世紀末祭:フェスティバル

崎田毅駿

文字の大きさ
上 下
5 / 18

4.自作自演、なりすまし

しおりを挟む
(謝って済むのなら、何度でもするさ。頭を下げるのはただなんだし)
 土井はまだトイレの個室にいた。彼の思考は十分前から同じところをぐるぐる回っている。
(ああっ、済む訳ねえんだよ。タレント事務所への賠償だけでも、凄い、どえらい額になる。退職金まともに出る訳ないし、借金してもおっつかないぞ。宝くじの一等に何回当たれば足りるかなあ?)
 非現実的な算段ではあっても、金での問題解決を想像する間は、土井の精神状態はまだまともだと言える。
 想像が自らの将来のことに及ぶと、途端におかしくなって、声を押し殺して泣き始める。便座を降ろした個室トイレに腰掛け、鼻をぐすぐすさせて涙を目尻ににじませるおじさん、という構図。彼の頭には、上役や警察を前にしての事情説明、家族や世間体、次の仕事にありつけるかどうか等、今後に立ち塞がる関門が総天然色のビジョンとなってとめどなく押し寄せる。脳細胞が圧迫されそうな心持ちに陥っていた。
「土井さーん! どこ行っちゃったんですかーっ」
 探し回る声がトイレの中にも聞こえてきた。反響する声は、どんどん近付いてくる。便座のふたに座ったまま、びくりとする土井。だめだ、見つかる。見つかって、言い逃れできない状況に追い込まれる。
(嫌だよ、俺。格好よく見えるよう生きていくのが、俺の人生設計だったのに。これまでの仕事を評価して、相殺してくれないかな……無理だよ、マイナスがでかすぎるんだよ。何かないか。俺の名誉を守って、立場を守って、未来を守って)
 答のない自問自答に、土井は煩悶を続けた。煩悶に煩悶を重ねて――奇態な回路ができあがった。
(そうだそうだ、俺も被害者になればいいじゃん。何でこんな簡単なことに気付かなかったんだ?)
 土井は個室内ですっくと立ち上がる。比較的だが力強さが戻っては来ている。凶器に適したよい得物はないかと、狭い範囲に視線を巡らせる。見当たらないと分かって、今度はジャンバーのサイドポケットに両手をそれぞれ突っ込み、中を漁った。セロハンテープにゴムテープ、クリップに安全ピン、ボールペンといった様々な文房具に混じって、おあつらえ向きにもカッターナイフが出て来た。
 にやりと笑んだ土井は、早速実行に取り掛かる。きりきりきり……刃を適当な長さまで出した。そして。
「うわー、助けてくれー!」

 タイムスタンプによると、一月一日の午後二時十四分。
 インターネット上のとある人気ホームページ――癒し系と呼ばれる中でも質疑応答を取り入れ、なかなかの活況を呈するサイト――に、ミレニアムキラー2000を名乗る人物が現れ、足跡を残していった。その書き込みに曰く、
「2000年1月4日午前0時に、1000人の命を奪う。1000人をほぼ同時に刺し殺そうと考えている。命が惜しくばご注意を。ミレニアムキラー2000」
 とあった。
 通常なら、殺人の予告という一点のみをとっても非道徳的でテーマにそぐわぬとの理由で開設者に即刻削除されておかしくない。だが、この書き込みばかりは事情がちょっと違った。何故なら形式上、開設者本人が書き込んだことになっているのだから。
 ほどなくして警察に情報が行き、調査がなされた(この頃になると、警察の対応もなかなか迅速になる)。
 結果、開設者は木村毅彦という僧侶と分かった。インターネット世界ではそれなりに名を知られた人物で、かつて、僧侶によるホームページ開設が珍しがられ、何度かテレビ番組や雑誌から取材を受けたこともあったらしい。
 彼もまた死亡していた。と言っても自宅や寺で亡くなっていたのではない。ましてや、パソコンの前で倒れ伏してもいなかった。
 D川で見付かった四遺体の内の一人が、木村毅彦だったのである。その独り暮らしの自宅に刑事が急行し、捜査が迅速に始まるも、こちらにはミレニアムキラー2000からのメッセージは何ら残されていないようだった。ただし、犯人が家に侵入し、木村所有のパソコンをいじったことだけは間違いなかった。
 その後、木村毅彦のホームページは関係者の手によって閉鎖。大量殺人犯の書き込みがあったことがニュースになれば、アクセスが急増するのは目に見えていたためである。パンクしない内に閉じるのが賢い判断であろう。
 だが、警察に連絡がなされた時点で、すでに相当数の人々が読んだと思われる。恐らく、ミレニアムキラー2000のメッセージは、あっという間に広まろう。コンピュータネットワーク上にとどまらず、テレビのニュースやワイドショー、各新聞でも紹介されるに違いない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

劇場型彼女

崎田毅駿
ミステリー
僕の名前は島田浩一。自分で認めるほどの草食男子なんだけど、高校一年のとき、クラスで一、二を争う美人の杉原さんと、ひょんなことをきっかけに、期限を設けて付き合う成り行きになった。それから三年。大学一年になった今でも、彼女との関係は続いている。 杉原さんは何かの役になりきるのが好きらしく、のめり込むあまり“役柄が憑依”したような状態になることが時々あった。 つまり、今も彼女が僕と付き合い続けているのは、“憑依”のせいかもしれない?

ミガワレル

崎田毅駿
ミステリー
松坂進は父の要請を受け入れ、大学受験に失敗した双子の弟・正のために、代わりに受験することを約束する。このことは母・美沙子も知らない、三人だけの秘密であった。 受験当日の午後、美沙子は思い掛けない知らせに愕然となった。試験を終えた帰り道、正が車にはねられて亡くなったという。 後日、松坂は会社に警察の訪問を受ける。一体、何の用件で……不安に駆られる松坂が聞かされたのは、予想外の出来事だった。

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

せどり探偵の事件

崎田毅駿
ミステリー
せどりを生業としている瀬島は時折、顧客からのリクエストに応じて書籍を探すことがある。この度の注文は、無名のアマチュア作家が書いた自費出版の小説で、十万円出すという。ネットで調べてもその作者についても出版物についても情報が出て来ない。希少性は確かにあるようだが、それにしてもまったく無名の作家の小説に十万円とは、一体どんな背景があるのやら。

それでもミステリと言うナガレ

崎田毅駿
ミステリー
流連也《ながれれんや》は子供の頃に憧れた名探偵を目指し、開業する。だが、たいした実績も知名度もなく、警察に伝がある訳でもない彼の所に依頼はゼロ。二ヶ月ほどしてようやく届いた依頼は家出人捜し。実際には徘徊老人を見付けることだった。憧れ、脳裏に描いた名探偵像とはだいぶ違うけれども、流は真摯に当たり、依頼を解決。それと同時に、あることを知って、ますます名探偵への憧憬を強くする。 他人からすればミステリではないこともあるかもしれない。けれども、“僕”流にとってはそれでもミステリなんだ――本作は、そんなお話の集まり。

処理中です...