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6緩甘ネジ

ポンコツなイケメン①

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「千幸」
「……んっ?」
「ち~さ~。起きて」

 すりっと頬を撫でられ、ぽふっとおでこに触れる唇の感触に千幸は目をうっすらと開けた。

「……ん、翔さん…」
「朝ご飯、作ったけど食べれる?」
「……えっ、ありがとうございます」

 そこでようやく意識が覚醒し、千幸ははっきりと小野寺の顔を認識した。

 朝の眩い光に照らされ、にこにことそれはもうにこにこと嬉しそうな笑みを浮かべた恋人は、このまま溶けてしまうのではないかというほど千幸をガン見していた。それに、

 ──めっちゃ近いんですけど……

 覆い被さるように両手を千幸の身体の横に置いて、拳一個分ほどの距離に顔がある。
 起き抜けに驚き過ぎて息が止まるかと思った。

「おはよう」
「……おはよう」

 かろうじて挨拶を返したが、あまりに熱のある視線にパチパチと目を瞬く。
 起き抜けの頭で綺麗な瞳だなと思いながら、ぼんやりとその色彩を眺めた。

 光の角度で不思議な光彩を放つそれは飽きることなく見ていられる。
 だけど、いつまでもそうしているわけにもいかず、そっと体勢を変えようと力を入れて、はっとそこで気づく。

 ──うーん、腰がちょっとだるい?

 全体的に身体が重く、特に腰の辺りがだるさを主張する。
 そのだるさを意識すると、昨夜の情景がぱっぱっと頭に浮かび小野寺の顎のライン、首、そして肩と男らしい線の太いフォルムが色っぽく感じる。

 引きずった夜の気配が抜けきれないまま、尻尾をブンブン振ったワンコ姿で大好きと訴えながら甘やかすようにすり寄ってくる相手が可愛くて、そして愛おしい。
 そんなふうに見てしまう自分にそっと苦笑する。完全に色ボケだ。

「可愛い」

 すると、堪らないとばかりに腰にくるような声でささやかれたと思えば、こつんと額を合わせてくる。
 じゃれ合う甘さと吐息がこそばゆくてはにかむと、そっと重なるだけのキスが落とされた。

「朝だよ」
「朝ですね」
「そう朝だ!!」
「……朝ですね」

 繰り返す言葉と満足げなその態度に、軽く首を傾げる。
 話すたびに落とされるキスは甘すぎてこそばゆい。

「ああ」

 にっこにっこと笑いながら、今度は鼻にキスを落とされ抱きしめられた。
 そっとかけられる重みに、小野寺の醸し出す空気に我慢しきれずくすりと笑みをこぼした。

 二度も言う必要があったのかはさておき、朝を一緒に迎えたことが嬉しいという彼なりの表現なのだろう。多分ではなくて、きっと。
 小野寺のネジの緩みを見せつけられてきた経験と、この表情で推測できた。
 何より、こういった小野寺に慣らされている自分を意識する。

 ただ、わかっていても、わかるからこそ恥ずかしいとういか。
 昨夜の情交を思い出させるとろっとろの甘い眼差しに羞恥でわずかに視線を下げると、すりすりと顔を寄せられた。

「朝だ」

 噛みしめるように告げられる声。
 甘々な朝。ふわふわっと穏やかな温かさに満たされる。

 ──ああ、いいなぁ……

 穏やかな幸せ。それをひっそり噛みしめる。
 目元を細めた小野寺は、こらえきれないとばかりにくすりと笑みを漏らす。
 小野寺のこのどうしようもない浮かれた機嫌の良さが、この状況から、自分がもたらしていると思うとまた愛おしい。

 共有する思いと空間。ふわりと幸せな気持ちが二人を包み込む。
 恋人としてさらに近くなった距離が、この関係がとてつもなく尊く感じた。

 ようするに、やっぱり色ボケ。
 たまにはそんな自分も悪くないのではと思うのだから、重症な気がする。

 そんなことを小野寺の匂いに包まれながら考えていると、またふわりと唇が重なった。
 かと思えば、不意打ちに深く唇を割られ角度を変えられ本気で攻められる。

「んんっ……、ちょ」
「……千幸っ」
「も、うっ」

 朝からベッドで長いキスが始まり、数時間前の官能をいとも簡単に引き出してくる。
 油断も隙もない。

 キスの合間に何度も名前を呼ばれ、こちらは静止の言葉をかけるがなかなか解放されない。
 探り搦め捕ろうと動く舌に翻弄される。

 どれくらいそうしていたのか。
 やっと何度目かの息継ぎの合間に吐き出せた「長い……、から」と苦情とともに、トンッと小野寺の厚い胸を叩いて終わらせることができた。

 互いに荒い息が漏れ、離れた唇からどちらかわからない唾液がつぅっと伝いぽつっとシーツに落ちた。
 それを見た小野寺がくしゃっと困ったように笑みを浮かべ、ぎゅうぎゅうと千幸を抱きしめる。

「ごめん。止められなかった」
「……朝から濃すぎです」
「うん。反省してる……、だから嫌いにならないで?」

 くぅうんと窺うように下から覗かれ、これは計算でなかったら勝てそうにない。
 とうとう幻覚でも見ているのか、今は色ボケフィルターがかかりすぎているのか、垂れ下がった犬の耳まで見えるのだからどうしようもない。

「こんなことで嫌いになりませんよ」
「ほんと?」
「はい。加減はしてほしいですが、好きが伝わってくるのは心地いいです」

 恥ずかしいけれど、ちょっぴり不安モードのへたれが入った恋人には、伝えないといろいろ考えるようなので言葉を惜しむことはしなかった。

 『思いは伝えないと伝わらない』

 その考えを実行する小野寺と付き合うからには、そうする努力を千幸もすべきなのだ。
 恥ずかしくても、それで喜んでくれて安心してくれるならば千幸も嬉しい。

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