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1-4 少し気になる点
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「関知していないとのことでした。ただ、公正証書遺言の方に祖父は二度、細かな直しを入れたそうです。いずれの場合も祖父がまだ意気軒昂な頃の話で、脅迫めいた怪文書とは無関係でしょう」
この手の法律に自分は詳しい訳ではないけれども、専門家たる弁護士が関わっているのなら、遺言の内容そのものに不備があって話がこじれる、なんてケースは除外できる。怪文書の送り主は、遺言の執行を避けたいようだが、それならば犯人は遺言の内容自体を掴んでいることになる。
「愚問になると思いますが、松方先生は信頼できる方なんですよね?」
「もちろんです」
即答が返ってきた。若干、憤慨した空気が感じられなくもなかったので、頭を下げておく。
「失礼をしました。この脅迫めいた手紙を寄越した犯人が、遺言の内容を知っている必要があるんじゃないかと考え、ぶしつけな質問になりました。ご容赦ください」
他には、この手紙の存在及び内容を知っている人の範囲を確認したり、胡桃沢嘉右氏の葬儀やお通夜において、多少なりとも不審な振る舞いをする者はいなかったか、親戚でもないのに財産のことを聞き出そうとする人物がいなかったか等を尋ねたりして、時間を使った。
「もうそろそろ、タイムアップが近付いてきましたね。じゃあ……御一族の中に小さな子供さんは何人くらいいますか」
あることを端緒とする思い付きから、そんな質問をしてみた。
「それはどのくらいの範囲ででしょうか。遠戚まで含めると相当な人数に上りそうです」
「うーん、それならばとりあえず、嘉右氏と同じ家で暮らしたことのある人や家への訪問がそこそこ活発だった人にしておきましょうか。あ、その前に。ご自宅にはプリンターの類がございますか?」
「はい、あります。親戚の物も一家に一台は所有しているかと主思いますけど、このことが何か」
「単純に考えてみたんです、手書きで書いた理由を。いくら定規で引いたような角張った文字だと言ったって、紙に直に字を書くとなると何らかの証拠を残す恐れがあるでしょうから、なるべくなら避けたいんじゃないか。そうしなかったのは、プリンターがないからじゃないか、って」
「ということは、さっき言われた小さな子供どうこうという話も……」
「はい。プリンターのあるなしにかかわらず、小さな子供ならプリンターの使い方を知らない、勝手にプリンターを使えないといった事情から、やむを得ず手書きを選ぶことがあるんじゃないかと。もちろん、大人だって当てはまる人はいるかもしれませんが、すべて平仮名というのはね。大人だったら、簡単な漢字ぐらいはそのまま漢字で書こうとするんじゃないかなと。まあ、あくまでも想像、空想です」
「あの、お言葉を返す形になりますが、でしたら子供が差出人と考えるのはそもそも無理がありません? かなり難しい言葉を使ってあるし、動機がありません」
「あ、いや、仰る通りです。繰り返しになりますが、あくまでも想像なので。ただ、ちょっとだけ付け加えるなら、あなたのお父上の落ち着きっぷりが、少し気になりまして」
質問をするきっかけとなった点を口にする。と、相手の奈々子さんは訝しげに眉間にしわを作った。
「父の落ち着きっぷり? どういうことでしょう。父はこの脅迫文を見て、取り上げただけですけど、落ち着いていると言うよりは少し恐れ、腹を立てている風に感じましたよ」
「本当に恐れ、立腹なさったのなら、警察に届けるのが筋だと思いますが、そうなさってない。何か理由が考えられるんでしょうか」
「それは……」
「隠さないといけないような、公にできないような因縁や犯罪行為などが過去にあった訳ではありませんよね。身内にも秘密にしていることがあるのなら、分からないでしょうけど」
「……ないと思います」
思慮深い返事に、こちらも自信が深まった。もう少し大胆に推理を展開してみよう。
この手の法律に自分は詳しい訳ではないけれども、専門家たる弁護士が関わっているのなら、遺言の内容そのものに不備があって話がこじれる、なんてケースは除外できる。怪文書の送り主は、遺言の執行を避けたいようだが、それならば犯人は遺言の内容自体を掴んでいることになる。
「愚問になると思いますが、松方先生は信頼できる方なんですよね?」
「もちろんです」
即答が返ってきた。若干、憤慨した空気が感じられなくもなかったので、頭を下げておく。
「失礼をしました。この脅迫めいた手紙を寄越した犯人が、遺言の内容を知っている必要があるんじゃないかと考え、ぶしつけな質問になりました。ご容赦ください」
他には、この手紙の存在及び内容を知っている人の範囲を確認したり、胡桃沢嘉右氏の葬儀やお通夜において、多少なりとも不審な振る舞いをする者はいなかったか、親戚でもないのに財産のことを聞き出そうとする人物がいなかったか等を尋ねたりして、時間を使った。
「もうそろそろ、タイムアップが近付いてきましたね。じゃあ……御一族の中に小さな子供さんは何人くらいいますか」
あることを端緒とする思い付きから、そんな質問をしてみた。
「それはどのくらいの範囲ででしょうか。遠戚まで含めると相当な人数に上りそうです」
「うーん、それならばとりあえず、嘉右氏と同じ家で暮らしたことのある人や家への訪問がそこそこ活発だった人にしておきましょうか。あ、その前に。ご自宅にはプリンターの類がございますか?」
「はい、あります。親戚の物も一家に一台は所有しているかと主思いますけど、このことが何か」
「単純に考えてみたんです、手書きで書いた理由を。いくら定規で引いたような角張った文字だと言ったって、紙に直に字を書くとなると何らかの証拠を残す恐れがあるでしょうから、なるべくなら避けたいんじゃないか。そうしなかったのは、プリンターがないからじゃないか、って」
「ということは、さっき言われた小さな子供どうこうという話も……」
「はい。プリンターのあるなしにかかわらず、小さな子供ならプリンターの使い方を知らない、勝手にプリンターを使えないといった事情から、やむを得ず手書きを選ぶことがあるんじゃないかと。もちろん、大人だって当てはまる人はいるかもしれませんが、すべて平仮名というのはね。大人だったら、簡単な漢字ぐらいはそのまま漢字で書こうとするんじゃないかなと。まあ、あくまでも想像、空想です」
「あの、お言葉を返す形になりますが、でしたら子供が差出人と考えるのはそもそも無理がありません? かなり難しい言葉を使ってあるし、動機がありません」
「あ、いや、仰る通りです。繰り返しになりますが、あくまでも想像なので。ただ、ちょっとだけ付け加えるなら、あなたのお父上の落ち着きっぷりが、少し気になりまして」
質問をするきっかけとなった点を口にする。と、相手の奈々子さんは訝しげに眉間にしわを作った。
「父の落ち着きっぷり? どういうことでしょう。父はこの脅迫文を見て、取り上げただけですけど、落ち着いていると言うよりは少し恐れ、腹を立てている風に感じましたよ」
「本当に恐れ、立腹なさったのなら、警察に届けるのが筋だと思いますが、そうなさってない。何か理由が考えられるんでしょうか」
「それは……」
「隠さないといけないような、公にできないような因縁や犯罪行為などが過去にあった訳ではありませんよね。身内にも秘密にしていることがあるのなら、分からないでしょうけど」
「……ないと思います」
思慮深い返事に、こちらも自信が深まった。もう少し大胆に推理を展開してみよう。
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