の助手がいる。彼らは皆、僕を救うべく四方八方を駆け回り、手を尽くしてくれた。中でもカラバン探偵からの評価が僕と肩を並べるほど高いアイデン・モガラは、その探偵能力を発揮して、検察の作り上げた理屈に対し、反論していった。法廷で見ていて、モガラの奮闘ぶりは頼もしい限りであった。
だけれども、検察及び警察の仕事は、探偵を上回ったのだ。一例を挙げるなら、凶器とされる鉈に付いていた指紋の件がある。ゴールデン家の納屋にあったその古い鉈を警察が調べると、柄の部分から僕の指紋が検出された。有力な物証として提出されたこの事実を、モガラはゴールデン家の人達を中心に粘り強く聞き込み、犯行日よりも前に僕がその鉈に触れていたことを突き止めた。それは僕自身も忘れていたくらい、小さな出来事だった。しかし警察は簡単に否定してきた。僕が鉈に触れたのよりも後日に、使用人が納屋の中の物を整理を兼ねてきれいに掃除した記録があるというのだ。使用人もまた殺されており、本人による証言ではなかったが、彼の付けていた備忘録代わりの日記にそう記されていたのである。僕としては、そのとき以外に鉈に触れた覚えは全くないため、柄に指紋が残ったのは拭き忘れであるとの論を展開したのだが……証拠の前に敢えなく敗れ去った。
裁判を受ける権利はあと一回あったが、結論をひっくり返す見込みのある何らかの有力な証拠・証言、あるいは論理を提示できない限り、難しい。名探偵のタイタス・カラバンが復活すれば、それだけで再審が認められる可能性はある。だが現在のカラバンの症状では、望み薄だった。
覚悟を決めた、決めざるを得なかった僕は、死刑囚用の牢獄の中で、持ち込みを許されたノートに事件についての疑問点を、思い付く限り書き付けて日々を送った。いつの日か健康を取り戻したカラバン探偵によって、事件の真相が暴かれることを信じて。
そうやって精神の安寧に務めてきた成果があったのだろうか。今日の朝、刑務官から「明朝処刑を決行することが決まった」と告げられても、特段取り乱さずにいる。自分でも不思議なくらい、落ち着いていた。
死刑囚は執行の前日、丸一日をかけて色んなことをする権利が与えられる旨が法律で定められている。食事は好きな物が食べられるし、酒やたばこも少しなら頂戴できる。宗教家のありがたい話を聴くのも望みのままだ(僕は聴かないけど)。家族や親しい知り合いに会って、最後の別れをする場も設けられる。
幸か不幸か、僕に近しい肉親は一人もいない。幼くしてみなしごになった僕を育ててくれた義理の親ももう他界しており、カラバン探偵が実質的な父親代わりだった。そのカラバン探偵も病床から起き上がれない現状では、僕に会いに来たのはアイデン・モガラ一人だけだった。
「みんなと力を合わせて、八方手を尽くしたが、当日に至ってもこの有様で申し訳ない」
モガラは力が及ばなかったことを、涙ながらに僕に詫びた。カラバン探偵には助手が十数名いるが、彼ら彼女らのほとんどがこの数ヶ月、僕の逆転無罪への道を切り開くために動いてくれていた。だが、彼らのリーダー格のモガラがこうして最後の面会に来て、浮かない顔を見せるということは、望みは絶たれたのと同義だろう。
「仕方がありません。あなたはよくやってくれました。感謝している」
労いの言葉を絞り出す僕に対し、彼は首を左右に振った。
「カラバン先生の偉大さには到底及ばないと、力不足を痛感している。だが、まだあきらめた訳ではない。私以外の連中は今もハンソン君を救うために、関係各所を当たっているところだよ」
それは気休めに過ぎないことくらい、僕にも分かる。本当に一縷の望みでも残っている状況なら、モガラはこんな面会には現れずに、必死になって最後の最後まで駆けずり回ってくれるに違いないのだから。
「そもそも、事件発生当時に私がもっと早くに駆け付けておれば、ハンソン君に容疑が掛かることはなかったばかりか、殺人そのものも食い止められたのではないかと今また後悔している」
「その話はもう言いっこなしで。悪天候の中、よく来てくださいましたと感謝しこそすれ、遅いなんて思ってもいませんでしたよ」
だが、それは叶わぬ望みなのだ。少なくとも現時点では。
というのも僕が被告となった裁判が始まってすぐに、カラバン探偵は別の大事件にほぼ巻き込まれる形で取り組むことになった。伝え聞いたところによると、一週間足らずでその事件の殺人犯を突き止めることには成功したものの、自殺した犯人が仕掛けたと思しきからくりによって、カラバン探偵は矢を射られた。先端には毒物が塗布されていたらしく、間もなく意識不明に陥ったという。名医と設備の整った病院での治療の甲斐あって、命は取り留めたものの、意識の混濁が長引いており、とてもじゃないが新たな事件の解決に乗り出せる状態ではないとのことだった。
僕の無罪を信じて、他にも何人かが動いてくれたのは言うまでもない。タイタス・カラバンには複数の助手がいる。彼らは皆、僕を救うべく四方八方を駆け回り、手を尽くしてくれた。中でもカラバン探偵からの評価が僕と肩を並べるほど高いアイデン・モガラは、その探偵能力を発揮して、検察の作り上げた理屈に対し、反論していった。法廷で見ていて、モガラの奮闘ぶりは頼もしい限りであった。
