それでもミステリと言うナガレ

崎田毅駿

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1-6 非日常へのいざない

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「別荘、ですか」
 女性からの誘いにも、心が浮き立つことはまったくなかった――と言えば嘘になる。
 電話で招待をしてくれたのは、胡桃沢奈々子さん。最初の依頼を持ち込まれたあと、事後報告のためにわざわざ足を運んでくれた。顔を合わせたのはそれきりだが、電話によるやり取りは今まで二度ほどあった。いずれも時候の挨拶に毛が生えた程度のやり取りだったが、僕には相手方が最初の依頼の件について、いつまでも気に留めているように感じられて、何とか払拭してあげられたらなとは思っていた。
「はい。本当はもっと早くお招きしたかったんですけれども、うちの方がざわざわしていましたので。それがようやく収まりましたから、お誘いしようと」
 弾んだ声で言われると、こちらもその気になってくる。
 ちなみに、ざわざわしていたというのは遺言状の開封及びその後の成り行きについてなんだろうな。多少は揉めたのか、相続税の捻出で知恵を出し合ったのかは知らないが、丸く収まったのであればいいことだと思う。
「避暑がてらにいかがですか。お仕事をお引き受けになっている最中でしたら、ご都合に沿って日を調整します」
「あ、仕事は今、何も抱えちゃいません。伺いたい気持ちはあるのですが、何という名目で僕を招こうとされてます? まさか、『脅迫状を真に受けて、遺言の開封に立ち会ってもらうつもりだった探偵』などと言う訳にもいきませんでしょう?」
「大学の先輩、OBという形ではどうでしょうか」
 それはまたハードルが高そうな。いや、探偵たるもの、別人になりすますくらいの才覚は身に付けたいところだ。けれども、まったくの初対面の人達を相手に練習をするというのも、何だかな。
「できれば普段のまま探偵として、訪問させてもらえるのが一番なんですが。小さな依頼を受けてやって来たという風な」
「ああ、そうですよね。その方がリラックスできますし、探偵業の営業もしやすいでしょうし」
「い、いえ、営業なんて考えてませんから」
 微塵も考えていなかったので、即座に否定した。ただ、言われてみて、お金持ちが集まるようであれば、少しは名前を売っておくべきなのかも、なんて思いもよぎったり。
 我ながら妙な欲を出しかけていると、先方の高い声が鼓膜を揺さぶった。
「そうだわ。こういう設定ではどうでしょう? 軽めの依頼の中身はこれから考えるとして、流さんは私の先輩の知り合いなんです。私は先輩に軽めの悩み相談を持ち掛けたところ、探偵の流さんを紹介された、という」
「……直の先輩のふりをするのに比べれば、だいぶ気楽そうです」
「それじゃ決まりということで、いいですね? スケジュールはいつにします?」
 いやいや、やるにしても、もっと細部を詰めないと。僕は気の早い奈々子さんを声で押しとどめるのに苦労した。
 こうして事前の準備を仕込み、胡桃沢家の別荘に招かれることになった。八月最後の週末、金曜の夕方に最寄り駅まで行けば、あとは迎えの車にピックアップしてもらえる。
 なお、“軽めの依頼”については、あれこれ検討した挙げ句に、元々の案とは形をちょっと変えて、次のように設定することに決まった。
 何でも、奈々子さんは大学入学後にミステリに興味を持ち始めて、自身も推理小説を書いてみたい気持ちが少しはあるという(これは事実らしい)。その執筆の参考になるような話を聞かせてくれるのが、現役探偵の流連也、つまり僕。推理小説創作の参考になりそうな事件なんてほとんど経験していないが、ゼロではない。確かにこの設定なら、割と自然に演じられる。奈々子さん以外の人達まで、探偵のエピソードを聞きたがる可能性がなきにしもあらずだが、そこは奈々子さんが執筆する前に楽しみを奪う恐れがあると理由付けして、回避する方針を予め立てておいた。
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