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16.自敬表現の人その三
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「ちょ、ちょっと待ってください。僕は演劇部じゃありません。草野球同好会に籍だけ置いてる」
「その同好会で、演劇部の手伝いをしただろ。荷物運びだっけかな」
「――あ、ああ、そんなことがありました」
斑野が一年生のときと二年生のとき、それぞれ一度ずつ、草野球同好会は演劇部の上演の手伝いを引き受けた。一種のアルバイトだが、上演が終われば打ち上げの場に同席し、親交を深めた。
「今思い出したようなふりをしたのは、やましい点があるからじゃないか?」
「そんなこと、ありません!」
息が荒くなる。何度も途絶えながら、斑野は否定をした。
「ふりじゃなくて、本当にさっき思い出したんです。やましい点なんか、ある訳ないじゃないですか」
「そうかね。ふん、私らには窺い知れんからなあ」
刑事同士は意味ありげに目を見合わせた。
「正月の捜査ってのは、色々と面倒でな。住所を訪ねても、不在が多いんだよ。やっと掴んだところでは、君は大杉仁美さんに横恋慕していたそうじゃないか」
「だ、誰がそんなことを」
覚えがなくはない。ただし、斑野は好みのタイプであれば、脈の有無に関係なく、気軽に声を掛けてしまう質であり、誰それを特定して狙うつもりは全くない。故に、名前はほとんどうろ覚えだ。
大杉仁美についても、じっくり思い返してみて、演劇部にそういう名前の人がいた記憶が蘇った。恐らく、声を掛けもしただろう。しかし、それだけだ。以後の進展は全くない。
「証言者が誰かなんてことは、どうでもいい。君は否定するんだな?」
「だって、事実、違うんだから。他人の彼女を盗らなくても……」
そこまで言って、間抜けにもようやく思い出した。自分には彼女がいるのだということを。おもちゃのロボットを作ったのも、彼女を楽しませるためのちょっとしたプレゼントだった。そんな事情を急いで刑事に訴える。
だが、鼻で笑われ、あしらわれただけだった。
「そんなもの、何になる? 世の中には、何人も女を作っておきながら、まだ欲しがる輩がたくさんいるんだがねえ」
「しかし……」
逆接の接続詞を発したあとが続かない。
背後に立つ刑事が、斑野の肩に手を置いた。
「長い付き合いになりそうだな。さて、アリバイを一つずつ聞こうか」
~ ~ ~
血が必要である。二千人の血が、地球を救う。皆が許されるために、二千人の血を捧げよ、早く、早く。
たくさん死んだが、まだ足りない。あと千五百人ぐらい殺さねばならない。
だが、案ずる必要はない。明日、一月四日を迎えて数時間の内に、千人の血がここに加わるのだから。二千人に届く日も近く訪れよう。
一月四日まであと……十三分と四十九秒。
~ ~ ~
二〇〇〇年一月三日午後十一時五十三分。
土井の頭には死ぬつもりなんて考え、これっぽっちもなかった。ナイフを使って自身を軽く傷付け、警察に駆け込む計画である。
(これで同情してもらえる)
皮製の鞘から抜き出すと、ナイフの刃が外灯に反射して光る。土井は唾を飲み込み、白い息を吐いた。
(俺は有能なプロデューサー。俺の作る番組はどれも高視聴率を稼ぎ、人気を博す。一般市民にファンがいるくらいだ。それだけ有能で有名な人間が、業界から消えていいはずがない)
土井は夕刻、家にやってきたファンを称する男のことを思い起こした。
彼は、土井を知っており、土井が番組中でのトラブルで窮地に立たされていることも知っていた。そんな土井を彼はいたく同情し、激励の言葉をいくつも掛けてきた。
最初は胡散臭く感じ、男が若いこともあって見下していた土井も、相手の熱っぽさにほだされ、徐々に態度を軟化させた。そうかそうか、分かってくれるかと理解者を得た心持ちになったとき、男は土井にある提案をしてきたのである。
「ミレニアムキラー2000に襲われたふりをすればいいじゃありませんか。決行は明日の午前〇時ちょうど。そうすれば、世間はあなたもかわいそうな被害者の一人だと見なしてくれます」
「いや、それならもう試してしまったんだ」
