世紀末祭:フェスティバル

崎田毅駿

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10.集う面々その5

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 旅客機墜落事件は、行方不明者の捜索と機体の引き揚げ・回収作業が依然続いていた。真相究明はまだ先になる模様だ。
 A空手道場での毒殺事件では、毒物が砒素と確定した。道場据置きの砂糖壷は、特に厳重に保管されていたはずもなく、道場に出入りする者なら誰でも楽に手を触れられた。関係者の話では昨年末二十六日に大掃除をしたが、その際、部外者でも自由に道場へ出入りできる状態になったという。今年の正月以前に砂糖を最後に使ったのは、昨年の十二月二十五日だったので、毒混入はこの二十六日だと思われた。現在のところ、怪しい人物の目撃証言は出て来ていない。
 有力な目撃証言がないのは、マンションでの毒タンク事件も同様だ。毒を仕込んだ氷を用いたとしたら、去年の十二月三十一日の夜遅く、各マンションに足を運んだことになる。百のマンションを一晩で回るのには、単独犯では無理との見方が出ている。
 D河川敷に並んだ四つの遺体については、まだほとんど分かっていない。身元が判明したのは木村毅彦ただ一人。D川近辺の聞き込みは空振り続き、木村の居住地がD川から約六十キロ離れた町だった点からも、他の三人もD川の近所の住人ではないとする見方が濃厚になりつつある。
 死亡推定時刻は四人揃って、一月一日の午前六時を中心とした二時間に集中している。凶器は未発見だが、被害者達の首に残る痕跡から、同じビニールロープようの物が用いられた可能性が高い。
 これとは対照的に、鉄道跡地のイベント広場で起きた事件では、発生の仕組み自体は明らかになりつつある。イベントのクライマックスで暖かい雪が降る演出は、三ヶ月も前に公表されており、その特殊な雪――ホットスノーの成分についても調べようと思えば誰でも入手できる情報だった。それによると、ホットスノーは充分な酸素が存在すれば、摂氏七十度くらいの熱で容易に発火し、ある程度の時間燃え続ける性質を持つという。
 七十度の熱源は会場を彩る照明だとして、大量な酸素がどこから来たのか。ホットスノーと同じく演出のために用意された風船に、酸素を注入した物が紛れ込ませてあったらしい。膨らませた風船の極一部にセロハンテープを貼り、そこに小さな針を刺せば、中の気体は少しずつ漏れ出る。この原理を利用し、会場の酸素濃度が徐々に上がるようにしたものと推測される。
 風船の用意を指揮したスタッフは将棋倒しの巻き添えを食らって、すでに亡くなっていたが、風船の準備には当日、アルバイト数名が駆り出されたと分かった。ただ残念なことに、採用に際しては身元チェックをいい加減に済ませていたため、個人個人の特定は不可能。ミレニアムキラー2000が紛れ込んだかもしれないとして、追跡調査が始められたが、首尾よく行くかどうかはまだ見えない。


「無事に到着して、ほっとしたよ」
 私ことライアン=ブロックが胸――と言うよりも腹をなで下ろすと、少し先の右斜め前を歩いていたアルセーヌ=有瀬剛ありせつよしは、スピードを落として横に並んだ。
「一日に墜落事故、いや事件があったから、二日も危ないと思うのは一つの考え方だ。しかし普通は、警備強化によって爆弾を持ち込みにくくなるはずさ」
「そのような論を持ち出さなくとも、世界中を飛び回る飛行機を思えば、落ちるのは微々たる数に過ぎない」
 いま一人の連れ合いの男、マチュー=デプルが仏頂面で、カイゼル髭をしごいた。フランスから逃亡者を追って来日したこの刑事は、生粋のフランス人の割に、ドイツ人をイメージさせる風貌の持ち主だと思う。
「事件と事故を単純に同列化して扱うのはよくありませんよ、デプル刑事」
「しかし、巻き込まれる者にとって――」
「この辺でやめましょう。我々の目的は他にある」
 有瀬もまた、逃亡犯のムラト=ゲオールを追って来たのには変わりない。ただ、刑事ではなく、探偵を生業とする。探偵と言えども民間人に過ぎない彼が同行したのは、日仏混血の有瀬がいればデプル刑事も助かる……という理由だけではなかった。
「個人的には直接Y信託に乗り込みたい心持ちですが、企業は正月休みだ。荷物もあることだし、ホテルに向かおうか」
 有瀬の言に、私もデプルも賛成の意を示した。長旅の疲れもあるし、時刻も遅い。これで正解だろう。すっかり暗くなった中、バスに乗り込むと、自然と話題は、日本国内をにぎわすミレニアムキラー2000のことになった。
「有瀬、君が自慢していた日本の安全神話だが、これで崩壊だね?」
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