ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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7激甘ネジ

帰郷①

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 石畳の道路。小川が流れ小さな橋が架かる。
 古くからの旅館が立ち並び、日で焼けた看板もここの風景の一つとなっていた。
 夏の暑い日差しは肌をじりじりと焼いていくが、チョロチョロと川の流れる音が耳に優しい。

「あつっ」
「暑いな」

 冷房が効いた車から出て、条件反射で口から出た。
 本当に暑すぎる。それでも中心地よりはマシであるが。

「運転、いつもありがとう」
「いいドライブになった。もともと運転するの好きだから気にするな」

 そう言って、独特の色香を放ちにやりと口の端を嬉しそうに上げる小野寺。

「何?」
「敬語が抜けてきたなと思って」
「……翔さんが言ったのに」

 いつまでも敬語は嫌だとことあるごとに言われ、実家帰るのに敬語もどうかと思うとまで言われ、なら改善しようとしてようやく慣れてきたところだ。
 当初は混ぜこぜで、敬語になったら拗ねられ、普通に話せたら喜ばれ、今みたいにこうしてたまに混ぜ返し、嬉しい、嬉しいと告げる恋人。
 一喜一憂する姿を見せられると早く相手が望むようにと、ようやく千幸の中でも違和感がなくなり自然と話すことも増えた。

「ああ。だから嬉しい」
「……そればっかり」
「悪いか?」
「いいえ。悪くありませんよ~。行きましょう」
「ああ」

 そっけない対応も、くすりと笑われ居た堪れない。
 こんなやり取りをしている自分が照れ臭いだけで、喜んでもらったらこっちも嬉しい。
 それを素直に出せないだけで、でもそういうのもわかってくれる相手だから甘えている自覚もあって……、やっぱり照れくさい。

 ここから車で十分ほどいくと有名な神社があり、そこから山を登りもう一つの山をぐるっと回る形で参ることができる。
 その近くの温泉が出る町として、観光者も多くあった。

 八月下旬、自分の子供のころよりも夏休みは一週間早く終わるようになったため、夏の賑わいのピークは終わったようだ。
 また涼しくなり紅葉の季節になれば、人はごった返す。

 今日は平日で人は少ないが、若いカップルや家族連れがのんびりと歩いていく姿に、千幸は妙な安堵を覚えた。
 生まれ育った愛着のある町が変わらずあることが、離れて暮らす今だからかぐっと胸を押す。
 当たり前のように千幸の大きな荷物を奪った小野寺がきょろきょろと興味深げに見回すと、ゆったりと笑みを浮かべた。

「いいところだな」
「そうですね。市内から車で一時間ほどかかりますけど、山間なのでシーズンごとに楽しめる景色も人気があります」

 田舎といえば田舎だが、観光地化しているためか人も多くそんな気がしない。
 ただ、ゆったりとした時間を風景とともに楽しめ、来る者の足取りも日常から離れのんびりしている気がする。

 その風景の中に長身に目を惹く美貌の恋人。
 どこでも目立つが、ここでも大いに注目を浴びていた。

 旅館から少し離れた場所にあるパーキングに車を止める。
 実家となる旅館に向かうのを少しだけ遠回りしながら案内しているのだが、小野寺の右手は軽々と二つの荷物を持ちながら、左手は千幸としっかり恋人繋ぎだ。

 見知った店主や従業員が、あ、という顔をして、家族の者や仲間を呼び総出で見たり挨拶されたりで少しだけ恥ずかしい。
 やっと逃れられたと思えば、お土産物屋の『あずや』のおばちゃんが店から出てきて大きな声を上げる。

「千幸ちゃんじゃない! あんた~。藤宮のとこの千幸ちゃん帰ってきてるよ~。ほら、早く、こっち来な。それにしてもえっらい男前捕まえて~。幸菜さなちゃんも結婚したし、めでたいねぇ」
「ありがとうございます」
「おっ、千幸ちゃんだ! 横にいるのは彼氏か? 今日は泊まりか? ここの温泉は腰に効くしゆっくりしていったらいい」

 あずまのおじちゃん、そこで腰とか言わないで。なんでそこピンポイントなんだ。ほかにも効能あるからね。
 べしっとおばちゃんに頭を叩かれて、むっと唇と尖らせているおじちゃんに苦笑を浮かべる。
 それに小野寺はおおらかな笑みを見せ、会釈をしながらキュッキュッと繋いでいる手に力を入れてくる。どういう意味?

「そうですか。ありがとうございます」

 小野寺は余裕ある笑みをふっと浮かべ、千幸との手繋ぎの手をわざとらしくない程度に角度を変えると、「まあ」とおばちゃんが喜んでいる。
 サービスしすぎだと思うが、突っ込んだら切りがないのであえてスルーする。

「声もえらい男前な人だなぁ」

 おじちゃんは「でも、声なら俺も勝てるか? なあ」とおばちゃんに訊ね、「負け負け」と凹まされている。

「ふふっ。お二人とも変わらず元気そうでよかった。もう、私たち行くね」

 人は少ないとはいえ、観光客もいる。
 いつまでも店前で話しているのは悪い。小野寺と二人して頭を下げて、また歩き出す。

 斜め上から小野寺の視線をとても感じるが、あえて無視。
 きっと笑いながらの熱視線。ここで視線を合わせると、とろける甘い言葉が吐き出されるに違いない。

 そうやって視線の無視を決め込みあと少しで着くというところで、今度は中学まで一緒だった友人に出会う。
 大きなお腹をしているので、赤ちゃんがいるのだろう。

「ちーちゃん。帰ってきたんだ? 久しぶり~」
「久しぶりだね。結婚したとは人伝てに聞いていたけど、赤ちゃんできたんだね。おめでとう」
「ありがとう! 来月が出産予定なんだ。だから、こっちに帰ってきてる。それで歩けって言われて散歩してたのだけど、まさかちーちゃんと会えるなんて。ちーちゃんは彼氏と?」

 ちらりと横にいる小野寺を見て、わぁっと頬を染める。
 きっと大人笑顔で佇む姿に感嘆したのだろう。
 普通にしていれば、ただただモデルみたいに整い鑑賞に値いする美貌の持ち主なのだこの恋人は。
 友人の反応に笑い、小野寺が変甘を発揮する前にここはさらっとやり過ごそうと決める。

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