江戸の検屍ばか

崎田毅駿

文字の大きさ
上 下
11 / 13

11.真の有力容疑者

しおりを挟む
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。意想外のことを言われて、いっぺんに疑問が湧いて出て来ました。えっと、何から聞けばいいのか……そう、まずはこれだ。お説の通りだとしたら、咎人は一松を知っていたとなりますよね?」
「ああ。面倒くさいから先に答えるが、俺は国安が真の咎人じゃないかと仮定している。国安なら一松のことも、一松がおよしに惚れていることも知っていておかしくあるまい」
「確かにそうです。色恋沙汰の競争相手に罪を着せようっていうのも、分からなくはない心の動きです。でも、凶器が用意できますかね? お話を聞いた限りじゃ、前もって謀を巡らしていたのではなく、不意に持ち上がった殺しとなりますが」
「手頃な釘なら、自身の持ち物や家のどこかから引っこ抜いてでも調達可能だろうさ。熱するのも難しくはない。金槌は持っていないかもしれないが、なーに、釘を打ち込むのは金槌でなくとも、そこらの川縁に転がっている大きめの石で充分事足りる」
「けど、その殺し方だと複数の仕業になるんですよね? 急に人殺しを手伝ってくれと言われて、承知する仲間が国安にいるんでしょうか。いや、国安に限らず、誰だってなかなかそんな知り合いはいませんよ」
「待て、早とちりしているぞ、法助。もう一度、俺のした話を思い出せ。複数人で取り掛からねばならないのは、生きている相手を押さえ付けるが故だ」
「――あ、そうか。旦那の見立てだと、およしはもう別の理由で死んでいる。死んで動かないおよしの頭に首を打つくらいなら、咎人単身でもできる、とこういう理屈ですね?」
 法助が目を輝かせると、堀馬は我が意を得たりとばかりに、大きな所作で頷いた。
「ひょっとすると、髪を一端解く手間すら省けるかもしれん。遺体の髪をうまく選り分けて、肌が見えるようにし、そこへ釘を打ち込めばよい。そののち、髪をまた元通りにするのだ。およしの身体がどれくらいの大きさかは知らないが、大の男が運べぬということはなかろう。空き家に運び込むのは咎人一人でもできる」
「は、その通りで。あの娘なら男の子でも十を越えていれば運べますね、きっと」
「あんまり大げさに言われると、かえって疑いたくなるじゃねえか。まあいい。空き家に運び込む折に、多少話し合っている風な声を、芝居がかって演じたかもしれないな。いかにも大勢でやった犯行に見せ掛けたいのと、ある程度早めに遺体を見付けてもらわなくちゃならないだろうから」
「多人数と思わせるのはさておき、早く死体を見付けさせたいとは?」
「極端な話をすれば、遺体が白骨化したあと見付かったら、釘を使ったのが丸分かりになってしまう。偽装のために釘による殺しをやったのなら、早めに見付けてもらって、早めに埋葬されるのを期待するのが咎人の思惑だからな」
「筋が通るってわけですね。では、仮の話、国安を問い質すとしたら、何か決め手はありますか」
「分からん、というよりも、ない。今んところは、だが」
 堀馬の返答に、法助は首を傾げた。
「今んところと仰いますと?」
 尋ねる法助の目の前で、堀馬は身支度を始めた。
「完治したことにして出掛けるぞ」
「え? どちらに?」
「およしんところだ。葬儀がどうなるか知らぬが、近くに身内がいないのなら、おいそれとは話が進まんだろう。幸い、今の季節なら遺体の傷み具合は、ゆっくり進む。今一度、調べるんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忍び零右衛門の誉れ

崎田毅駿
歴史・時代
言語学者のクラステフは、夜中に海軍の人間に呼び出されるという希有な体験をした。連れて来られたのは密航者などを収容する施設。商船の船底に潜んでいた異国人男性を取り調べようにも、言語がまったく通じないという。クラステフは知識を動員して、男とコミュニケーションを取ることに成功。その結果、男は日本という国から来た忍者だと分かった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

観察者たち

崎田毅駿
ライト文芸
 夏休みの半ば、中学一年生の女子・盛川真麻が行方不明となり、やがて遺体となって発見される。程なくして、彼女が直近に電話していた、幼馴染みで同じ学校の同級生男子・保志朝郎もまた行方が分からなくなっていることが判明。一体何が起こったのか?  ――事件からおよそ二年が経過し、探偵の流次郎のもとを一人の男性が訪ねる。盛川真麻の父親だった。彼の依頼は、子供に浴びせられた誹謗中傷をどうにかして晴らして欲しい、というものだった。

神の威を借る狐

崎田毅駿
ライト文芸
大学一年の春、“僕”と桜は出逢った。少しずつステップを上がって、やがて結ばれる、それは運命だと思っていたが、親や親戚からは結婚を強く反対されてしまう。やむを得ず、駆け落ちのような形を取ったが、後悔はなかった。そうして暮らしが安定してきた頃、自分達の子供がほしいとの思いが高まり、僕らはお医者さんを訪ねた。そうする必要があった。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

くぐり者

崎田毅駿
歴史・時代
黒船来航を機に天下太平の世が揺れ始めた日本。商人に身をやつしていた忍びの一流派である鵬鴻流の鳳一族は、本分たる諜報において再び活躍できることを夢見た。そのための海外の情報を収集をすべく、一族の者と西洋人とが交わって生まれた通称“赤鹿毛”を主要な諸外国に送り込むが、果たしてその結末やいかに。

処理中です...