だけれども、検察及び警察の仕事は、探偵を上回ったのだ。一例を挙げるなら、凶器とされる鉈に付いていた指紋の件がある。ゴールデン家の納屋にあったその古い鉈を警察が調べると、柄の部分から僕の指紋が検出された。有力な物証として提出されたこの事実を、モガラはゴールデン家の人達を中心に粘り強く聞き込み、犯行日よりも前に僕がその鉈に触れていたことを突き止めた。それは僕自身も忘れていたくらい、小さな出来事だった。しかし警察は簡単に否定してきた。僕が鉈に触れたのよりも後日に、使用人が納屋の中の物を整理を兼ねてきれいに掃除した記録があるというのだ。使用人もまた殺されており、本人による証言ではなかったが、彼の付けていた備忘録代わりの日記にそう記されていたのである。僕としては、そのとき以外に鉈に触れた覚えは全くないため、柄に指紋が残ったのは拭き忘れであるとの論を展開したのだが……証拠の前に敢えなく敗れ去った。
裁判を受ける権利はあと一回あったが、結論をひっくり返す見込みのある何らかの有力な証拠・証言、あるいは論理を提示できない限り、難しい。名探偵のタイタス・カラバンが復活すれば、それだけで再審が認められる可能性はある。だが現在のカラバンの症状では、望み薄だった。
覚悟を決めた、決めざるを得なかった僕は、死刑囚用の牢獄の中で、持ち込みを許されたノートに事件についての疑問点を、思い付く限り書き付けて日々を送った。いつの日か健康を取り戻したカラバン探偵によって、事件の真相が暴かれることを信じて。
そうやって精神の安寧に務めてきた成果があったのだろうか。今日の朝、刑務官から「明朝処刑を決行することが決まった」と告げられても、特段取り乱さずにいる。自分でも不思議なくらい、落ち着いていた。
死刑囚は執行の前日、丸一日をかけて色んなことをする権利が与えられる旨が法律で定められている。食事は好きな物が食べられるし、酒やたばこも少しなら頂戴できる。宗教家のありがたい話を聴くのも望みのままだ(僕は聴かないけど)。家族や親しい知り合いに会って、最後の別れをする場も設けられる。
幸か不幸か、僕に近しい肉親は一人もいない。幼くしてみなしごになった僕を育ててくれた義理の親ももう他界しており、カラバン探偵が実質的な父親代わりだった。そのカラバン探偵も病床から起き上がれない現状では、僕に会いに来たのはアイデン・モガラ一人だけだった。
「みんなと力を合わせて、八方手を尽くしたが、当日に至ってもこの有様で申し訳ない」
モガラは力が及ばなかったことを、涙ながらに僕に詫びた。カラバン探偵には助手が十数名いるが、彼ら彼女らのほとんどがこの数ヶ月、僕の逆転無罪への道を切り開くために動いてくれていた。だが、彼らのリーダー格のモガラがこうして最後の面会に来て、浮かない顔を見せるということは、望みは絶たれたのと同義だろう。
「仕方がありません。あなたはよくやってくれました。感謝している」
労いの言葉を絞り出す僕に対し、彼は首を左右に振った。
「カラバン先生の偉大さには到底及ばないと、力不足を痛感している。だが、まだあきらめた訳ではない。私以外の連中は今もハンソン君を救うために、関係各所を当たっているところだよ」
それは気休めに過ぎないことくらい、僕にも分かる。本当に一縷の望みでも残っている状況なら、モガラはこんな面会には現れずに、必死になって最後の最後まで駆けずり回ってくれるに違いないのだから。
「そもそも、事件発生当時に私がもっと早くに駆け付けておれば、ハンソン君に容疑が掛かることはなかったばかりか、殺人そのものも食い止められたのではないかと今また後悔している」
「その話はもう言いっこなしで。悪天候の中、よく来てくださいましたと感謝しこそすれ、遅いなんて思ってもいませんでしたよ」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
アベルとフランク ~ 魔玉を巡る奇譚 ~
崎田毅駿
ファンタジー
科学者のエフ・アベルは、一から人間を造り出そうとしていた。人の手によらぬ異界の物の力を利して。そしてそれは成った。
数年後、街では夜な夜な、女性をターゲットにした猟奇的な殺人が発生し、市民を恐怖させ、警察も解決の糸口を掴めず翻弄されていた。“刻み屋ニック”と呼ばれるようになった殺人鬼を追って、アベルが動き出す。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
悪役令嬢の残した毒が回る時
水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。
処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。
彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。
エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。
※設定は緩いです。物語として見て下さい
※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意
(血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです)
※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい
*HOTランキング4位(2021.9.13)
読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる