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7激甘ネジ
抑えられない想い side翔①
しおりを挟む「翔さん。少し席を外します」
千幸が気恥ずかしげに声をかけて母親と一緒に部屋を出ていったのを翔は見送った。
戸惑いながらの素直な反応。隠そうとする照れとぶっきらぼうになる表現。たまに誤解がないようにとまっすぐに伝えてくれる言葉や眼差し。
どれをとっても愛おしい。
「ああいうとこ、可愛いのよね」
多田母がふふっと笑う。同じようにその可愛いさを理解している人がいる。
「そうですね」
それを共有できる。長年彼女を見てきた人たちに認めてもらったような感覚は気持ちの奥底が温かくなるようだ。
それらも千幸がいるから。
渇望すると同時に満たされるこれらは、彼女が隣にいてくれるからなり得るもの。
今日という日を翔は忘れない。
これから先も千幸といることで感じる全てを忘れはしない。
もっと、もっと、彼女と共にいることで感じたい。
──手放すことなんてしない。
そこで翔は視線を斜め前にやった。
たまに視線を感じていた多田家の三男坊と視線が合うと、声をかけられた。
「横、いいですか?」
「どうぞ」
頷くとやってきた相手にグラスにビールを注がれながら、翔は相手を遠慮なく観察した。
多田家の三兄弟は細身で整った顔立ちの美形揃いであった。
目元は少し垂れ気味なので優しげな雰囲気が漂い、今までモテただろうなと同性から見ても思う。
実際、千幸の姉と彼の兄は、小さな紹介記事だが美男美女の若旦那と若女将の雰囲気ある旅館として特集が組まれたこともあるそうだ。
その多田兄弟の中で、一番の長身で自信が内から滲み出ているのがこの男。千幸の元彼であり幼馴染みだという相手。
「さっき少し聞こえたんですが、小野寺さんは会社を経営されているそうで」
「そうですね。多田さんも海外でご活躍なさっていたそうですが」
「ええ。なかなか大変でしたが、今回は日本に支社を出すことになったのでこっちに帰ってくることになりました」
「ご家族も安心されますね」
希望しての移動なのかわからずそう告げると、男は嬉しそうに笑った。
「はい。失礼でなければお聞きしたいのですが。小野寺財閥と関係がおありでは?」
「そうですね。父と兄が主だって動いてます」
「やはりそうですか。以前、パーティーで小野寺さんに似た人をお見かけしたことがあって。その方は小野寺財閥の方だと記憶していたので」
家の仕事と少なからず繋がりがあるということは、それなりに地位の高い人物だということか。
だが、同じ匂いはしないというか、翔が小野寺財閥の関係者だと知ったところで何か利益を得ようという空気はなかった。
どちらかというと職人気質に見える。
すらりと長い指や、思惑があれば聞きにくいことをすぐに話題に出すことにしてもそうだ。
嫉妬心が邪魔をして、なぜ彼が海外に行っていたのかとか聞かなかったことが少し悔やまれる。
「そうですか。年は離れていますがよく似ていると言われれます」
「ええ。お父様もですが、皆さん美形の家系ですね」
「外国の血が混ざってますので、濃く見えるだけの話です。多田さんこそ、女性にモテそうな顔をしてますよ」
「滅相もない。モテたら今一人でないはずなんですがね」
「恋人はおられないのですか?」
いてくれたら気分も違うのにと心狭いことを考える。
「ええ。日本に帰ってきたばかりですから。兄二人が結婚したことで、こっちに話が降ってくるのか自由にさせてもらえるのか様子見ってところです」
「パートナーがいるほうが安心というのが親心ですからね」
「そうですね。だから、今日は彼女に会えるのを楽しみにしていたんですけど」
だから?
その言葉に翔は眉を寄せ、目を細める。
「それはどういう意味ですか?」
「深い意味はありませんよ。昔から彼女はまっすぐで可愛らしかったので。日本に帰ったら真っ先にどうしてるだろうと思い浮かんだのは彼女です。幼馴染みでもありますから」
「そうですか」
──幼馴染み、ね。
含む言い方に、翔の気分は下降する。
こちらが穿った見方をしてしまっているのか、そっちにも思うことがあっての言葉か。
「今も変わらないようで嬉しいです」
そう言って千幸が出ていった襖のほうを見て微笑む。
これは煽られているのか、そうではないのか微妙なところだ。
付き合っていたことを知らなけらば、気にならなかった会話だろうか。すでに知ってしまっている今では、やはり穿った見方をしてしまう。
よく知っているみたいな発言に嫉妬を覚え、千幸の気持ちが今は自分に向けられている自信はあるけれど、これは面白くない。
「彼女は俺が幸せにするので大丈夫ですよ」
だから、仕事に専念しておけ。
内心その言葉を付け足し、余裕ぶってにっこりとこの場で出来る微笑を貼り付ける。
千幸が初めて付き合った相手。
彼の家族を見ても、そう悪い男ではないのはわかるが嫉妬心が顔を出してついトゲトゲしてしまいそうになる。だが、ここでそういうのは見せたくない。
「そのようですね」
相手ははっと目を見張り、小さく笑んだ。
悪い男ではない。またそう思うが、相手が何を思っていようと千幸は俺のものだ。それを強く思った。
「はい」
この男が顔を合わせてから千幸に気づかれないように自分たちを観察しているのを、翔は気づいていた。
千幸を見る目が、幼馴染みを見ているだけとは言い切れない。
これは千幸を好きな者として働く小野寺の勘だ。
だけど、相手がそれをはっきり態度に出さない限りこちらも知らないふりをする。
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