土井はトイレ個室内で起こした狂言について、簡単に話して聞かせた。聞き終えた相手は、しかし些かも落胆していなかった。
「その同好会で、演劇部の手伝いをしただろ。荷物運びだっけかな」
「――あ、ああ、そんなことがありました」
斑野が一年生のときと二年生のとき、それぞれ一度ずつ、草野球同好会は演劇部の上演の手伝いを引き受けた。一種のアルバイトだが、上演が終われば打ち上げの場に同席し、親交を深めた。
「今思い出したようなふりをしたのは、やましい点があるからじゃないか?」
「そんなこと、ありません!」
息が荒くなる。何度も途絶えながら、斑野は否定をした。
「ふりじゃなくて、本当にさっき思い出したんです。やましい点なんか、ある訳ないじゃないですか」
「そうかね。ふん、私らには窺い知れんからなあ」
刑事同士は意味ありげに目を見合わせた。
「正月の捜査ってのは、色々と面倒でな。住所を訪ねても、不在が多いんだよ。やっと掴んだところでは、君は大杉仁美さんに横恋慕していたそうじゃないか」
「だ、誰がそんなことを」
覚えがなくはない。ただし、斑野は好みのタイプであれば、脈の有無に関係なく、気軽に声を掛けてしまう質であり、誰それを特定して狙うつもりは全くない。故に、名前はほとんどうろ覚えだ。
大杉仁美についても、じっくり思い返してみて、演劇部にそういう名前の人がいた記憶が蘇った。恐らく、声を掛けもしただろう。しかし、それだけだ。以後の進展は全くない。
「証言者が誰かなんてことは、どうでもいい。君は否定するんだな?」
「だって、事実、違うんだから。他人の彼女を盗らなくても……」
そこまで言って、間抜けにもようやく思い出した。自分には彼女がいるのだということを。おもちゃのロボットを作ったのも、彼女を楽しませるためのちょっとしたプレゼントだった。そんな事情を急いで刑事に訴える。
だが、鼻で笑われ、あしらわれただけだった。
「そんなもの、何になる? 世の中には、何人も女を作っておきながら、まだ欲しがる輩がたくさんいるんだがねえ」
「しかし……」
逆接の接続詞を発したあとが続かない。
背後に立つ刑事が、斑野の肩に手を置いた。
「長い付き合いになりそうだな。さて、アリバイを一つずつ聞こうか」
~ ~ ~
血が必要である。二千人の血が、地球を救う。皆が許されるために、二千人の血を捧げよ、早く、早く。
たくさん死んだが、まだ足りない。あと千五百人ぐらい殺さねばならない。
だが、案ずる必要はない。明日、一月四日を迎えて数時間の内に、千人の血がここに加わるのだから。二千人に届く日も近く訪れよう。
一月四日まであと……十三分と四十九秒。
~ ~ ~
二〇〇〇年一月三日午後十一時五十三分。
土井の頭には死ぬつもりなんて考え、これっぽっちもなかった。ナイフを使って自身を軽く傷付け、警察に駆け込む計画である。
(これで同情してもらえる)
皮製の鞘から抜き出すと、ナイフの刃が外灯に反射して光る。土井は唾を飲み込み、白い息を吐いた。
(俺は有能なプロデューサー。俺の作る番組はどれも高視聴率を稼ぎ、人気を博す。一般市民にファンがいるくらいだ。それだけ有能で有名な人間が、業界から消えていいはずがない)
土井は夕刻、家にやってきたファンを称する男のことを思い起こした。
彼は、土井を知っており、土井が番組中でのトラブルで窮地に立たされていることも知っていた。そんな土井を彼はいたく同情し、激励の言葉をいくつも掛けてきた。
最初は胡散臭く感じ、男が若いこともあって見下していた土井も、相手の熱っぽさにほだされ、徐々に態度を軟化させた。そうかそうか、分かってくれるかと理解者を得た心持ちになったとき、男は土井にある提案をしてきたのである。
「ミレニアムキラー2000に襲われたふりをすればいいじゃありませんか。決行は明日の午前〇時ちょうど。そうすれば、世間はあなたもかわいそうな被害者の一人だと見なしてくれます」
「いや、それならもう試してしまったんだ」
土井はトイレ個室内で起こした狂言について、簡単に話して聞かせた。聞き終えた相手は、しかし些かも落胆していなかった。
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