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6緩甘ネジ
あなたの色なら⑥
しおりを挟む「俺は千幸が好きだ」
「……えっと、私も好きです」
いつでもふいに直球がくる。
それに困りながらも、今日の雰囲気を壊したくなくて、千幸も照れながらその言葉を返した。
「うん。千幸が好きだと言ってくれたら、この瞳も好きになれる」
「そうですか……。その、翔さん」
「何? 千幸」
「さっきのは翔さん自身があまり好きではない瞳の色に似ていると言われて、茶碗を眺めていたということですか?」
うん? 確認のために口に出してみたが意味がわからない。凝視に繋がる理由にはならないというか。
軽く首を傾げると、小野寺がふっと笑う。
「ああ。嬉しいけれど、この瞳の色はあまりいい思い出はなかったから少し複雑だっただけだ。でも、千幸が俺の瞳に似ているからと言って気に入ったといった茶碗。ニヤけるほど嬉しいが、これは嫉妬していいのかどうなのかを悩んでいた」
――……はっ?
照れ隠しのようなそれに目を奪われる前に、放たれる言葉に耳を疑う。
「ちょっと意味がわからないのですが」
──えっ? 何に嫉妬って?
説明プリーズと小野寺を見ると、今度は真顔で頷く。
──……どんな情緒?
どんな気持ちで話を聞いていいのかわからず混乱する千幸に、小野寺が口を開く。
「だって、この茶碗はここに置くのだろう?」
「そうですね」
「だったら、俺の瞳の色よりこっちの色を気に入ったら困るじゃないか」
「いや、本当に何が言いたいのかわからないです」
真剣な顔でそう告げる恋人の思考が本気でわからない。今度はこちらが凝視する番になった。
すると、小野寺はふっと口角を上げてやけに色っぽい笑みを浮かべる。
「わかるだろ? せっかく千幸が好きだと言ってくれた瞳の色なのに、それに似た茶碗の色のほうが気に入ってしまったら悔しい」
「それで茶碗を見つめていたと?」
「そうだ」
当たり前だろと大きく頷く小野寺に、千幸は嘆息する。
いや、本当に思考回路どうなってるの?
「理由を聞いても理解できないんですが」
しかも、そこでなぜ色気を出すのかわからない。
つくづく反応が読めない相手に、千幸はややこしくなった元凶の茶碗を見つめる。
綺麗な色。あるようでない色味。それを食卓に出すことを想像して、楽しくなった。なのに、
──おかしいくない? 気に入った茶碗を買っただけでこんな話になるなんておかしすぎるっ!!
こちらの戸惑いを知らず、小野寺は俺の瞳を見てと千幸を訴えるようにじっと見つめてくる。
「ええー? 嬉しいのに心配なこの気持ち。俺の中は細胞レベルどこもかしこも千幸で染まっているのに、千幸が染めておいて本人無自覚とかずるいな。この複雑な気分はどうやったらわかってもらえる?」
「もう十分に複雑なのはわかったので、これ以上この話しても平行線です。翔さんは私が瞳の色を気に入っていることを理解していただくだけでいいので、もう余計なことは考えないでください」
そう告げると、「ふ~ん。千幸は俺のが」と呟きそこで黙り込んだ。
俺のが、で意味深に止める。わざとだろうか?
はあ、ともう一度茶碗を眺めまたちらりと見れば、口角を吊り上げるように笑んでこちらを見ている小野寺と視線が合う。
「ほかには?」
「ほか?」
「俺のどこが好き?」
「……調子乗ってます?」
そう聞いてみたが、どこか真剣な眼差しは救いを求めているようにも見えて、千幸はふと沈思した。
デートの時も考えていたことがまた浮上する。
自分たちの互いに向ける感情の『差』は一度埋まるように見えた。境目がなくなっていくのではと思えた。
ちぐはぐでなかなか絡み合わなかったそれが、少し絡み合い出した気がした。
なのに、また今はもどかしさを感じる。
──この正体は一体なに?
「ただ、俺は、千幸が俺のものだと実感したい」
「付き合ってるじゃないですか」
少しずつ向き合っている。大事に思っていることも伝えた。それはちゃんと伝わっているはずだ。
そういうことがわからない相手ではないはずで、問題はそれを小野寺もわかっていて不安になっているということ。
そして、付き合っているからにはそうなるのは互いの問題であり、千幸もこのもどかしさから抜け出したい。
何をどう言えば、どうすれば、この『あと一歩』みたいな現状から互いに近くに感じることができるのだろうか。
「そうだな。でも、足りない」
「……足りないって?」
「千幸を好きになればなるほど、身近に感じれば感じるほど無性に囲いたくなる」
うっ、囲うってちょっと怪しげ発言だ。
そこは流すとして、さっきの茶碗を眺めるとか奇異な行動に繋がったり? わからないが、考え方が独特なので解きほぐすには時間がかかりそうだ。
「……はあぁぁぁ~」
千幸はおもむろに溜め息をついた。
自信のある人であるが、卑下しているわけではないけれどこと千幸に対してどうしてこんなに慎重なのか。
きっと変だけど察しがいい小野寺のことだから、ある程度の原因は自分で突き詰めているはずだ。
「それはどうしてって聞いても?」
そもそも小野寺はモテるのだ。社会的にも容姿的にもこれで異性にモテないわけはない。
囲いたいと言っているが、どちらが異性からのアピールの場の多さを心配しなければならないかは一目瞭然。
気持ちも伝え合っている。向き合い進み出す先も見えつつある。
なのに、どうしてそんなに必死なのか?
こくっと小野寺の喉が上下した。
恋人が口を開くのを千幸は静かに待った。
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