ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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6緩甘ネジ

好き、だから side翔④

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「ごめん。気分が悪かった」
「……それはすみません。だけど、こうしたことを真剣に考えるようになったのは翔さんと付き合ってからです。それを伝えたくて」
「どういう意味?」
「だって、翔さんはいつも全力投球で気持ちをぶつけてくるし、そのうえ変化球が多いしで大変だし」
「思いは伝えないと伝わらない」

 それは当然のことだ。
 知ってもらわないと、見てもらえない。
 だから、たくさん好きを伝えて、自分を見てもらって、これからもそばにいてもらいたい。

 そう告げると、くすりと千幸が笑う。
 愛おしくて仕方がないみたいな瞳を向けられて、落ち着かなくなった。
 元彼の話からのこの眼差し。

 ──千幸はいったい何を言おうとしている?

 ドクドクという心臓の音。膨らむ期待。そういうものが弾けそうだった。
 千幸の紡ぐ言葉を聞き逃したくなくて、ピンクに色づいた唇を食い入るように見つめる。耳を研ぎ澄ます。

「ほら。今みたいなのも全部まっすぐ向けられて、それを拾うのにこっちは必死というか」
「必死って」
「必死です。角度どうなってるのと思う変化球も多いし、取りこぼすことを許されないし」
「そのたとえもどうかと思う」
「たとえではなくて事実ですから」

 千幸が逃げたいと思う前に必死でアプローチしていたことが、そのように捉えられていたことをどう受け止めていいのか
 難しい顔になっていたのだろう。それを見た千幸が奇妙な顔をした。

 真顔になろうとしながら、うっかり笑ってしまったことを失敗したみたいな、なんとも愛嬌のある表情。
 それを見て、千幸なりの褒め言葉なのだと受け止めることにする。
 
 だって、ずっと千幸は俺を見ている。
 自分を見る眼差しが柔らかく、そしてその瞳を見ていると落ち着くとともに今すぐかき抱きたい衝動が湧き上がる。

「逃げようとか、逃げ出したいと思う前に腕を掴まれているしで、先が不安だとかそういうことの前に、その気持ちを受け止め返したいと思った時点で先なんてことを考えられなくなって」
「つまり?」

 期待が止まらない。それを抑え込むように千幸の手を強く握る。
 ちらりと千幸はその手の方に視線をやると、自然と漏れたといった陽だまりのようなふわっとした笑顔を向けられた。

 わずかにぴっと上がった口端がすぐに引き締められる。
 そんな些細な動きにも、視線が奪われる。

「翔さんと付き合うことはそういったことを考える隙もなく、翔さんのことを考えざるを得ないんです。それが今日なんかはすごく愛おしいと思う時間でした。……言いたいこと伝わります?」
「ああ」

 頷きながら、もうすっかり期待していたことを知る。
 じわりと染み渡るような安堵。不安だと思っていたものが、柔らかく包み込まれていくようだ。

「よかった。つまり今まで無意識に先の諦めありきの私でしたが、翔さんとはそんなことを考える余裕もなく毎日向き合ってて、その上に先があればと思ってるってことを伝えたくて」
「…………」

 千幸の真摯な思いに言葉が出なかった。
 ここまで伝えられて、不安だなんて情けないことは言えない。言いたくない。

 弾けそうな思いがあと少しで制御できなくなりそうなほど溢れ出る。これ以上はもう保たない。
 なのに、惜しむことなく千幸は続ける。

「声が好きです。はっきり言って、翔さんの声やばいです」
「そうなんだ?」

 いいことを聞いた。そんなことを聞いて、俺がそれを利用しないとでも? 千幸がこの手に落ちてくれるなら、深みにはまってくれるならそれを武器にする。
 そんなずるい男の前に、弱点晒すとか可愛すぎる。

「はい。いい声してますよね。あと、さっきも言いましたが瞳の色もとっても綺麗だと思います。光の加減で変わって、ドキッとすることも多いです」

 ふわっと和らいだ笑みを向けて告げる千幸は、きっと自分が瞳の色が好きじゃないと言ったから少しでも気持ちを軽くしようと思ったのだろう。
 だが、千幸が好きだと言ってくれた時点でそんなものどうでもよくなった。

「ふ~ん」

 照れ臭くてわかりやすい反応をしてしまう自分に呆れる。

 ──ああ~、ホント千幸は俺をどうしたいんだ?

 緩む頬が抑えきれない。
 ほわほわとさっきから高揚して、理性とか、理性とか、もう理性が本当にヤバイ。

「ふ~んって」

 そこでくすりと笑う千幸の空気が甘く柔らかい。
 ずっとツンツンして警戒していた相手が、すっごく懐き頬刷りしてくれている。
 一気に言葉と気持ちを向けられて、理性が限界を迎えちょっとした弾みで弾ける自信がある。

 あれか? この言葉の数々はさっき好きなところを聞いたからか?
 言い切れない不安だとかを結局すべてを拾ってくれて、さっき彼女が言ったように向けるものを丁寧に拾われて、思い上がらないなんてできない。

 好かれている。大事にされている。
 それをこんな風に伝えられて、にやけるなというのは無理だ。

「千幸、好きだ」

 結局、それしか言えない。胸のうちを伝えるための言葉が足りない。
 もっと、もっと伝えたい。知ってほしい。

 だけど、口から出るのはありきたりな言葉だけ。
 それでしか伝えられない。それしか思いつかない。

「翔さん」

 そういった焦燥も受け止めるように名を呼ばれて、口元が緩む。

「好きだ」

 ぐいっとさらに身体を乗り出し、千幸の耳元でささやく。
 己の声が重く甘くなるのを自覚する。

 声が気に入ってくれているなら、その声で籠絡しよう。
 俺の声以外聞きたくないと思えるくらい、俺の声に馴染めばいい。

 ついでにちらりと耳を舐めると、ぴくりと千幸の身体が跳ねた。
 ぶるっと震わせる身体を必死に押し込めるようなその動きが可愛らしすぎて。
 翔はうっそりと笑みを刻んだ。

 どっちに反応した? 声に? 舐めたことに?

 自分がすることに、千幸が反応することが今すごく楽しくて愛おしくて、どうにかなりそうだ。
 もっともっとその反応を引き出したい。

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