ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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7激甘ネジ

今思うこと④

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「久しぶり」
「久しぶりだね」

 短い言葉。以前より低い声。
 最後に見た時よりも精悍な顔立ち。当然だ。高校生であったあの時から六年以上経っている。

 ──懐かしい。

 その言葉が一番しっくりきた。
 千幸がぺこりと頭を下げて笑うと、向こうも口角をきゅっと上げて小さく笑った。

 懐かしいと同時にいろいろ変わってはいるが、変わらない笑い方に安堵する。
 その安堵は、彼にとって海外の選択は悪くなかったと実感できるからかもしれない。

 自分と別れて、夢をとった彼には成功してほしいとはどの目線となるのでそこまでは言わないけれど、それなりの時を過ごしてほしかった。
 じゃないと、あの頃の自分がちょっぴり可哀想というか。勝手ながら、あの時に身を引いたことが報われた気持ちになる。

 初めての付き合い。幼馴染みとしてずっと身近な存在だった彼との別れ。
 身を切るような思いで送り出した。別れた。

 離れることはとても悲しかった。
 それだけ苦しかった時期もあったので、彼と自分とは別々になることを選択した時点で先のことは関係ないのだけれど、良かったと思えることが嬉しい。

 幼馴染みが元気そうでよかった。
 それ以上の感情もなく、純粋に安堵できる己に安堵する。

 変に繋がりがある分気になっていたが、今のこの感情の在り方あは当時想像もできなかったので、すごく穏やかなことが誇らしい。
 それぞれがそれぞれの道を進んでいる。そのことを実感でき、ようやく千幸は過去を昇華できたような気がした。

 何より、今は千幸の隣には小野寺がいる。
 そう思えることで満たされる今が何よりも愛おしい。

 ふと横から視線を感じて小野寺を見上げると、何か言いたげな小野寺の瞳とかち合った。
 何も心配することもないのにとは思うが、恋人としては完全に気にしないことは無理なこともわかる。
 なので、千幸は大丈夫だと周囲に見えないところで小野寺の指にそっと指を絡めた。

 今日感じた、愛おしいというたくさんの気持ちが少しでも伝わるように。
 カフェからの帰りに繋いだ手の温もりはすぐに思い出せる。
 小野寺も同じだったのか、優しく労わるようにきゅっと握り返される力に、ふっと笑みが浮かぶ。

「翔さん。姉夫婦のプレゼントをありがとうございます」
「喜んでもらえていそうでよかったよ」

 家族に手土産も用意していて、家族を思ってしてくれる行為とそのスマートさに気持ちが温かくなる。
 千幸の大事な家族を大事に思って行動してくれるその気持ちが、何よりも嬉しい。

「ええ。すごく喜んでます」
「千幸もああいうのは好き?」

 大きく頷くと、小野寺は声を落として千幸に問いかける。ちょっとからかうような口調は気になるが、機嫌がよさそうでよかった。
 少しばかり、千幸が郁人と挨拶をした時気配が鋭くなった気がしたから。

「そうですね。綺麗です」
「なら、今度一緒に買いに行こうか」
「……そうですね。次の外出の時にでも」

 なんとなく周囲に聞き耳をたてられている気配がして気恥ずかしいが、何も恥ずかしい話でもないので千幸は素直に頷いた。
 多田家の長男夫婦も参加しており、今夜は藤宮家と多田家勢揃いだ。

 初めは一応全員そろっての顔合わせという名目もあったので、ちょっぴり形式張っていたが、そのうちいつも通りにそれぞれが話しだす。
 そのなかで少し前からニマッと笑ってこっちを見ていた多田母が、自分たちのところへやってきた。

「千幸ちゃん。仕事は順調?」
「はい。まだまだ勉強することは多いけど、頑張ってます」
「そう。よかったわぁ。菜穂なほちゃんが千幸ちゃん出て行ってから寂しそうにしてたからね」
「それはそうよ。家を出ることは年齢的にはおかしくないし決めたのなら応援はするけど、やっぱり寂しいものよ」

 菜穂とは母の名前である。
 その母が、家を出る時もたまに帰省した時も何も言わなかったのにこちらを見て告げる。親として娘を思う気持ちは、離れていても変わらないと教えてくれる。

 千幸は小さくこくんと頷いた。
 サービス業をしている実家は忙しいし姉夫婦のペースを乱したら悪いと遠慮していたが、もう少し帰省するようにしようと思う。

「また、こうして帰ってくるから」
「そうしてね」

 藤宮母娘のやり取りを嬉しそうに見守っていた多田母は、そこで小野寺をじっと見た。

「改めて。多田と申します。先ほどは、息子たちに祝いのプレゼントをありがとうございます」
「いえ。このような席にご一緒させていただき、こちらこそありがとうございます。先ほども名乗りましたが、小野寺翔と言います」
「小野寺さん。千幸ちゃんのことは小さい頃から見ていたので、私にとっても娘のようなものなんですよ。自分から話すこと少ないけど、優しい子なんですよ」
「ええ。わかっています。それに、その不器用さが可愛らしいです」
「そうなのよぉ。大事にしてあげてね」
「それはもちろん」

 頷いた小野寺の不思議な色合いの瞳が、そこでゆらりと和らぐ。
 そのまま千幸のほう見て、愛おしくて仕方がないと目を細めまたにっこりと微笑んだ。

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