ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

文字の大きさ
上 下
140 / 143
7激甘ネジ

ただ、隣にいたいだけ②

しおりを挟む
 
 一緒に住んでしまったら、ますますそこに囚われて、甘い甘い空間から逃げ出したいとも思えないくらいになることが怖かった。
 何かあった時、それを失うことをどこかで恐れる。
 わかっている。これはただの自分の甘え。

 自分さえしっかりしていれば、小野寺に甘やかされようとも何も変わらない。
 小野寺が小野寺のまま変わらないように……
 もしそうなったらそうなった時であり、そうならないようにしたいという気持ちはちゃんとある。

 それがわかっているようで、わかっていなかった。だから、曖昧なままにしていた。でも、わかってしまった。
 自分の単純な思い。それに気づけば、ぐだぐだと考えたりすることに意味がないことを。

「千幸。一緒に住んで」

 小野寺が繰り返す。限界だとばかりに、すりすりと甘え早く落ちてこいと待ちながらも攻撃を緩めない相手に、いつまでも自分の思いばかり考えていられない。
 懇願ともとれるそれに、千幸はとうとう頷いた。

「はい。私も一緒に住みたいです」
「……えっ、本当に?」
「はい。お待たせしてすみませんでした。ずっとそう思ってくれて、言葉も惜しみなくかけてくれてありがとう。こちらからもお願いしたいです」
「……………ま、じか……」
「翔さん?」

 千幸が言い切ると、熱っぽい切れ切れの言葉とともに顔を埋め黙り込んでしまった。
 小野寺の顔を見ようと離れようとしたが、見るなとばかりにぐいっと顔を小野寺の肩へと押される。

「ああ~。……夢のようだ」

 掠れた声。そばに発する小野寺の体温が上がった気がするくらい、自分たちの周囲がぽかぽかと熱していく。
 それに煽られるように、千幸もじんと胸の奥が熱くなり甘く痛くなった。

「そんな、夢って。これから一緒に住むということはもっとリアルになるというか、綺麗ごとばかりではないですし。でも、だからこそ翔さんと一緒にいて、少しでも満たしたいし満たされたいです」
「ああ。千幸がそばにいるだけで俺は幸せだ。どんな疲れも吹っ飛ぶしなんでもできる」

 小野寺節にふっと笑いが漏れる。

「なんでもは大げさだから。でも、ここ最近翔さん忙しくて、今までずっとたくさん気にかけてもらっていたのを知りました。たくさんの人のサポートがあっての今で、これからは私も支えたいって。それが一緒に住むことでそうなるならそうしたい」
「ああ。千幸がいるだけで十分そうなる」
「……近くにいても会えなかった時間は寂しかったです。寂しくさせてすみません。やっぱりちょっと怖かったので」
「溺れることが?」

 すっかりバレていることに気まずく頷くと、小野寺はゆっくりと髪を撫でてきた。

「溺れるというか、慣れすぎて見えなくなったりすることですかね」
「慣れ?」
「はい。具体的なものはないんですけど……。どうしても一緒に住むとなると一緒にいる時間も増えて、良いこともあれば慣れてしまって大事なことが麻痺することもあるので」

 付き合いが順調だと思っていたら、相手はもっと先を見て離れていってしまっていたりとか。
 もしくは自分のこの性格のせいで相手が物足りなく感じて、不安にさせていたりとか。

 そういったことを経験して、さらに臆病になった自分。
 どちらも反省はあるし仕方がない部分もあった。

 思いが重なり、タイミングが重なり、物事が動く。
 一方が違う方向を向き出したら、ずれていくのは当たり前。

 でも、それはそれであり、小野寺との付き合いはまた別だ。
 むしろ、そういう経験があったからこそ、小野寺との付き合いを大事にしたいと思えている。そして、大事にしたいからこそ一歩がなかなか踏み出せなかった矛盾。

「千幸がそういったことに慎重なのはわかってる。だけど、たくさん悩んで決めた時の腹のくくり方はこっちが驚くほど潔いし。そんな千幸が一緒にいたいと言葉にしてくれたこと、たくさんの思いはちゃんとわかってるから」

 千幸はこくんと頷いた。
 小野寺は強引だけど、ちゃんと千幸の思いを汲んでくれている。だからこそ、ずっと言葉をかけてくれていたのだとわかっている。

「それにそんなことを言いながらも、千幸はなかなか溺れてくれないし。俺がたくさん仕掛けることに、たまに乗ってくれるだけでいい。だから、そばにいて」
「そばにいたいです」

 すりっと頬を寄せ合い、視線を合わせ引き寄せられるように口づける。甘く優しい触れ合い、たまに離し見つめ合っては笑いまたちゅっと啄む。
 ただ、ただ甘い時間。胸の奥がずっとずっとぽわっとしてキュンとして、幸せを噛み締める。

 何度か繰り返し、キリがないと笑い合い、ちらりと壁にかかった時計を確認し小野寺はそこで重い重い溜め息をついた。

「なんで、今日は休みじゃないんだ」
「金曜日ですからね」
「わかってる。わかってるけど、こんな嬉しい日にこのまま抱きとめていられないなんて苦痛でしかない」
「……でも、明日は休みです」
「ああ、そうだな。そうだけど、そうじゃない」

 しっかりと指を絡めて、おでこをくっつけてくる恋人は一瞬でも離れるのが嫌だと訴えてくる。
 胸になんとも言えない気持ちが浮かび上がる。さっきから、きゅうきゅうと甘い苦しさに締め付けられる。

 わかっている。この今湧き上がる思いを断ち切って、現実的に仕事に向かわなければいけない。
 そのことが寂しいし悔しいのは千幸も同じであり、このように言っていても小野寺が仕事を疎かにしないこともわかっている。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...