コイカケ

崎田毅駿

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コイカケその31

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 正直言って、呼吸を止めるのは苦手だ。スタート時に吸い込むべき空気の適量が分からない。いっぱいいっぱいに吸い込んでも、漏れ出す感じでじきに苦しくなるし、よく言われた目一杯吸ったあとちょっと吐き出すというのも、吐き出しすぎてしまうのかさして保たない。
 今回も結局、約三十秒が限度だった。馬込ディーラーの計測では、二十九秒一三とのこと。泳ぎは得意なんだけど、万が一にもこの船が沈むようなことがあって、海に投げ出されたら、恐らく助からないよなぁ。
「続いて、帆里南。水の汚れが気になるのであれば、入れ替えるのも可とする」
「――まさか毒を仕込んではいませんよね」
 僕に聞いてきた。
「息も絶え絶えに顔を上げる瞬間、毒を落としたと言うんですか。冗談きついですよ」
「もちろん、きつい冗談です」
 とか言いつつ、結局水は交換された。実際問題、毒じゃなくても、洗剤を入れたり塩を入れたりしたら、息止めに悪い影響を及ぼすかもしれない。前もって気付いていれば実行したかと問われると、ノーだけど。
 結果から言うと帆里南は、僕の三倍の記録をたたき出した。一分三十六秒ジャストって、海女さんかよ。

「いよいよ本番です。ゲームは神経衰弱」
 ディーラーはさらっと言ったけど、神経衰弱ってカードゲームの?
 どこが短期決戦なんだ?
「強者二人からそのような表情を見られるのは、光栄とすべきことなのでしょう。が、喜びを露わにするのは慎まねばなりません。神経衰弱と言っても、独自ルールを追加しております。まず、時間制限。先程の息止め時間がそのまま持ち時間となります」
 予想はしていたが……このハンデは大きいぞ。
「カードは通常の倍、一〇四枚を使い、ペアの完成は数、マークともに一致しなければ認められません。さらに、めくってペアにならなかったカードは開いたままにし、そのターンではペアとすることはできません」
 ターン? 二枚めくったら交代ではないということらしい。
 馬込はいつの間に用意したのか、チェスクロックを手に持っている。対局時計とも呼ばれる代物で、アナログ時計の文字盤二つが横並びに設置されている。
「この対局時計は、将棋やチェスなどでお馴染みと思います。上に付いているボタンそれぞれを押す度に、ムーブとストップを繰り返します。先番を決めていただき、最初は私がスタートを掛けると同時に針を動かしますので、先番の方はカードをめくり始める。ペアができたら針を止めます。ペアにならなかったカードを裏向きに戻した後に、もう一つの時計のスタートボタンを押しますから、後番の方はカードをめくり始める。以降、双方の持ち時間がなくなるまで繰り返します。完成したペア数の多い者が勝利。
 もう一点。カードを元通りにするに当たって、カードの位置はそのまま動かしません。しかし、対戦者のお二人は自らの持ち時間から三秒をマイナスすることと引き換えに、カードの位置をぐちゃぐちゃに混ぜることができます。あ、混ぜるのは私ですが。以上がこの特殊神経衰弱のルールとなります。何かご質問は? ゲームの性質上、開始後は質問を差し挟むタイミングはないと推測されますので、今の内に」
 帆里が先に動いた。
「じゃあ、二つほど。いえ、三つになるかも。まず、持ち時間内にペアができなかった場合、どうなるのかが不明確だと感じましたが」
「その方のゲームがその時点で終了。ペア数もその時点のものとなります」
「分かったわ。二つ目は、その逆。一〇四枚全てをめくったのに、運悪くペアができなかった。でも持ち時間は残っている場合」
「そのターンは獲得ペア数ゼロ。改めて一〇四枚を並べて、相手のターンになって続行します」
「なるほどね。三つ目の質問。ペアができたあと、思わず次のカードをめくってしまってもいいのかしら?」
「いえ、だめ。即座に反則負けとします」
 えらく厳しいと感じたが、考えてみれば当然か。ペア完成後もめくっていいとしたら、全てのカードを連続的にひっくり返せばいいことになる。息を吹きかけるようにして。
「僕からも一つあります。味澤さんと対戦したときみたいに、両者合意の上でルールを追加するのは?」
「認められません」
 あ、やっぱりそうですか。
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